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迅殺者(ザッパー)  作者: 藤巻 彩斗
第一部・導入編
15/19

14章・力量差と覚醒

 月夜に、剣の軌跡が(ひらめ)く。

 金属と金属がぶつかり合って、微かな紅い火花が飛び散る。それが、打ち合う物同士の威力の大きさを物語(ものがた)っている。

「――フッ!!」

 風の抵抗を限界まで削りとり、正しく音速に等しいと言える速度の突きを放つ。

 風をきる音が鳴る。だが、その刃が突き刺さる音は鳴ることは無く、代わりに激しい金属音が鳴り響く。

 やつのメリケンサック、それが行く手を阻み、俺の手に握られた銀刀を宙に静止させたのだ。


 当たらない。俺の攻撃が。一発も。

 まだ戦いはじめてから数分しか経っていない。にもかかわらず、俺の体には、既に幾多もの生傷、打撲の跡が出来上がっていた。しかし、対する奴・沢代の体には傷一つ存在しない。

 体力の限界に近付き、息も荒くなってきた。

 剣を握り締めている右手の握力も減り、震えて来る。

 …どうしちまったんだ?俺は……。

 ナイフの攻撃は全部躱されたり、受け止められたり……得意の体術も、全く機能しない。まるで、四肢に重りを付けているかの様な感覚だ。

 普段の……いや、昔の俺なら、この程度の速度にも、腕力にも、余裕で対応できたはずなのに。

 ――ブランク…?……いや……そんなはずない。

 数週間前――俺が『切り裂きジャック(ジャック・ザ・リッパー)』に襲われる前――に絡んできた不良は、数秒でケリをつけることができた。

 ――だが、予兆が無かったわけではない。

 昨日、こいつと同じ『紅凶熊(グリズリー)』の構成員を吹き飛ばした時、まるで手応えを感じなかった。

 更にはその後、シルヴィアの刺突を受けた時、あれもよく見ていれば、確実に避けられる速さの一撃だったはずだ。

 そして、そのあとのテッド=バンディ、ジョン=ゲイシーの二人組の襲撃。

 殺人鬼とはいえ、戦闘慣れしている俺の方が立ち回りでは有利なはずだった。……だが、何故か戦意が起きなかった。起こそうとも思わなかった。

 ――どうしてだ?

 俺の体に……一体、何が起きている……?


 目の前の男は、不満げに舌打ちをして、こちらを睨みつけてきた。「――おもろない……おもろないでぇ、神谷ァ!!」 今まで剣を受け止めるだけだった沢代が、不意に押し返してきた。

 あまりの衝撃の大きさに吹き飛ばされそうになったが、何とか体勢を立て直し、後ろ向きに回りながら着地する。

 ――なんて野郎だ……。お互い感染者(パンデミア)同士であるとは言え、力勝負では無敗だった俺が、いとも易く押し負けるなんて……。

 俺が、あいつの言う『感染者化して』から、まだ数日しか経っていないこと………いや、寧ろ、あいつが感染者になってからの日にちが、俺のソレを遥かに上回っていることに、何らかの要因があるのは間違いない。

 …いや――


 ――本当に、それだけか……?


「何や……こんなもんかいな。……白けるわぁ……『黒帝(こくてい)』の異名が、聞いて呆れるっちゅーもんやな」

「…買い被りすぎだろ……。俺が、もう何年喧嘩し(やりあっ)てないと思ってんだよ。……流石に感覚も(にぶ)ってるって」

 目の前のメリケン男に対して悪態をついたつもりだったが、沢代は全く(こた)えていない様子だった。

「幾ら鈍ってるっつってもや。あんさんほどの実力者(ヤロウ)が、ワイ程度にボコボコにされるほど弱なっとるなんて、あんまりすぎや。………あれか?ナイフ使ったこと、ないんか?」

