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迅殺者(ザッパー)  作者: 藤巻 彩斗
第一部・導入編
10/19

9章・ウェイトレスと水被り

「――すみませんっ!すみませんっ!ほんっとにすみませんっ!」

 小柄なウェイトレスの少女は、ひたすら頭を上下に激しく運動させながら、目の前の椅子に座っている青年に謝っている。

 一方の椅子に腰掛けた青年こと俺・神谷 遼は、流石に一時間近くもひたすら謝罪され続けていたため、気が参ったのか、もしくはばつが悪かったのか、後頭部をポリポリ掻きながら気まずそうにしている。

 ここは『Staff Only』という看板の掛かった部屋――つまりは店の関係者しか入れないはずの部屋。…故にもちろん、周りからの助け舟は期待できそうにもないだろう。


 何故俺がこのような状況に置かれるハメになってしまったのか……別に大して長いわけでもないので、語ったところで問題はないだろう。


 『俺と和也が絶賛大喧嘩中だった時に、そこのウェイトレスがホットコーヒーを俺の頭にこぼした。そのことを今必死で謝っている』。

 …としか言えそうにないのだが……付け加えるなら、『俺が余りの熱さに悶え苦しんでいたため、オロオロと戸惑っていたウェイトレスが、何故か俺を引きずってスタッフルームに連れ込んでしまい、後々気付けばこの行為が間違っていたことに気付き、コーヒーをこぼしたことと重ねてひたすら謝っている』ということになる。

 理解し難いということは、俺も重々承知している。自分でもこの状況の理解がまるで、さっぱりできてないんだからな。 …それは別に良いんだが、一時間の間も椅子の上に座らされた状態で放置されているせいでコーヒーが冷え切ってしまい、濡れた服が逆に冷たくなってしまっているのは堪え難い。

 いくら吸血鬼(ヴァンパイア)であっても、熱さと寒さに対しては自慢の耐久力も無意味らしく、体が冷えるのまでは止められないらしい。このままでは、もう4月だというのに風邪を引いてしまいそうだ。


「……あ…あの――」

「――ふぇっ!!?…すっ……すみませんッ!!」

 何故そこで謝るっ!?

 もし驚かせてしまったと言うなら、それは俺が悪いわけであって、別にこの子が謝る理由なんてありはしないというのに。…それでも意味もなく謝ってしまうのは、普段から謝り慣れている…ということかもしれない。

 …もう不敏を通り越して、呆れてきた。可哀相というか、哀れだなと思えてきた。

「――そろそろ帰っても…いいですか…?」

「…だ…ダメですッ!…まだ…貴方に謝罪ができてませんからッ!!」

 嫌ッ!もう十分謝られましたからッ!もう十年間謝られなくてもいいぐらいに謝られましたからッ!

