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迅殺者(ザッパー)  作者: 藤巻 彩斗
第一部・導入編
2/19

1章・陰りと手紙

 ザァァァ……――

「――また、雨か…。そういや、前も傘忘れたんだっけか……」

 ハァッ、とため息をつき、人の出が激しい予備校の入口に立ち、再び曇りに曇った曇天を見上げる。

 今朝のニュースの天気予報では降水確率0%。それでも気になって見た携帯の天気予報サイトでも今日は快晴。加えて、今朝の空模様は雲一つ無し。今日は終始晴れ続けるものだと思っていたが……。

 どうやら、周りの人間もこの雨は予想していなかったのだろう。携帯で電話して迎えを頼むやつもいれば、鞄を雨避けにして走って帰るやつもいる。止むまで待つ…なんて考えるやつもいるな。 ――かという俺も、冷静に周りを観察をしてはいるのだが、正直どうやって帰るべきなのか悩んでいる所だ。

 もちろん、傘・合羽は無し。鞄を雨避けにしようにも、布製なため使ってしまうと中の教科書やノートが使い物にならなくなる。

 電話をしようにも、実家は首都圏には無いため、迎えが来ることはまずないだろう。

 コンビニで傘を買うという手は……無いことはないが、既に目の前のコンビニに数十人の予備校生が入り、安物のビニール傘を購入していったのを確認している。もう傘は売切れ、その手段は使えないだろう。

 止むまで待つという手も、まるで意味が無いだろうな。さっきから雨は激しくなる一方で待っても意味はなさそうだし、何より、予備校ももうすぐ閉まる時間だ。そんなにこの場所に長時間いられる訳でも無いだろう。

「ハァ……」

「どしたの、神谷(かみや)くん、こんな所で突っ立って?」

 二度目のため息に合わせるようにして、俺の背後で少女の声があがる。

 振り返るまでも無く、その声の主はすぐに特定できた。いつも予備校の授業の際、俺の隣でうるさい女子だ。

「――冴宮(さえみや)…。まだお前も残ってたのか」

 明るく可憐な、まるで天使のような――他の塾生が言っていただけなので、俺はそうは思わないが――可愛らしい笑みを浮かべ、俺の後ろに立つ少女。 ――冴宮 御鈴(みすず)

 現・私立能美学院高等学校の三年生にして、今年の都立帝都大学の受験生である。

 おおよそその童顔や小動物のような背丈からは判断しにくいのだが、歴とした18歳で、俺の年齢とは一歳しか離れていない。

 日本人には珍しく、深い青色の髪と瞳を持っている。ちなみに髪型はポニーテールで、好きなやつは好きらしい(俺は興味ないけど)。


「奇遇だねぇ〜!今日は受けた講座が違ったから会えないと思ったんだけど、まさかこんなところで会えるなんて!……雨さんはわたしたちの友情に涙して降ってるのかな?」

「それは無いだろ」

「うっ…!…神谷くん手厳し過ぎるよぉ……じょーだんなのに……」

 俺の容赦ないツッコミに対して、胸を抑えてからへなへなと膝を折って跪く奇妙なリアクションをとる冴宮。これが都会の高校生のあるべき姿なのか…、と少々疑問にも思えるほどに珍妙だ。

 …あと、どうでもいいんだが、スカートがめくれかかって、色々教育的によろしく無い気がする。

「…?わたしの顔に何か付いてる?」

「――いや、何も」

 いつの間にかまじまじと見つめていたらしい。

 視線の方向を悟られる前に別の方向を見直す。

 …幸い、こういったことに鈍感な冴宮はまるで気づいてないようだった。セーフ。


 俺が目を逸らした方向には、巨大な電子パネルが設置され、そこでは夜の情報番組が流れていた。

 さっきまで雨天時の帰り方や、冴宮のつまらないギャグなど、日常的なことしか考えていなかった俺だが、そこに流れるニュースの一つを目にした途端、ぬるま湯から引きずり出され、冷水を被ったように気が引き締まった。


 『――……昨夜未明、六本木ヒルズ付近の路地裏で、20代前後の男性が腹部を刃物で刺され、意識不明の重態の状態で倒れているのが発見されました。しかし、目撃者が通報し、救急車が現場に着いた時には、その男性の姿は無く、周囲には何も残っていなかったそうです。警視庁は、被害者の捜索に当たるとともに、この事件が……――』

