16章・動機と開幕
――空気が、硬直した。
先程まで大声を張り上げ、騒音を撒き散らし、血潮たぎる戦いを演じていた神谷 遼、そして沢代 在人の両名が、私・シルヴィア=ヴラート=ドラケリアがこの場に現れたことによって、ピタリと黙ってしまったからだ。
――はて…?
私は…何かおかしいことをしただろうか?
ただ、階段を上っている途中で落ちてきた大きな石が頭にぶつかってきたから、少し苛立ってしまってドレスの右手の袖に仕込んだ黒のマンゴーシュ・『黒翼』をその方向に投げつけただけ。
ただ、階段を上った時に見えた光景が、明らかに遼と在人が殺し合いか何かしていたような状態であったので、その理由を尋ねてみただけ。――少しいらついていたため、表情を平静に保てたかどうかは不安ではあるが……。
遼は呆然と、何が起こったのか分からない様子であり、在人は恐怖か何かで一歩足が退けている。
――考え方を変えてみよう。私の顔に何か付いているのだろうか?
「――し、シルヴィアの姐御……これには……その……ふかーいわけが……」
――というわけでもなさそうだ。沢代のいつもの陽気な関西弁もどきの口調が、標準語に様変わりしている。
その隣の遼は、全く口を開かず……もとい、口をポカンと開いたまま放心状態にあった。
「…ほぅ。では、その『ふかーいわけ』とは一体何なのか、詳細に、綿密に…説明してもらおうか?」
「え……えー……と……そ、それは……」
「――確かに…理由があるなら、俺も聞きたい」
ここでようやく平常心を取り戻した遼が、会話に加わる。なにやら、遼も何故このようになったのか分かっていなかったらしい。
主人と元不良、二人に睨まれてカエルの様に縮こまってしまった沢代は、カラーギャングの長とは思えないほど情けない、泣きそうな顔で、もごもごと語りだした。
*
「――つまり……その……最近、本気で暇やったから……強そうなヤツとやり合いたかったってゆーか……その……」
「――ふむ。成る程な」
15分間ほどの在人の弁解を聞いているうちに、私の中にあったモヤモヤは薄れていた。
――寧ろ、私は在人の言い分に賛成だった。
最後の結論に至るまでの経緯(自分が地方では知らない者はいないほどの強者であったこと、『紅凶熊』結成の理由などの、半ば武勇伝染みた自慢話)は余計だったが、私も戦に生きる種族・吸血鬼である以上、強い相手と手合わせ願いたいのは至極普通のことであると考えてしまう。
――だがしかし、私の隣で同じ話を聞いていた彼は、どうにもそれが気に入らなかったらしく……。
「――つまり、お前の『娯楽』のために、俺は殺されかけたってことか?」
若干……というか、かなり凄みを効かせた声で、遼は在人の言葉の上を重ねる。
言葉だけではない。その雰囲気も、まるで竜と対峙しているかのような、威圧的なものであった。
今まで数多くの吸血鬼の勇士達と手合わせてきた私でも少し鳥肌がたったのだ。在人は、顔に出ている通り、内心も穏やかなものではないだろう。
「――シルヴィア」
「…な、なんだ?遼……?」
少しびくびくしつつも、表面上は平静を保ちつつ答える。
唯一の光源が、窓から差し込む僅かな光であるせいか、彼のどす黒い(恐らく)怒りのオーラを強めているように見える。
「コイツ……殺っても良いかなぁ……?」
「え……あ…あぁ……」
「ちょっ……!!姐御!?」
垂れ下がった前髪の間から見える遼の狼の如き眼光に圧されて、勢いでYESと答えてしまった。
カラーギャングが涙目でこっちを見ているが、今の遼に逆らったりすることを、本能が危険と察知しているので仕方がない。許せ、在人。
遼が「ククク」と怪しく笑い、在人が惨めに引きずられて行く様子を、目を覆い隠して背を向け、見ないようにした。
在人が何か叫んでいるような声も聞こえてきたが……知らない。私は何も知らないぞ。
*
――1時間ほどの時間が流れた。
時刻は12時を回り、窓から漏れ出てくる街灯の光も消え、町は完全に静まり返っていた。
