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迅殺者(ザッパー)  作者: 藤巻 彩斗
第一部・導入編
8/19

7章・幼なじみと警部

 憎しみと悲しみ…二つが混じり合った感情が、背中越しにひしと伝わる。

 全ての感情は、俺の背中に銃を突き付ける少女・浅野(あさの) ユリアから放たれている。


 ――ユリアは俺の幼なじみであり、唯一俺に話し掛けてくれた人間だ。

 性格は快活で天真爛漫、他人のことをよく考え行動ができる、クラスの人気者だった。

 ただ、多少お節介だったため、周りから距離を置かれていた俺に対して過度に接することも少なくなかった。

 それが原因で、俺を標的にした事件に巻き込まれ、その度に巻き添えを食っていた。

 ――だが、それでもユリアは、俺の隣に居続けようとした。


 ――何時でも、笑顔のまま――


「――…これは……遼がやったの……?」

 震える声を搾り出すように、ユリアの声は俺に一つの質問を投げ掛けた。

 恐らくユリアが指しているのは、そこに転がされている警官の死体……のことだろう。

 この場にいる人間は俺だけ。そして、この男の返り血を浴びている人間もまた然り。刃物も所持していることもあるから、疑われるのはまず間違いないだろう。

 ――だが、コイツは分かっているはずだ。昔の俺を……そして、俺がこんなことをするような人間では無いということを……。

「……ねぇ……答えてよ……遼……嘘だって言ってよ……」

 銃口が震えている。恐怖に震えているのか、あるいは目の前の情景が信じられないのか……。

 ……が、それも当然だろう。ユリアは人一倍優しかったが故に生き物が死ぬところを直視できないほどであり、また人一倍他人思いであったが故に、人を疑うということが出来ない人間立ったのだから。


 ――だが、俺はその声に答えることは出来なかった。

 恐らく今までの俺――何も知らず、平穏というぬるま湯に浸かっていた頃の俺であれば、これをやったのは自分でも無いと必死に弁明し、見苦しく喚いたかもしれない。…あくまで、これは俺が『一般人』だった時の話だ。

 ――だが、今は違う。全てを知ってしまった今では、そんな弁明は全くの無意味だということぐらい理解できている。


 …こいつにどうやって吸血鬼(ヴァンパイア)のことを説明してやればいい?並大抵の人間は、こんな現実味の無い話をされても、信じられるわけが無い。むしろ、無意味な言い逃れか、頭が狂っているか、もしくは麻薬でも使った後遺症かとしか思わないだろう。

 それはもちろん、まだこの件に関わっていないユリアについても同様であるため、幼なじみであるからと言って気軽に話せるわけでもない。


 そしてもう一つ…なにより、俺がコイツを巻き込みたくないと思っているからだ。

 こいつが今握っているのは恐らく、銃口の感触、突き付け方から予測すると、、携帯式の小型リボルバー拳銃だろう。私服警官が携帯するのに便利なように、銃身を短くして作られたものだ。

 拳銃を所有・保持できる存在と言えば、暴力団やヤクザの類か、警察官かのどちらかだ。

 前者の可能性はほとんど無いだろう。リボルバー拳銃は、その構成故詰められる弾の数が少なく、正直なところ、あまり実践的とは言えない。組同士の抗争が勃発することも少なくはないあちらの世界では不利になることも少なくないため、出回っているものの多くはオートマチック拳銃のはずだ。…それに何より、こいつは暴力が嫌いだ。自分から進んで暴力を奮う道には進もうとはしないだろう。


 となると、残るは後者…つまりは警官、ということになるが、実はこれには根拠がある。

 こいつは正義感も強いことがあって、『警察官になる』という漠然とした目標を持っていたこともあるのだ。

 俺は前々から「お前は体が弱いんだから、無理してまで他人を守る必要はない」と言っていたのだが、それでもユリアが諦めきれなさそうな顔をしていたのは記憶に新しい。

 …だがあくまで、こいつの体が弱かったのは小学校までの話であり、俺が中学卒業後転校する頃には、元気に校庭を走り回ったりする様子が見られたのも事実ではある。

 俺と会わない間に体を鍛え、警察官として活動できるまでに体力を付けたとしたなら、考えられないこともないのだが……それにしても、体が弱くても関係ない、鑑識や事務の仕事に回らなかったのは不思議である。