「……戦闘中に色々と喋りすぎだよ、アンタ」

 色々と(かん)に触るようなことを並べられてまで、黙り続けていられるほど俺も我慢強くはない。

 地面を蹴りつけ加速し、数メートル先の標的目掛けて走る。

 ナイフの柄をひしと握り締め、空いた左手を添え、全体重をその刃を突き出す力にかける。

 吸血鬼(ヴァンパイア)の力を使えば、音速に限りなく近い速さの一撃ならば繰り出すことも可能だろう。

 だが、ここまで言われてしまったら、吸血鬼の力を使って攻撃しても、俺の気は一向に晴れそうにないだろう。寧ろ俺の力不足を認めるようで、余計に胸糞悪い。

 だから、人間の限界に近い速さで、尚且つ常人には見切ることすら不可能に近いこの一撃、それを繰り出した。


 ――『常人には』、届いたろう。……だが…しかし、『感染者には』、届くはずもなかった。


 俺の渾身の一撃を、後出しにも関わらず軽々と横に(かわ)し、空を切ったその薄紫に光る刀身を、片手で易々とつかみ取る。

 幾らトレンチナイフが刺突に向いた作りをしており、刃の鋭さが他種のナイフに比べて劣るとはいえ、こいつも立派に斬撃攻撃をこなせるほどには、少なくとも、素手で容易に握ることが出来るような代物では無いはずだ。

 …それをこいつは、躊躇(ためら)うこともなく、軽くやってのけて見せた。

「――なぁ?ワイのゆーとること、ちゃんと聞いとんのか?……もっとちゃんとぉ、やれっつってんやろが!!」

「っつ!?」

 捕まれたナイフを投げ飛ばしたエネルギーが、そのまま俺の腕にも伝わり、大きく後ろにのけ反る。

 完全にバランスを崩し、後ろによろめく俺の目の前に……次の瞬間、沢代の両拳が迫っていた。

 理性と直感はほぼ同時に、『回避』と言う選択肢を導き出した。……だが、足が動こうとしない。体が言うことを聞かない。

「――とっとと()ねやぁ!!」

 成す術もなく、その拳が俺の顔面にめり込み、俺の体が後方へと飛ばされて行くのを、待つしかなかった。




     *




「ねぇ、遼はどうして喧嘩するの?」

「――唐突だな。一体どうしたんだよ?」 中学の無駄に長ったらしい(俺は全ての授業を寝てるから、そう長く感じたことはないが)授業も終わりを告げ、先公どものゴミを見るような目から解放された下校時半ば、帰り道の中腹辺りでユリアが急に尋ねてきた。

 市街地を歩いていると言うのに、俺とユリアの周りには誰もいない…と、いうよりは、皆が俺達の周りを避けて通っている様だ。

 しかしユリアは、そんな周りの様子など全く意に介さず、(女性に言うと失礼かもしれないが)金魚のフンの如く、ちょこちょこと付きまとって来る。

「ん〜……何と無く?」

「何と無く…って……俺は別に自分から喧嘩仕掛けてるわけじゃないだろ?」

「最近はそうかもだけど……昔は遼からしてたこともあったよね?」

「……そうだっけか?」

「そうだったってば!」

 ユリアに強く言われたので、今一度脳内の記憶フォルダに探りを入れてみる……が。

 俺の行動履歴の中に、そんな活動報告は印されていなかった。

「――スマン。暴力は自己防衛とかにしか使った記憶が無いんだけど」

「……うー、ん…あたしの記憶力が悪いのかなぁ……。……ま、それはともかく!遼って、ホント何のために喧嘩やってるの?」

 この期に及んでまだその質問か。さっきのやり取りで大体のことは分かるはずだろが。

「…俺は受け身の喧嘩しかしてねぇ。だから、喧嘩する理由なんて自分を守るためぐらいだよ。――自分から喧嘩買ってたのは否定できねぇけどな」

「…でもさ、それなら――逃げるって選択肢も、あったんじゃないの?」

「……あ」

 言われてみれば確かにそうだ。

 一対一ならば別に問題はないが、集団に囲まれた時にまで一々喧嘩を買っていては、手間が大きすぎる。そういう時は、逃げるが勝ちなのかもしれない。

 …分かっているはずだったのに、俺は何故そうしなかった?