電気を止められているこの廃ビルでは、当然の様に電球も不燃ゴミとなっている。だから、部屋に新たな光源を作りだそうにも、蝋燭やらマッチやらライターやらを経由背ねばならない。
……だが……正直、こんな光源では頼りなさ過ぎる。
光源の周りにいる俺やシルヴィアの存在は確認できるのだが……この場にいない沢代…その姿までは見えない。
――というか、俺がボコボコにして部屋の隅に放り投げてきたからなのだが。
「――じゃあ沢代は、本当は俺が元々持っている実力を発揮できるようにするための、いわば準備運動の相手になるはずだった……のに、アイツが勝手に設定を変えた……ってことか?」
「……そうなのだろうな。私も、今回のことは彼に一任していたわけであるし……」
「ならちゃんと管理しとけって。……まぁ、アイツなら好き勝手やってもおかしくはなさそうだけどな……」
部屋の端に転がされていたホコリまみれ蝋燭に火を燈し、それを挟むようにして俺とシルヴィアは座っている。
適当にそこら辺に転がっていた角材に腰掛けようとしたのだが、釘が飛び出していたりして危なかったので、結局地べたに座ることにしている。 …が、シルヴィアは、御自慢のゴシックドレスが土に汚れるのが嫌なのか、わざわざ俺が捨てた角材の、あちこち飛び出ている釘をマンゴーシュで斬って(冗談と思うかも知れないが、本当にだ)、それに腰掛けた。
(それにしても……)
たとえ木の棒を椅子代わりにしているにしても、吸血鬼の貴族様には何か気品の様なものが感じられた。
動作一つ、仕草一つにしても、上品・優雅なものであり……とても座っているのが角材とは思えない。
――生まれが違うと、こうも違うもんなんだな。シルヴィアとユリアにしても。
ユリアは同年代の女性と比べると、確かに上品娘だとは思う。けど、やはり元々が田舎の農家の子ということもあり、奥底はやはりたくましい娘なのだ。
それと違い、シルヴィアは、生まれながらの貴族だ。何から何まで『高貴』の一言で括れてしまうような、根っからお嬢様である。
その差は、言うまでもない。
「――何だ?私の顔に何か付いているのか?」
「えっ…あ、いや……何でもな……――ってか近い!近いっつーの!」
ちょっと考え事をしている間にいつの間にかシルヴィアが、覗き込む様に顔を近づけていた。
暗闇の中でも分かるほどに端正な顔立ちと、傷一つ無い純白のパールの如く美しい肌が、否応なしに視界に飛び込んで来る。
ホコリと土の臭いの中、一際目立つ薔薇の香りが鼻腔をくすぐる。
本人は大して気にしている様子はないのだが、女性に全く免疫のない俺からすれば、凝視し難いものである。
――ユリアとはまた別の『可愛い』なんだよな、これが。
「――あ…あまりジロジロ見るな……は、恥ずかしいではないか……」
「…え……あ…ゴメン……」
いつの間にか俺まで見つめ返していたのだろうか。シルヴィアがその頬に薔薇を咲かせた様に赤くなる。どう考えても照れているのだろう。
俺も慌てて視線を90度方向転換し、右手の窓を見やる。光の反射によって、蝋燭の炎が左右対称に映っている。
――と、同時に、蝋燭の火を、その火と同じぐらい真っ赤な顔で見ているシルヴィアの顔も見える。――それはもう、降り積もった淡雪に、鮮血を散らしたが如く。
垂れ下がった髪の毛を摘んで、それを指先でいじっている様子も、また愛らしい。
何故だかそれが、いつものミステリアスなシルヴィアとは違って、妙に可愛らしく見えた。
窓に映る俺の顔まで赤くなって来るのが分かる。
――どうしようか。こんな状態じゃ、顔を見せるのも躊躇われる。
蝋燭の火が、風にも当たっていないのにユラユラと揺れる。
それの動きに合わせ、陰も自在に形を変える。
――長い沈黙だ。
お互いに顔を背けたまま、一言も言葉を発しようとはしない。
ただ動きがあったのは、蝋燭の火が尽きかけた時に、俺が新しい蝋燭に火を移し替えた時だけ。それ以外は、お互いに身じろぎ一つとらない。
――こういう時、一体何を言えば良いんだ……?