「……」

「また殺人事件かぁ……。最近多いよね、こーゆう物騒なの…」

「……あぁ、そうだな」

「……?急にどしたの、なんか暗いよ、神谷くん…?」

「……何でもない。気にするな」


 ――「何でもない」と言うのは、当然のように嘘だ。

 俺には、この事件について何か思い当たる節…というより、違和感を感じるのだ。

 実を言うと、俺には昨夜の記憶――この事件が起きた時間帯ちょうどの記憶が、すっぽり抜け落ちているのだ。

 9時頃までの記憶は残っている。今日と同じように、予備校に通い詰めで……。

 だが、その次に記憶に残っているのは、暖かい快晴の空から降り注ぐ太陽の光を浴びて、自分の部屋で目を覚ましたこと。

 ……つまりは、予備校から、家に帰るまでの記憶だけが抜け落ちてしまっているのだ。

 普通の記憶喪失なら、今までの記憶を全部失うか、軽いものでも一週間近くの記憶は失うはずだった。


 それともう一つ引っ掛かるのは、俺の腹に残った大きな傷痕のことだ。

 痛みは無いし、もう完治しているのだろうが、俺はこんな大怪我をした記憶が無い。

 記憶に無い怪我――単純に考えれば、記憶が無いうちにしてしまったというのが妥当だろう。

 この怪我のせいで記憶を失ったというなら、辻褄が合う。


 ――だが、何故俺はこんなに大きな傷を負うことになった?

 確かに、昨日も雨が降ったが傘を忘れたために、走って帰ろうとはしたが、それで滑って転んだからといってこんなに大きな傷痕は残らないだろう。

 ――と考えると、昨夜俺が記憶を失った時間帯、その時起きた事件と俺の記憶喪失とは、何らかの関係があると見て間違いないだろう。


 ――確信は、持てないがな。




「――そういえば、お前はどうやって帰るつもりなんだ?」

「んにゅ?今日は親が迎えに来てくれるよ。神谷くんは?」

「……止むまで待つつもりだよ。傘忘れたし、迎えも来ないからな」

「そーなの?……それならわたしの傘、貸してあげるよ」

 俺の答えを待つことなく、冴宮は花柄の鞄の中身を漁り始める。

 今時絶対流行りそうにない柄のハンドバッグだな、と内心失礼なことを考えながらも、傘を貸してくれるというのは有り難い、とも思ってはいる。

 ……傘の柄については、嫌な予感しかしないが。

「あった!はい、これ!貸すだけだからね!」

「あ、あぁ……」

 間違っても借りパクだけはしねぇよ、と心の中で呟きながらも、ちゃんと傘を受け取る。

 傘を開くと、……案の定、少女趣味全開の花柄プリントが広がっていた。

 ……はずかしすぎるだろ、これ……。




「――迎えも来たし、先に帰るね。また明日〜!」

「ああ。またな」

 黒の高級そうなセダンの後部座席の窓から手を出してブンブンと振ってくる冴島。

 運転手は黒スーツにグラサンを掛けており、まるで映画に出てくるSPのようだ。――というか、本当にSPであったりする。

 何を隠そう冴宮 美鈴は、父に現総理大臣・冴宮 金彦(かねひこ)を持ち、母にかの有名な財閥グループ、一留木(いちるぎ)財閥会長、冴宮 御来(みらい)を持つ、正真正銘のお嬢様、SPに守られてもしょうがないほどにやんごとなき身分の人間なのだ。