 …それでもなおこの女は俺に謝罪をするつもりなのか……。これは軽くバツゲームの様なものだぞ。

 こいつって、相当のバカなのかもしれない。…いや、バカに違いない。

「――かくなる上はっ……!」

 そのバカが、急に声を張り上げ、突然し始めたことは――

「ッ!?ちょっと待て!!いきなり何をッ――」

 ――ガバッと上着を捲り脱ぎ捨て、ボタンを外し、スカートのホックを下ろし始めたのだ。

 流石の俺もこの展開は予想できずに、柄にも無く大声を張り上げてしまう。

 その行為を止めさせるべく、ほぼ反射的に俺の両腕は少女の細身の腕を掴んだ。

 もうシャツの間やらスカートの間やらから下着が覗いてしまっており、顔を見ようにもそういった秘匿されるべきものがどうしても目に入ってしまう。

「――何をしてるんだよ、お前はッ!?」

「離してくださいッ!わたしは、お客様のためにやっているんですっ!邪魔をしないでくださいっ!」

「全然俺のためになってねぇだろ!!」

「いいえ!これからなるんですっ!!お客様が全裸のわたしを見てっ!興奮してっ!わたしを襲えばっ!お客様はわたしを許してくださいますっ!!一石二鳥なんですっ!!」

「それをいうなら『二兎を追う者は一兎も獲ず』だッ!!それ以前に、俺はもう怒ってねぇ!!」

「嘘ですっ!今お客様は激怒のあまりわたしを襲おうとしてるじゃありませんかっ!!」

「今怒ってるのはお前が服を脱ぐからだし、だからって襲ってるわけでもねぇよ!!」

 手を掴む力を強くするが、このアホウェイトレスは尚暴れて、ホックに指をかけようとする。

 無意識のうちに吸血鬼の力を使わせるまでにこいつの腕力は強かった。というか、抑え切れてない。

 人間の女の力とは思えない。どんな鍛え方してんだ、こいつは……。

「じゃあその手を離してくださいっ!わたしを襲わないなら、今すぐ離すべきですっ!!」

「それじゃあ本末転倒じゃねぇか!!誰が離すかよっ!!」

「止めてください離してくださいっ!」

「いいから大人しくしろっ!!」

 お互いにつかみ合ったまま、一歩も退かず、端から見るとやっぱり俺から襲ってる様にしか見えないだろう。こんな状況で誰かが入って来でもしたら――

「|姉さ〜ん。そろそろ休憩時間こうた……い………」

 …。

 ……。

 ………最悪だ。最悪のタイミングだ。

 一番嫌なタイミングで、まさかの休憩交代の時間となり、呼びに来た他のウェイトレス――それもよりにもよってこのアホウェイトレスの妹が来るとは。

 最初は血色の良い肌色だった彼女の顔が、一瞬で真っ赤に染まっていくのが見て取れた。

「いやっ!これはちがっ―――」

「いやぁぁぁぁぁぁぁ!!!!へんたぁぁぁぁぁいっ!!!」

 バシン!と音をたながらはたかれ、俺の頬に大きな衝撃が走り、顔から順に背後に吹き飛び、机の角に頭をぶつけ、頭から血の気が引いていくのを感じながら、意識は闇の中へと引きずり込まれていった。




――――――――――――




「「ほんっとぉっに!申し訳ございませんでした!お客様っ!」」

「……いや……それはもういいから……」

 完全に生気の抜けた声で、真っ赤になった頬を摩りながら、目の前の姉妹が何度も頭を下げる前で、俺はなぜかまたパイプ椅子に座っている。

 頬には見事なまでにくっきりと手の型が残っている。姉(さっきの露出魔アホウェイトレス)も姉だが、妹(俺の横っ面を思い切り引っ叩いた真面目そうなウェイトレス)も妹だ。人の話を聞かない上に、どっちもアホで天然すぎる。 …その上、どちらも相当の馬鹿力の持ち主だ。引っ叩かれただけで体が数メートル後ろに吹き飛ばされる経験なんてそんなにないぞ。

 正直、机の角に頭がぶつかって血がだらだら流れ出ていたと聞いた時は、貧血で死ぬのを覚悟したぞ。

 …まぁ、吸血鬼の生命力の高さのおかげでギリギリ生き残れたから、死を覚悟するまでには至らなかったのだが。


「…ほんとに、姉が迷惑をおかけして、申し訳ありませんでした……」

「え〜っ!?(さくら)だってこの人をビンタで吹き飛ばしてたでしょ〜!悪いのはわたしだけなの〜!?」

「元はといえば椿(つばき)姉さんがお客様にセクハラ紛いのことをしようとするのが悪いんですよ!?分かってるんですか!?」

「セクハラじゃないよ〜!服を脱いで御奉仕しようと思っただけだよ〜!」

「それを世間一般にはセクハラと言うんですっ!」

「でも〜!ご主人様に全てを捧げるのはメイドの役目だよ〜!」

「だからって体まで捧げないでくださいっ!…あと、今のわたしたちはメイドじゃなくて、コーヒー喫茶のウェイトレスなんですよ!?分かってるんですか!?」

「え〜」

「『え〜』じゃありませんっ!!」

「だーっ!もういい加減にしてくれ!!それと俺を忘れて勝手に喧嘩を始めるな!!」

 ひたすら黙ってこの二人の討論の行く末を見届けようと思ったが、完全に俺を放置して話を進めるものだから、堪忍袋の尾が、さっきの件も合わせて二倍三倍にもなって一気に爆発した。