何度も言っている通り、俺は女性との交友関係などほとんど無い(冴宮とユリアは除外)うえ、女性に関しては超奥手ボーイ(重ねて、冴宮とユリアは除外)なのだ。
今日の昼に桜・椿姉妹に会った(椿に関しては、襲われた、とも言える)際も、正直パニックで気が狂いそうになっていた。それほどまでに、俺の女性耐性、免疫能力は低い。
……それはもう、中学時代にユリア、高校時代に和也ぐらいしか友人がいなかった、俺の交友関係の狭さや致命的なコミュニケーション能力の欠如(自分で認めるのもなんだが、事実なので仕方が無い)と並ぶ三大弱点と言っても過言では無いほどに。
(――こんな時、和也なら何て言うんだろうな…)
などと、二次元女性の落とし手のことを考えながら、話し掛けるタイミングを計っていると――。
「――その……すまない。私の監督不行き届きで、君に迷惑をかけてしまったようで…」
シルヴィアが、俺よりも先に口火を切った。
気まずい雰囲気の中、更に空気を重くしかねない様な言葉で。
「えーっ……と……」
正直なところ、本音をぶちまけてしまいたい気分もある。
でも、この場で俺がこいつに罵詈雑言を口走ったところで、全く意味が無いことくらいは分かっている。
かといって、(もしあるなら)会話検定5級すら取れそうにない俺の稚拙なボキャブラリーでは、そんな答え、導き出すのが難しい。
……だから、流れに身を任せて――
「――悪いことなんて、何も無い――」
一度口を開けば、自然に言葉は紡がれ、繋がっていく。
シルヴィアの方を振り返り、こちらを見ていたシルヴィアの目を覗き込む。
深紅の瞳に、驚きの色が浮かぶ。
俺は真っすぐその目を見据えて、続けた。
「――お前は、俺のことを考えてくれてたんだろ?考えてくれてたから、俺をここに来させたんだろ?
――なら、お前に全く非は無いし……、寧ろ俺は、お前に感謝したい気分だ。……俺が戦う理由、思い出させてくれたんだからな」
自然と、口元が緩む。強張っていた感情も、静まり返っていた雰囲気も、和らいでいく。
――そして、心の中で、俺は……。
(…………………なぁんて恥ずかしいことを言ってしまったんだァァァァァァァァァァァッッ!!!!!!)
後悔していた。
――確かに、空気はやわらかくなったし、もう話しづらい感覚もない……はずなのだが。
いくら何でも雰囲気改善のためとはいえ、高校の時に読んだ漫画のセリフ見たいなことを意図せずそのままトレースして発言してしまうとは。
――思わず出てきた言葉がアレとは……俺も、ついに和也の毒に侵されはじめたのかもしれないな……。
(……って!!そんなこと考えてる場合じゃないっ!!)
周りにいた奴が和也とかならまだ良かった。むしろ、アイツとの会話は、こう言った厨二臭いセリフがたくさん飛び交うもの(らしい。俺はよく知らない)。
だが相手はシルヴィア。こう言った日本の文化の知識に疎いはずなため、「なんかくさい台詞吐いたな」ぐらいの認識だろうが、俺としてはそういった思いを抱かれるだけでも恥ずかしい。
だから、全速力でこの場から退避できる構えをとりつつ、シルヴィアの次の発言を待ち構えていると――。
「……そ…………」
「『そ』……?」
「……そ…………そうなの……かも……しれない……な……」
……。
おいおい。
……何故か、大真面目に返答されてしまった。
指先をツンツンしながら、さながら小動物の様な仕草をして、妙にいじらしく感じられてしまう。
それと同時に、ある程度元の白色に戻っていた肌が、また赤く染まり、視線も再び逸らされる。
何でこうなってしまったのか。それには、たった一つのことしか心当たりがない。
……。
……恥ずかしい。
今すぐ……首釣って……死にたい………。
「いやぁ〜、ワイとしたことが、まさかワンパンでノックダウンさせられるなんて思わなんだわ〜〜……って、アレ?お二人さん、どないしたんや?」
そして、タイミング悪く帰ってきた沢代。
……本気で息の根止めたろか………?
