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迅殺者(ザッパー)  作者: 藤巻 彩斗
第一部・導入編
1/19

0章・出会いと始まり

 ザァァァ……―――

 ひたすら地面に降り注ぐ雨が、耳元で鳴り止まない音を発し続ける。

 コンクリートに当たった雨粒は弾けて消えてしまうものの、その雫は堆積し水溜まりを成してゆく。

 パッ、と辺りが急に明るくなり、その直後に雨音をも打ち消すような爆音が響く。遠くで雷まで鳴っているらしい。


 ――そんな激しい雨風に打たれ、俺の体は冷え切ってしまっていた。

 休む暇もなく降り注ぐ雨が俺の服に吸い込まれ、地面に広がるモノと溶け合って、濁った染みを残す。

 ……だが、服に付いた染みは土の茶色をしているわけではなかった。


 ――燃えるような深紅、血の赤色に染まっていた――


 俺の腹部から溢れんばかりに流れ出るソレは、雨水によって熔けだし、量を増してさらに大きな血溜まりを作る。

 その血液に含まれたほのかな熱まで流れ出ているようで、血を失えば失うほど俺の体温も目に見えて低くなっているように感じられた。


 ――寒い――


 傷の深さは恐らく、内蔵まで届いているのだろうか。もしかしたら、食道の一部がはみ出てるかもしれない。

 傷が大きすぎる上に、雨に血がどんどん流されて行くためか、出血が収まる気配がない。

 血を失いすぎた。そのせいか、既に痛みではなく、体の異常な寒さしか感じなくなっていた。 助けを呼ばないと……だが、それも無駄だろう。

 意識が朦朧として、既に体を動かすこともままならない。

 それに、ここは表の道からは見えにくい路地裏の奥だ。仮に声を出せたとしても、そもそも一般人はこんな所を通ったりしない。だから、こんな所で人が死にかけていても気付かない人間が大半だろう。


 ……どのみち、俺は助からないだろう。……いや………。


 ――俺なんて、助かったって仕方がないだろう―――


 周りから見捨てられ、唯一信頼できるはずの家族にも見捨てられ、もう頼るものなど存在しない俺など……。

 周囲からの縁を断ち、一人で生きることを決めた俺など……。 ――世界が、俺を生かす気が無いなら…もう…いっそ……。


「――君は…、こんなところで終わっても…いいのか?」

 不意に俺の頭上で響いた声。

 雨が鳴り響き、人の雑踏の音すら掻き消される中で一際よく響き、尚且つ圧倒的な存在感を持つ、凛として清楚な、女性の声だ。


 突然、俺の体に降り注いでいた雨が止んだ。


 ――いや、違う。俺の頭上に傘がさされたのだ。

 傘に当たった雨がさらに大きな音をたてる。端から滴り落ちた大粒の雨もまた、地面に当たり大きな音をたてる。


 ――だが、そんな音など耳に入らないほどに、傘を差した彼女の声は、大きな存在感を放っていた。

「――もう一度聞こう。……君は、こんなところで終わるつもりか?」

 …周りの音は、もう何も聞こえない。

 ただ、彼女の壮麗な声が聞こえるだけ。

 ただ、夕闇よりもさらに濃い黒の、彼女の姿が見えるだけ。


 ――ただ、彼女の強い意思が言葉に乗って伝わってくるだけ――


「――少年よ。君はまだ生きたいか?」


 美しくも猛々しく、凛々しくも優雅なる言葉。

 ついさっきまで生きることに絶望していた俺の心は、いつしか彼女の言葉に惹かれていた。

 死に捕われていた俺の体が、まだ死ねない、と鼓動を高めているのが分かった。


 ――彼女が誰なのかは知らない。既に視界もぼやけてしまっていて、その顔も見えない。 ――だが、その言葉の強さに惹かれていた、その声の強さに見とれていた。


 ――俺は…、こんなところで――


「――……死に……たく……な………い……」


 再び、体中に血が巡る。四肢が熱を帯びていく。

 体中の血を失い、既に気を失ってもおかしくは無いほどに弱っていた俺の体は、まだ生きることを諦めずに、死に抗おうとしていた。


 ……そうだ。まだ、俺は――


「――……生き……たいッ……!!」


 ――君の顔も知らない。君のコトも何も知らない。だから……


 ――死ねないんだ。まだ――


「――そうか。ならば与えよう、君に――」 少女は傘を捨て、ずぶ濡れになりながらしゃがみ込む。

 穴の空いた俺の腹に手を置き、そっと手をかざし、顔と顔とを近付ける。


 彼女の白い指が、俺の肌に触れてくる。

 温かいはずのその指は冷たく、今の熱を帯びた俺の体とは対照的だった。


 ――そして、彼女は言い放った。

「――……生きるための力を与えよう。……そう……」




「――『吸血鬼(ヴァンパイア)』の、力をな……――」




――――――――――――



 彼女の最後の言葉を聞いた以降の記憶は、今の俺には残っていない。

 次に目を覚ました時、俺は自宅のベッドの上で寝転んでいた。 あの夜の記憶も、一週間たった今でははっきりとは思い出せず、靄がかかったようになっていた。


 ――だが、一つだけ確かな事実があった。


 ……俺の腹に残った巨大な傷痕。…そして、俺の元に届いた一通の黒い封筒に入った手紙。

 この二つが示す、小さな、けどとても大きな事実。……それは……――




 ――俺の日常は、今まで通りに平穏ではいてくれないってことだ。

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