 ――だとしても、この事件はこいつには荷が重すぎる。

 いくらこいつが強くなっていたって、相手は吸血鬼、しかも『王の一族(アルカード)』の追跡から百年以上も逃げ続けている、文字通り化け物みたいなやつだ。

 体力を付け、護身術や逮捕術をどれだけ学んだのかは知らないが、今のこいつに敵うような相手ではないことは歴然としている。

 そんな危険なところに一般人を放り投げるような真似は、いくら俺にでも出来ない。……それが幼なじみなら、尚更だ。


「……答えられないの、遼……?……一体どうして……」

 声が徐々に小さくなっていく。。

 …相変わらず、普段は気丈で明るく振る舞っているくせに、俺がだんまりを決め込むと必ず普段の勢いが無くなる悪い癖、まだ治ってないみたいだな。

 人を疑うことを知らない純粋な性格も含めて、それがあるからお前は警察には向いてないって昔から言ってるのに……仕方ない奴だな、本当に。

「……今はまだ話せない。…退いてくれ、ユリア」

「――どうして?どうして話してくれないの!?あたしは……遼が……」

 突き付けられている銃口へ入る力が、ほんの少しだけ緩む。

 この状況を打破するには、この瞬間しかないッ!…と考え、行動を起こそうとした。


 ――のだが…。

「ぐっ!?」

 背後の銃を奪おうとしたが、俺の手は虚しく空を掴んだ。

 代わりに俺の腕が捕まれ、その関節部分に、無理矢理捩曲げられるような痛みが走る。

 右腕が身体の反対側に回されて、力が全く入らず、まるで身動きが取れなくなる。

 …これは……昔警官にお見舞いされたことがある。確か……逮捕術の固め技の一つ。詳しい名前は知らないが、相手の腕を逆方向に捩曲げ押さえ付けることで相手を拘束する術だ。

 技は初歩の初歩で習うようなものだが……ユリアに俺を完全に押さえ付けられるほどの力があるとは。

「……あたしだって、あれから強くなったんだよ…遼……」

 耳元で吐息に乗せて囁き声が聞こえる。

 流石に体格の差が影響しているのか、押さえるのに必死で声を搾り出すこともままならないようだ。

「……遼…あたしに隠し事はしないで……。…あたしは、ただ遼のことを…」

 腕にかかる力の量が増す。あまりの激痛に口を聞くことすらままならない。


 …隠し事など、したくはない。

 正直で純粋で、まるでダメな人間だった俺を、孤独から唯一救おうとしてくれたユリアに、嘘などつきたくない。全てを洗いざらいぶちまけてしまいたい。

 事実を述べてしまえば、間違いなくこいつはこの事件に嫌でも関わるだろう。無差別に様々な人間を殺す『切り裂きジャック(ジャック・ザ・リッパー)』を、正義感の強いユリアは許さない、それは昔から変わらないからな。

 …だが、そんなことをしてしまえば、こいつも関係者と見なされて、最悪、命を狙われ、殺されるハメになるかもしれない。

 自分のことに精一杯な今の俺に、こいつを守りきれるとは思わない。シルヴィアに匿ってもらうということもできるだろうが……、ユリアのことだ、恐らくこいつは前線に出てきて、俺に付き纏うだろう。それでは守ってもらう意味がない。


 …ユリア。お前は今まで通り、平穏な世界で、平和に生きるべきだ。

 お前みたいに性格のいい女の子はそうそういないからな。ルックス……は、今の顔をまだ確認してないから分からないが、誰の目から見ても相当の美人となっているだろう。…忘れてたけど、俺の幼少の頃の初恋は、お前だった、それぐらいに昔のお前は可愛らしかったぞ。