*
「――う……ん……」
ぼやけていた景色が、徐々に彩度を増す。
黒色と白色で彩られた世界がやがて、夜の町と繁華街の電光掲示板へと姿を変える。
背中に接しているものは、土やコンクリートの様なゴツゴツした感触ではないが、かといって布団の様に柔らかいものでもない。手の感触からして、木製の板のようだ。
板に手をついて、体を起き上がる。冷たい夜風が、薄着な服の隙間から入り込んできて、体を冷やしていく。
辺りを見渡してみると、暗がりの中に、ブランコや滑り台などの遊具が見える。どうやらここは公園、そして、彼女が寝かされていたのは、木製ベンチの上らしい。
「あたし……何でこんなところに……」
少女・浅野 ユリアは、別に痛むわけでもない頭を摩りながら、自分がここにいる理由を思い出そうとした。
自分はついさっきまで、自らの友人・神谷 遼とともに、廃ビルの中を進んでいた。
そして、その奥にいた人物・カラーギャング『紅凶熊』の首領・沢代 在人がいて………。
「――そうだ……遼!遼は!?どこに――」
「――だいじょーぶ、心配いらないよ、おねぇちゃん」
急に、背後から声が上がった。
とても純粋そうで柔らかい、幼い女の子の声。
これが昼の公園なら、そんな声が聞こえてもおかしくはない。寧ろ、微笑ましい光景だなぁ、と一笑に付すだろう。
だがそれが、深夜の公園なら話は別だ。
普通、この時間帯に未成年の子供たちが外を歩き回ることが、警察による補導の対象になっているということを知っているため、不良か、よほど度胸のある人間ぐらいしか、深夜の街にくり出そうとは思わない。……高校生はまだしも、中学生ぐらいまでなら、すでに寝息を立てている者も少なくはない。
……だが、ユリアの視線の先――さっきまで、彼女が寝かされていたベンチのそばにいる少女は、誰が見ても小学生……十歳前後の幼子なのだ。
服装は、赤色の生地に白いドクロ柄の刺繍が入ったシャツ、その上に重ね着をした無地の白シャツ、ショートパンツ、黒のハイニーソックスに茶色のブーツ。少しませた恰好をしてはいるが、それでも背はユリアの胸の辺りほどの高さしかない。
――いや、外見などどうでもいい。それよりも気になるのは、普通はこの年頃少女からは必ず感じるはずのもの――『幼さ』が、まるで感じられないことだ。
確かに、見た目通りの愛らしさは感じる。だが、その可愛らしさの中には、まるで童心など感じられない。
――まるで、自分よりも長いときを生きてきた、そんな気がする。
何故こんなことが分かるのか、ユリアにもさっぱり分からなかった。直感か、洞察か。いずれにせよ、少女が『異常である』ということは、はっきりしていた。
「えーっと……あの、お嬢ちゃん?こんなところで何してるの?」
……とはいえ、それが事実と決まったこともないためか、見た目通りの少女に話しかけるようになってしまう。
街灯のおかげで深夜でもこの辺りは明るく、少女が今どんな表情をしているのかもよく分かる。今は、ただ笑っているようだ。
「……んーっとね。りんのおにぃちゃんがね、おねぇちゃんをみてて、っていったの。だからおねぇちゃんがおきるまで、りん、ここにいたの」
話し方こそ小さな子供の様で、普通の人を見る分にはただの小学生にしか感じられないだろう。
(あたしの……思い過ごし…なのかなぁ……?)
うたぐりすぎかもしれないと思ってはいる。ユリアの刑事としての直感が正しかったことはあまり多くないため、少し自信もなくなってきた。
なので、最後の質問を投げ掛けてみた。
「それじゃあ……えっと、りん…ちゃん………で、いいのかな?」
「うん。りんはりんだよ」
「じゃあ、りんちゃん。あなたの『お兄ちゃん』は、どういう人かな?それと、お兄ちゃんは、なんであなたにそんなこと頼んだのかな?」
「うん、えっとね、おにぃちゃんは…――」
そして、その質問の答えは、予想を遥かに覆すものだった。
「――『ありひと』おにぃちゃんはね、おねぇちゃんが『ころしあい』にまきこまれないように、りんにおねぇちゃんをたのんだんだよ」
「――え……?」
ユリアはしばらくの間、その言葉の意味を理解・認識することができず、呆然と立ち尽くしていた。
『ありひと』…というのは、『沢代 在人』。彼のことだろう。それだけでも、普通は驚くところだが、ユリアが真っ先に驚いたのはそこではない。
『ころしあい』……『殺し合い』?何度頭の中でその言葉を漢字変換しても、候補に上がるのはその組み合わせのみであった。
小学生程度の少女が、何の躊躇いもなく口に出すことが、ユリアにとっては、とても奇妙に、そして異常に感じられた。
――そして、彼女は……何故、なお笑い続けられる……?
――ドォォン……――!