 当然、命を狙ったり誘拐しようとしたりとかする輩も少なくはないので、普段から護衛としてSPがついているらしい。

 今日も……ほら。ビルの影から5、6人。黒服の厳ついお兄さんが出てきたよ。

 ――いつもなら多くても2、3人ぐらいのはずなのだが、やはりあの殺人未遂事件を警戒してのことなのだろう。当然といえば当然だろうな。

 影から出てきた黒服軍団は、全員セダンに乗り込み、冴宮が乗った車をさっさと追いかけて行ってしまった。

「……」

 …座席余ってるなら乗せろよ、と言う暇も無かった…。




――――――――――――



 俺こと神谷 (りょう)は、かなりダサい花柄の傘を差し、夜遅くになってもう誰も通っていない六本木の街道を進んでいた。

 俺が借りているマンションはこの道沿いにある。通り慣れた道だ。

 六本木ヒルズから出てきたと考えられる人影と時折すれ違うこともあり、その度に感じる視線が痛いとは思ったが、それ以外は何も違和感を感じなかった。


 ――ただ一つ、俺を見つめ続ける目以外には――


「――……薄気味悪ぃな……さっきから……」

 どこからかは分からない。背後か…それとも横か…前なのかもしれない。

 ただ感じるのは、視線だけ。

 ただ見られるだけなら、こんな冷や汗なんて掻きはしないだろうし、恥ずかしい程度で済むだろう。

 ……だがこれは、何かを探られているような視線。何か監視されているような視線。

「……くそっ…」

 苛立ちは徐々に募っていくだけだった。




――――――――――――



 ――結局予備校を発ってから俺のマンションに着くまでの30分間、気味の悪い視線が止む気配はまるで無かった。

 時々後ろを振り返ってみたり、「出てこいッ!!」と叫んでみたりしたが、視線はずっと俺を見続けているだけ。反応なんて一切無かった。

 …のだが、マンションの玄関までたどり着くと、途端に薄気味悪い視線は消え失せ、激しい悪寒もなくなってしまった。

 余りにあっさり消えてしまったので少し拍子抜けしたが、それでも気分はすっきりしたので良かったと思う。

「…今日は無駄に疲れる日だな」 激しい雨でびしょ濡れになった傘を軽く振って水滴を落とし、折り畳んでしまう。

 雨でこのダサい花柄も一緒に落ちてくれたら……なんてのは当然のように無いので、せめて通りかかったご近所さんに俺が悪趣味ではないかと疑われないように、隠すぐらいはしとかないとな。

 ――さらに気疲れしたような感じがするのは、たぶん気のせいだろうな。


 自室の番号『506』の郵便受けを開け、自分宛ての手紙が届いていないか確かめてみる。

 すると案の定、ズルズルズルズル…と大量の派手な柄の封筒が流れ落ちてきた。

「またかよ……もう十分だっての、予備校の案内書なんて…」

 俺は、実を言うなら浪人生であり、これから一年は志望校合格を目指して猛勉強しなきゃいけない立場である。

 だから、すでに高校を卒業している以上、自分で勉強するか、予備校に通うか、家庭教師を雇うかぐらいしか、受験勉強をする方法なんて存在しない。

 だから必然的に、こういった予備校やらかてきょーやらの案内状なんかが大量に送り付けられてくるのだ。

 …まったく、いい迷惑だっての。

「……ん?」

 だが、いつもは勉強関連の(ある意味)迷惑メールだらけのポストの奥に、ただ一つだけ、異質なオーラを放つ封筒が存在した。

 普通は切手、住所、郵便番号なんかが貼り付けてあったり書いてあったりしているはずなのに、その封筒には何も書かれておらず、切手も貼られていなかった。

 封筒の色も変だ。普通なら茶色をしたものや白色をしたものが主流だと言うのに、それは完全なる黒色をしていた。


 ――そして、その中心にはただ白い文字で…『神谷 遼様へ』…と書かれているだけだった。


「何だ……これ……?」

 どう考えても塾案内の封筒には見えない。

 それどころか、まともな郵便の運通を通して届けられたものであるかどうかも定かでは無かった。


 おかしすぎる……。

 今、俺の身の回りでは、奇妙なことが起き続けている様な気がする。

 昨夜の記憶欠如、帰宅途中感じた視線、…そして、この黒い手紙……。

 何故か、この三つの出来事は、切っても切れない関係にあるような気がしてならなかった。

 ……そして気がついたら…その封筒を、まるで破り捨てる勢いで開けようとしていた。




『どうも、初めまして。…とはいっても、手紙では君は私の顔が分からないだろう。それに、私たちはお互いに、すでに顔を会わせているのだ。初めましてとは、誤った言い方ではあるな。

 突然このような手紙が送られてきて、君はさぞかし驚いているだろう。だが、安心してほしい。私は君の味方だ。…少なくとも、君が私たちの目的の妨げと成らないのならば…の話ではあるがな。

 …そろそろ、本題に入るとしよう。

 神谷 遼君。私は…、君と直接会って話がしたい。

 もちろん、無理にとは言わない。君の意志で私に会おうと思ったなら、下に明記した住所まで、今週の満月の日の午前0時ちょうどに来てほしい。

 …それに、無料(タダ)でとは言わない。君が知りたい情報、私が知っている限りのことなら、できる限り提供しよう。

 …君に、世界の闇に飛び込む勇気があるなら、君とは再び会うことになるだろうな。

 …それでは、また会おう。』




 …手紙の最後には、『東京都渋谷区神宮前***-**』…と、この手紙の主が待つと思われる場所の住所が記されていた。

「嫌がらせ……じゃないよな……。……何なんだよ……これ………」

 手には汗が浮かび上がり、便箋が僅かに濡れてきた。


 この手紙が何なのかは、まるで検討もつかない。……だが俺は、この瞬間に、何かを感じ取っていた。



 ――俺に襲い掛かるであろう、何かを……――

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