 …お前はきっと幸せに成れる。それは俺が保証する。

 ――だから…そんな汚れ仕事は、お前がする必要は無いんだ。

 これは……俺のような薄汚れた人間がするべきことなんだ。関わったら、お前まで黒ずんでしまう。


 ――だから――


「……悪ぃ、ユリア」

 ガッ

「うっ……!?」

 固め技を掛けられておらず、まだ動く左腕で、思い切りユリアの腹に肘打ちを当てる。

 前までの俺なら、利き手と逆の左手で肘打ちを当てても、人一人気絶させるほどの威力はなかったはずなのだが、流石は吸血鬼の力といった所か、軽い力で安々と卒倒させるまでの威力が出るなんてな。

 うめき声を一瞬上げたかと思うと即座に気を失い、俺の体にもたれ掛かって来るように力無く崩れ落ちた。

 左腕、そして自由になった右腕で、倒れそうになったユリアの体を受け止める。


 そこで、ずっと背後にいたユリアの顔を、ようやく見ることができたのだが……。

 淡い栗色の柔らかそうなセミロングヘア、後ろで小さく束ねられたポニーテール。背丈は女性にしては割と高めで、俺の肩先より少し高いぐらい。ハイヒールを履いている様子は無いので、3年とちょっとで相当背が伸びたということになる。

 色は健康的な肌色で、小顔ですっきりした顔付きをしており、薔薇のような美しさを持ったシルヴィアとは違う、例えるなら、健気に可愛らしく咲くコスモス……といった所か。

 体つきは、病弱だった頃の名残か、所々節が少し細くはあるが、(昔から憧れていたらしい)女性らしい体つきに成っていた。

 …地味にシルヴィアより……でかいな……。

「…って、俺は何を考えてるんだよ……相手はユリア、幼なじみだぞ……」

 …と、少しやましいことを考えてしまった自分を諌め、そっとユリアをお姫様抱っこする。

 色々と触りすぎているのは少し後ろめたいが、この場合は仕方がない。諦めるしかないだろう。

「スゥー……スゥー…」

 安らかな寝息をたてて眠るユリアを見ると、そんなやましい感情も自然と消え去っていく。

 …やっぱり、こいつはこんな事件に関わる必要なんてないんだ。

 昔から俺に金魚のフンの如く付き纏い、その都度(つど)絡んできた不良から守ったり、動けなくなったユリアを背負(しょ)って帰ったり……あの頃はよくユリアが『今お尻触ったでしょ!』とか言って無実の俺の背中をポカポカ叩いてきたような記憶がある。

 …こうやっておぶってみると、こいつの重さは、何一つ変わらないことが身に染みて感じ取れる。


 ――軽いはずなのに、とても…とても重い――


「……今は、ゆっくり寝てろよな」

 ユリアを起こさないように、ゆっくりと歩きだし、人影一つない宵闇に沈む街を歩きはじめた。




――――――――――――



「――ン……ここ…は……?」

 ユリアが目を覚まして初めて見たものは、白く発光する蛍光灯の光。自分が寝ていた場所を触った感触も、舗装された道路などではなく、少し破れて綿が出ている古ぼけたソファの革の感触。

 ……そこは、最後に見た暗がりの中の路地ではなく、明かりの付いた交番、その事務室だった。

「目が覚めたか、浅野」

 寝ぼけ眼で辺りを見回していると、窓際から、ユリアの耳に聞き覚えのある声が聞こえてきた。

「……河上(かわかみ)警部?いらしたのですか?」

「ああ。お前からの定時連絡が無かったから、様子を見に来たのだ」

「…お手数をおかけして、申し訳ありません…」

「いい。上司として、部下のことを心配するのは当たり前だ」

「…はい」

 現在警部補の階級に位置するユリアの上司、河上 治彦(はるひこ)警部は、黒のオールバックヘアに左手で軽く手櫛を入れながら、窓際で缶コーヒーを啜っていた。

「…飲め。体を冷やすのは良くないぞ」

「えっ…?うわっととッ!!?」

 ようやく目が覚めたユリアがソファに座り直すと、窓際から離れた警部が、ユリアがいるのとは反対側のソファに腰掛け、煙草の吸い殻が散ったガラステーブルに缶をコト、と音をたてて置き、向かい合うユリアの顔を真剣な眼差しで見つめてきた。