「ッ!?」
「…始まったね……」
どこかで鳴り響いた爆発音に意識が切り替わる。
距離は離れている様だが――爆発音がなった方向に目を向けると、何軒か先にあるビル郡から、空に舞い上がる灰煙と、辺りを赤く照らす炎が目に映る。
「――まさか……あなた、知ってたの!?」「…うん。知ってたよ。お兄ちゃんが『そろそろ戦いが始まってもおかしくない』って、言ってた。」
ふと見ると、少女の顔から笑顔が消えているのに気づいた。
それだけではない。少女の口調から幼さが完全に消え去った。
――そして……瞳が、『紅』に染まった。
――先ほど感じた違和感は、これだったのだ。
彼女から『幼さ』が消え去ったわけではない。やっぱり、『幼さ』など、はなから存在しなかったのだ。
「どうしたの、お姉ちゃん?」
「――え?」
少女の冷たく、鋭い眼光が、ユリアの瞳の中に飛び込んで来る。
一瞬、ユリアの体が強張る。
――そして、緊張と同時に、何か懐かしさを感じた。
(あれ……あたし、あの『目』……どこかで……)
答えは、出てこない。
頭の奥で何かが引っ掛かっているのは感じるのだが、それが何か、思い出すことができない。
「――行こ、お姉ちゃん」
ハッと気付くと、ユリアの手を、りんが掴んでいた。
「――臨は、お兄ちゃんを迎えに行く。お姉ちゃんも、『神谷 遼』に会いに行くんでしょ?」
――やはり彼女は、遼の名前も知っていた。――そしてユリアは、彼女が、この一連の事件――『切り裂き魔事件』の関係者であるのだと、そうも確信した。
(同僚が殺されたんだ。――もう、後には引けない……)
「――えぇ。連れていって、りんちゃん」
ユリアは、決心を言葉に変えた。
*
――数分前――。
沢代が輪の中に戻ってきてくれたおかげで、固くなっていた空気も再び和らぎ、言葉に詰まっていた俺とシルヴィアも、だんだんと口数を増やしていった。
一度は殺そうと腰の『串刺し公』に手をかけはしたが、まぁ空気清浄機ぐらいの働きをしてくれたのだから、それに免じて許してやる。
――話の内容が、さっき聞いたばかりの武勇伝ばかりだったのは、流石にイラッときたが。
「……む…。もうすぐ日が上り始める時間ないか。いつの間にこんなに時間が過ぎてしまったのだろうか?」
シルヴィアが懐から金色の懐中時計を取り出し、時間を確かめる。
その時計は、薔薇の彫刻が施してある、発条式の、恐らくオーダーメイドのものだろう。
…流石、金持ちは違うな。時計一つにしてもこだわりが違う。俺の時計なんて、すぐ秒針がズレたり、壊れたりする腕時計(1000円)なのに。
「…ま、話し始めたのが12時ぐらいで、それからなんだかんだのんびりしてたからな。――肝心のこれからの方針について、誰かさんのせいで話せなかったけどな」
「そ、そこは責めんといてや、カミやん……ワイら、もう友達やろ?」
「――沢代さん、アンタの場合は『友達』って文字にルビ振ったら、『たいせんあいて』とか『けんかあいて』とかになるだろ」
「さ、さすがにちゃうわ……」
「…フフッ…」
「姐御も笑わんといてや……」
情けない声を出す沢代がおかしかったのか、シルヴィアが軽く笑う。
――安心した。
シルヴィアも、あのように笑えるのだ。
やはり、吸血鬼と言っても、人と大差ない。俺達と同じく、こいつも生きているんだ――と、改めて感じる。
それに安心したのか、俺も、自然と笑みがこぼれる。
「何を笑っているんだ、遼?」
「――いや、別に」
シルヴィアの頭に疑問符が浮かぶ。
沢代は俺の顔を見てから、俺が感じていることを察したのか、一緒に笑い出す。
シルヴィアは俺と沢代の顔を交互に見ながら、疑問符の数をさらに増やす。
俺達はそれを見ながら、さらに一層笑い続けた。
「――それでは、時間も時間だ。そろそろ、お開きとしようか」
シルヴィアが真っ先に立ち上がり、スカートに付いた土埃を軽く払ってから、解散を宣言する。
俺も立ち上がり、沢代も立ってから伸びをする。
時刻は午前3時30分。まだ夜明けまでしばらくあるが、完全な吸血鬼であるシルヴィアには、日光に当たってはいけないという制約があるのだ。時間としてはベストだろう。
「それじゃ、とっとと帰り――」
言いかかった瞬間、俺は不意に違和感を感じた。
――硝煙……火薬の臭い。
兄貴に連れられて一度だけアメリカに行った時、銃好きの兄貴が銃の試し撃ちをした際に嗅いだ臭いに似ている。それがどこからか臭ってくる。
――そしてそれに気付いた瞬間、俺は声を張り上げていた。
「――みんな伏せッ――」 ――だが、気付くのが遅かった。
ドォォォォォォォン!!!!!!
俺の背後から、耳をつんざくほど凄まじい爆音と、視界を一瞬にして白、そしてその後赤に染め上げた閃光が、俺達三人を包んだ。