 片方、椿という名前の方の姉ウェイトレスは、ビクッとなって体を縮こませ涙目になったが、もう片方、桜という名前の方の妹ウェイトレスは、一瞬怖じけづいた様に見えたが、すぐに気を持ち直し、睨み返してくる。

「もっ……元はと言えばっ!貴方が姉さんと服の脱がせ合いなんてしていたのが悪いのではありませんかっ!貴方が怒る理由なんて無いではありませんかっ!!」

 机をバンッとたたき付けながら前に乗り出して、椅子に座る俺に顔をズイと近づけながらわめき散らしてくる。

 見ればこの姉妹、相当の美人であったため、この様な状況でもなかったら、女性との関わりがほとんどなかった俺は、まず間違いなく顔を赤らめて目を反らしていただろう。

 …だが、今回ばかりは頭に血が上っていたせいか、全くそういったことに頭が働かず、俺も負けじと顔を近づけて威嚇していた。

「うるせぇ!!こちとら朝からコーヒー頭にぶっかけられてる上に一時間も放置されっぱなしで気がまいってるんだよ!見苦しいもの見せるんじゃねぇよ!」

 和也にブチ切れた時と同じぐらいに怒鳴り散らし、思っていたことを全て吐露してしまうと、その発言にカチンときたのか、向こうもさらに身を乗り出して突っ掛かってきた。

「たかが一時間ぐらい放置されたぐらいでなんですか!わたしなんていたずらで姉さんに倉庫に閉じ込められて、三週間も放置されたことがあるんですからっ!!」

「知らねぇし俺には関係ねぇ!赤の他人の俺に対してやってるから謝れっつってんだよっ!第一、お前まだ俺を殴ったこと謝ってねぇだろ!!」

「だって、わたしが謝る理由なんて無いじゃありませんかっ!!」

「実行犯が何を()かしてやがるんだよッ!」

 お互いに一歩も退かず、悪口の応酬が止むことなく続けられている。

 机を挟んで吠え続ける俺と妹ウェイトレスと、それを何もできずアワアワいいながら見ているだけの姉ウェイトレス。

…まるで、さっきの俺、和也、冴宮の図にそっくり…というか、登場人物を替えただけ。流れはそのまんまだ。

「だいたい何ですかっ――」

「うるさいな!お前がっ――」


 ――そしてこの闘争の終わりもまた、同じ少女の手、同じ手段によって、終焉を迎えたのであった。


「二人とももう止めてっ!!」

 姉ウェイトレスが、近くにあった青色のバケツを両手で抱え上げ、俺と妹ウェイトレスに向けて思い切り放り投げる。バッシャーンと大きな音をたて、ホコリの色に染まり濁りきった液体が、俺の顔面から膝にかけて全身に、満遍なく降り懸かる。

 それはもちろんもう一人も同様。白と茶色を基調とした制服は、見るも無惨に濁った水によってびしょびしょに濡れてしまった。

 俺の方は元から濡れていたため、あまり害はなかった(不快感はあったが)のだが、問題はもう一人・元々は濡れてなどいなかった妹ウェイトレスの方だ。

 パリッと乾いていた制服は濡れてよれよれになり、整っていた形も崩れてしまっている。

 だが問題はそこじゃない。服が濡れてしまってもっとも困るものといえば……そう。『透けてしまう』ことだ。

 それまでは割と大きめの服を着ていたため全く気付かなかったのだが、着太りするタイプなのか、ワイシャツ状の上着が肌に張り付いてシまっているせいで体のラインやくびれが、それはもうはっきりと分かるぐらいになっていた。