 その真剣さによって空気が研ぎ澄まされ、ユリアの頭も体も引き締まる

「…浅野、お前が三時間ほど前、現場検証のために渋谷の裏通りへ向かったことは、もちろん覚えているな?」

「あ…はい。私も、そう記憶しています」

「お前は、その場で何事かに巻き込まれたのか?」

「…え?」

 唐突な質問に、ユリアは一瞬キョトンとする。

「実のところ、自分は現場までお前を探しに行った訳ではなく、この署の前で倒れていたお前を見つけてな。目が覚めるまで見ていただけだから、実際にお前が何に巻き込まれたのかまでは分からんのだ」

「……は、はぁ…」

 警部がこの様な突拍子もない質問をユリアに投げかけてきたのは、今回が初めてではない。

 そして警部のこういった疑問や質問は、大抵事件の核心に触れたものであり、それの解決とともに事件が進展するということも少なくはなかった。これは経験故のものなのか…それとも天性の才能なのか…。

 それ故に、ユリアは彼の疑問に答えることを最優先に援助して来たのだが――。

「……えっ……と……」

 ――今回ばかりは、それを話すわけにはいかない理由があった。

「どうした?口ごもる様な質問ではないだろう?」

「……その…えっと…」 …言えない。

 本当は話すべき事がたくさんあるということも。

 …この件にもしかしたら、幼なじみの遼が関わっているかも知れないということも……。

 全て話せば、遼が犯人だと認めてしまうということになる。

 それだけはダメだ。そうなれば、ユリア自身も遼を追い、捕らえるべき立場になってしまう。

 ――まだ、遼を信じていたい。だから、それだけはできない。

「…あたしは……何も…見ていません……」

 俯いたまま、とぎれとぎれの声を搾り出すように答える。

 焦げ茶のスラックスをひしと握り締めて、ギュッと目をつぶる。

 ――確かに、遼のことを話すつもりは毛頭ない。幼なじみで……かつての初恋の少年の面影を残す彼を、突き放すような真似はユリアにはできない。

 だが同時に、自らの憧れの人であり、大切な上司である人を裏切るようなことも、ユリアはしたくは無かった。


 ――『二者択一(オルタナティヴ)』。どちらかを切り捨てなければいけない状況は、ユリアには(こく)すぎた。


「…そうか。話したくないことなら、いい」 意外な返答に、目をパッチリと開け思わず警部の方を見てしまう。

 いつもなら、真相解明のために頑なな性質を顕わにするはずなのに、今回はあまりにもあっさりと引き下がったために、ユリアは少し驚いた。

 ――警部がしつこく追求しようとしないなんて……何かあったのだろうか?

 ユリアの頭の中は、その疑問でいっぱいになってしまっていた。

 そんな疑問を抱える中、警部はユリアに、更に思考させるような言葉を吐いた。

「……浅野、お前はこの件の捜査から下りろ」

「…えっ?」

 一瞬、その言葉の意味の理解ができなかった。

 「下りろ」…とは、もちろん事件捜査の担当――この場合、『切り裂き魔事件』の担当を指すのは一目瞭然だ――から外れる…ということを指す。それくらいは、正直頭の出来があまりよくないユリアにでも理解はできた。

 理解できなかったのは、警部の発した言葉――その意図だった。

 普通、一端(いっぱし)の殺人事件程度のことで、担当の人間が捜査から下りるなどということは起こり得ない。有るにしろ、数百人もの犠牲者を出している連続殺人犯(シリアルキラー)や、国家を標的に、無差別に様々な人間を殺し得る可能性を持ったテロリスト、そういった人物を追う時……しかも、そういった例の中でも、滅多に「捜査から下りる」なんて選択をするほどの容疑者は現れない。つまりは、かなり稀有なケースと言える。