 ――理由は、無いこともない…のかもしれない。

 はっきりしていないのだ。それが俺の本当の『気持ち(りゆう)』なのか。

 …けど、確信に近い感覚がある。だから、この理由は、俺の戦う理由なのだろう。


「――多分、守りたかったんだと思う」

「…守りたかった…?」

 キョトンとした様子のユリアをスルーして、そのまま話を続ける。

「……何を守りたかったとか、誰を守りたかったとかじゃない。……色んなものを、一気に守りたかったんだと思う」

「例えばどんなもの?」

「……分かんねぇよ。だから『色んなものを』なんだよ。……自分自身とか、持ち物とか、誇りとか、……たぶん、お前もな」

「ふぇ!!?いいい、いきなり何言い出すのよッ!!」

 奇妙な叫び声を上げながら、器用にバックステップを決めたユリアは、顔を真っ赤に染め上げる。

 意味が分からない。今の言葉にどんな意味があったというのか?

「…どうしたんだよ。何かおかしい事言ったか?」

「…なっ、何でもないわよッ!!」

 ツンとした様子でそっぽを向くユリア。

 それから先の帰り道、ユリアの家の前に着きお互いに別れの言葉を交わすまで、一度も話をすることもなく、ただ黙って歩いていた。

 ――だが、俺は頭の中で、なおも考え続けていた。

 ……本当に、俺の守りたいものとは何なのか。

 ――いや、『何を』じゃない。『どうして』か、だ。

 俺はどうして、それらが守りたいのか。

 失ったって構わない。誇りも、友も、何もかも。元々、俺にはそのようなもの、無縁な存在だったはずだ。


 ――何時からだろうか……?

 俺がそれらを、守りたいと思うようになったのは――。




     *




「――なんや……聞いとった話より、ずっと手応えなかったやんけ」

 沢代 在人は、血の付いたメリケンサックと、たった今殴り飛ばした神谷 遼とを交互に眺めながら、そう呟いた。

 ベットリと付いた血の跡から見ても、相手の吹き飛び様から見ても、相当ダメージを与えられたはずである。

 尚且つ、風化しているとは言え、コンクリートの壁に頭から突っ込んだのだ。無事でいられるはずがない。

 ……例え無事だったとしても、しばらくは立ち上がれまい。最低でも頭の一カ所二カ所には怪我を負っているはずだ。

「――はぁ、確かに『依頼』じゃこいつと殴り合うだけってもんやったけど、……退屈凌ぎにすらならへんのかいな」

 足元の小石を蹴飛ばし、それが甲高(かんだか)い音をたてながら壁に当たって砕け散る様を見ながら、深いため息をつく。

 待ち望んだ強敵(あいて)との死合い(しあい)、そんな淡い夢すら水泡に()するのが、この現実というもの。感染者となると決めたときから既に、分かりきっていたことではないか。

 人間のままとはいえ、吸血鬼と大差ない身体能力の代償に、永遠に近い時間を生きる……すなわち、『不死』という罰を受けたこの身においては、『退屈』というものは余りに(こく)すぎる。

「……結局、お前もただの雑魚(ザコ)っちゅうわけやったんかいな………おもろないわ」

 土煙がまだ舞い上がる、神谷 遼の方向に背を向け、廃屋をあとにしようと、階段の方向へと振り返る。


「――待てよ。何帰ろうとしてんだよ?」


 沢代の背に、悪寒が走る。

 冷や汗が、頬を滴り落ちる。

 今まで感じたことの無い、圧倒的な『恐怖』の感覚……。

 ……いや、違う。これは……『畏怖』。

 衝撃的なほどに大きな戦慄。平常を保っていたはずの右手が、ありえないほどに震え出す。

 必死に握り締め、その震えを抑えようとしても、止まることはなく、むしろ激しさを増した。

 重圧……、数ヶ月前、今の沢代に吸血鬼の力を渡した、『あの人物』と同等の、圧倒的な存在感。

 ――そう、これでは、まるで……。

「――吸血鬼と……大差……あらへんやんけ……」




「――ここからが本当の勝負だ……沢代……在人ぉ!!!」

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