 それだけじゃない。白く薄いシャツの生地が濡れてしまったため…下着が透けて見えてしまっているのだ。

 胸元の淡い桃色の布きれがとても慎ましやかに、その巨大な胸を覆っている様子が、服が意味を成さなくなったせいで丸わかりになっている。

 流石に気恥ずかしくなってきたのと、ジロジロ見ていると誤解されかねないと思ったので、とりあえず視線の先は、その胸元から何もない天井へと移しておく。

 向こうも、そのことに気づいたのか、小さな悲鳴を上げ、胸を両手で覆い隠すようにし、俺を変なものを見るように睨みつけてきた。

「……見ましたね?」

「……見てない」

「嘘ですっ!顔が赤くなってますっ!」

「だから見てねぇって!!……たまたま…目に入った……だけだ」

「それを世間一般では『見た』と言うんですっ!!…見たんですね?チラリとでも見たんですね!?」

「…あーもーめんどくせぇな!!そうだよ!見ちまったよ!不可抗力だけどな!!どうだ!?これで満足したか!?」

「満足できるはずないじゃありませんかっ!!ちゃんと謝ってくださいっ!!貴方にはそれをする責任がありますっ!!」

「不可抗力だって言ってるだろ!!わざとじゃないんだから、謝る必要なんかねぇだろ!!」

「…じゃあ貴方は、不可抗力で人を殺しても、罪が無いと言えるんですか!?」

「それとこれとは話が違うだろ!!」

「いいえ!!違いません!!」

「違うっつーの!!」

「違いませんっ!!」

 バケツの水を被ったところで俺とこいつのケンカは留まることを知らず…というか、今度は別のことが原因で別のケンカが勃発してしまった。


 ――そして、それを引き起こした当の本人はというと――

「二人とも〜!もう止めて――」

「「元はと言えば「お前」「姉さん」のせい「だろうが」「でしょう」ッ!!!」

「う…はい……ごめんなさい……」

 全ての元凶と言うことで、俺達二人にこってり絞られたのであった。




――――――――――――




 姉ウェイトレス・岸川(きしかわ) 椿を、妹ウェイトレス・岸川 桜との二人で説教した後は、何故か俺と桜との間に妙な友情(?)が芽生えていた。

 お互いに苦労する兄や姉がいると言うことで、『自分がしっかりしないといけない』という共通の感覚を持っていたらしく、お互いの苦労話に共感するばかりであったのが、一番の理由だったのだろう。さっきまでの殺伐とした空気は既に跡形も無く消え去っていた。


 ――俺の兄・神谷 久遠(くおん)は、俺の二歳年上の兄であり、現在人気急上昇中の男優であり、俺の一番嫌いな人物だ。

 血の繋がった兄弟のクセに、俺とは正反対の性格・性質であり、勉強は苦手、社交的で友達が多い、部屋は綺麗なくせに家事はできない、球技が苦手な俺とは逆に球技が大得意だったなど、特技や趣味さえも正反対の、似ても似つかない兄貴だ。…唯一似ているところといえば…『喧嘩が強い』こと、ぐらいだったか……。

 …とにかく、そのクソ兄貴が日常的にやらかしてきためんどくさい出来事の話が、桜がいつも患っている椿に対する苦労と重なったのか、同じ『苦労する弟や妹』と言う立場として、無事和解ができたということだ。

 …どうしてこういう流れになってしまったのかは思い出せないが、まぁ、珍しくクソ兄貴の存在が役に立ったということだけは、間違いなさそうだ。


「――あの〜…ところでわたしは……いつまで正座してれば――」

「反省するまでずっとしてろ」

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