 ――しかし『切り裂き魔事件』は、ほんの数週間前に一人目の犠牲者が出たばかりで、まだ犠牲者の数も二桁には達していない。確かに、『連続殺人』のカテゴリには当てはまるかもしれないが、『捜査から下りる』ほどの事件とは思えない。


 それらの疑問をまるで読み取ったかのように、警部は眉一つ動かさず口を開く。

「……この件の調査は、お前のような新米にはあまりにも重すぎる。…悪いことは言わない。手を引け、浅野」

 数々の事件を解決へと導き、犯人逮捕へと貢献したベテラン警部、その豊富な経験故に言えることなのかもしれない。

 もしかしたら警部は、この件の真相に既に勘付いており、その危険性を今ユリアに伝えようとしているのだろうか?

 だとしたら、これは警部からの警告、もしくは警部なりにユリアに気を使っているのかのどちらかだろう。そう思うべき……だった。

 …だが、ユリアはそうは思わなかった。


 ――遼も警部も、あたしに何か隠し事してる――


 今までも、そしてこれからも信じ続けているつもりなのに、二人は自分に何も話さないつもりだ。

 自分はただ、二人の手助けができればそれでいい…ただそう思っているだけなのに…。

 二人は何も話してくれない。

 自分は蚊帳(かや)の外、何も知らないまま、平穏な毎日を享受するだけの存在。


 ――それだけは嫌だ。

 遼は、『良い子』としてしか周りに見られていなかった自分を、初めて『浅野 ユリア』として認め、一人の『ただの』人間として唯一接してくれた。

 警部は、東京を初めて訪れ当ても無かった自分に、自分がここにいてもいいという『理由』を与えてくれた。

 二人が自分にくれたものは、今の『浅野 ユリア』が存在する理由であり、根拠でもある。


 二人がこの件に関わるなと言っている以上、自分は本当は関わるべきではないのかもしれない。

 ――だが、ただの傍観者でいるのだけは、ユリアには到底許せることではなかった。

 遼が巻き込まれたこの事件の真相を知るため、警部の思いを知るため、……そして何より、『自分自身』がため…。


「――あたしは、絶対にこの件からは下りませんッ!!」




――――――――――――




「……」

 無人の警察署の中は、完全に静まり返っていた。

 部下の浅野 ユリアがこの警察署から出ていって約一時間後……河上 治彦は、今だ無人であるその交番の事務室に佇んでいた。

 現時刻は6時30分。そろそろ日の光も昇り始め、起床の早い人間ならばそろそろ目を覚ます頃時間帯である。もちろん、この無人の交番にも勤務交代時間が訪れ、この時間帯担当の巡査と普段通りに番を交代するはずだ。


 ――普段通り、ならばの話であるが――


「……」

 河上の目の前にあるのは、事務室から更に奥に続く扉――倉庫として使われている部屋、その鋼色の扉だ。

 それを開けたその先には、二人の警官がいた。恐らく、今が勤務時間の警官だろう。

 ――だが、少し様子がおかしい。

 かたや倉庫の壁にもたれ掛かったまま座り込み、かたや端に置いてある机に突っ伏した形でいる。

 それだけならばただ酔って寝ているだけなのかと思うが、決してそれだけではなかった。 積まれたダンボールの山には、まるでペンキを塗りたくったかの様に、鮮明な赤色――血が飛び散っていた。

 警官の肌の色は血色が失われ白く成っており、まるで血が全て抜かれていたかの様になっていた。


 そして極めつけは――警官の左胸に空いた、大きな穴。

 周りの鮮血はそこを中心にして飛び散っているようで、血の渇き具合から察するに、まだ死後三時間ほどしか経っていない。

 普通なら、この殺され方の酷さだけに着目しているのかも知れないが、河上は別の視点からこれを観察していた。


 ――内臓をえぐり取り殺害する残虐非道な殺害方法。

 ――犯行は深夜に行われていること。


 この二つの事実から結び付くもの……それは、ただ一つだけ存在していた。




「……『切り裂き魔』……」

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