婚約者が一年に一回しか会えない
1週間遅れの七夕
私の婚約者とは一年に一回しか会えない。
それは一目惚れだった。あるパーティーで初めて顔を合わせたアンネリーゼ・フェストリム公爵令嬢、まだ幼いながらも気品ある優雅な立ち振る舞い。それでいながら時折り見せる年頃の少女らしいかわいらしい笑顔。そのすべてに私は心を奪われていた。
すぐに婚約の打診を送り、何度もアプローチを続けた。それが実を結んだのか、ついに婚約まで取り付けることができた。
だが、1つだけ問題があった。それは───
私には婚約者がいる。
昔のパーティーで初めて目にし、目が離せなかった。ミクロートス公爵家の一人息子であるホルプス様。それ以前から家同士の交流はあり、ゆくゆくはそのようにという話があったそうで、実際にこの後婚約の打診を頂いたそうだけれど…。
きっと、ホルプス様は家の意向に従っているだけで、私のことはなんとも…。一度しかお話もできなかったのだし。ずっと一緒にいたいという想いはあるけれど、ご迷惑をかけるわけにはいかないわ。それでも、できれば彼にも私に惚れてほしいというのは我儘なのかしら。これは、少し前に読んだ物語の中であったことなのだけど、しばらく会っていなかった婚約者に久しぶりに会った男がその姿に心を奪われていくというものがあった。これだ!と直感したわ。
だから──
「「一年に一回だけ会うようにして心を奪って見せるわ!」」
結局15歳となるまで一年に一回しか会えない状況は変わっていなかったのだが、私とアンネリーゼは共に学園へと通うこととなった。貴族平民問わずこの国では15歳から3年間学園へ通うことができる。自由とはされているが、一部の例外の貴族を除き、貴族の子はほとんど強制と言っても間違いはない。殿下も同年代であることから、今年は平民の志望者も多かったようだ。
学ぶ内容が全く違うため男女でクラス分けがされており、建物も別。距離は格段に近くなったものの、相変わらず会えない日々が続いていた、のだが…。
最近、殿下の周りがやけに騒がしい。どうやら平民の女が関わっているそうだが、少しするとその女は私の近くもかぎまわるようになっていった。『なんで王子の側近じゃないの!?』などとわけの分からないことを言っていたけど、私の知るところではないな。
確かに側近となる道もあったのだろうが、アンネリーゼのためにも、私はより様々なことを学ばなければいけない。殿下には申し訳ないとは思うし『お前が一番欲しかったのだがな⋯』とのお言葉も頂いたが、既に心に決めたことだ。
ただ、せめてもう少し会えたらと願うのは私の我儘なのだろうか?
私も15歳となり、学園へ入学することになった。入学して友人ができたことで初めて知ったのだけど、普通の婚約者は私たちのような関係ではなく、お会いする程度は普通のことらしいわ。誰もそんなこと教えてはくださらなかったのに。まさか、ホルプス様も…。でも、今さらどんな顔して会ったらいいのか分からないわ…。
──そんな時に、あの方が現れたのよ。
フローリア・ミルキーは聖女だ。誰にでも優しく、その力と姿で人々を魅了する。そんな存在だった⋯のだが。
「きゃー!もしかしなくてもヒロインじゃないの!?」
当代の聖女も転生者であった。といっても、この世界ではあまり珍しいことではなく、転生者かどうかは定かではないものの、過去の聖女もなんらかの特殊な記憶を持っていたらしい。それ故に、特に問題は⋯
「このゲームってハーレムルートあったよね⋯やっぱりそれを目指すのが乙女ゲームの醍醐味ってものでしょ!」
その転生者が、必ず良い人格の持ち主とは限らないことだ。今までの聖女たちが皆善良な性格であるからか、この世界の住人たちは聖女を善なる者と勘違いしている節があるが、まあそれも無理からぬことだろう。それが今までの常識なのだから。
私がホルプス様への対応に悩んでいた頃に、彼女が現れたのです。
「あんたがホルプス様を変えた悪役令嬢でしょう!?シナリオから外れて断罪されないようにしたってそうはさせないわよ!!シナリオ通りに破滅してもらわないと困るんだから!」
シナリオ?悪役令嬢?彼女はなにを言っているのかしら…?
「あの、なにが言いたいのか分からないのですけど…」
「ふん、とぼけたって無駄だからね!どうせあんたも転生者なんでしょう?シナリオから逃げるなんて許さないから!!」
そう言って、彼女…聖女フローリア・ミルキー様は去っていった。
「つまり、どういうことですの?」
正直に言うと、まったく彼女の言うことが分からなかったわ。聖女には今世とは異なる記憶を持つことが多いというのはよく伝わっている話だけど、だとしても少し…謎が深まりますね。
その翌日から、異変は始まりました。
「あら⋯?」
廊下を歩いていると行く手を阻むかのようにフローリア様が現れます。なにかまたお話があるのかと思い立ち止まってみますけど彼女はただ黙ったまま。
特に用事もないのでしたらと横を通り過ぎようとしたその時に、
「きゃあ!!!」
ひどく大げさに、まるで私に足を引っかけられたかのように転んでみせました。
他にも、私の目の前で急に痛がっては被害者のような顔を浮かべたり、私を狙った嫌がらせ?は続いて行く。
不思議なのは、皆が見ている中なのに本当に私がなにかしたかのような反応を見ている皆がすること。ほかの方たちは知らないけれど、私の友人たちまで私を責めるかのような物言いをするのはおかしくないかしら?
そんな日々が続いて、少しずつ疲れも溜まってきたような気がする。最近、あまり眠れていないもの。
今日は…階段にいる?なにをしようとしているのかしら。でも、階段を降りないと移動ができないし…
意を決して向かっていくことに決め、一歩踏み出す。その行動に彼女は笑い、そしてひらりと階段の下へ身を投げ出した。
なにをして…
「あっ」
ここ最近の寝不足が祟ったのか、突然の彼女の投身に動揺したのか、階段で足を踏み外した。
ダメ、落ち──
「アンネリーゼの様子がおかしい?」
友人からそんな話を聞いた。彼の婚約者による情報らしいが、どうやらあの聖女様に対して虐めをしているとかなんとか。
そんな人じゃない…と言いたかったけど、今の私には何も言えなかった。でも、これはチャンスなのではないか?1年ごとしか会えないこの現状を変えたい。そのためなら…言い訳でしかないことはわかってるが、調査のためだと言い張ろう。そう考えて、私はアンネリーゼの下へ向かった。
私、もうダメかも…
「きゃっ!」
なにかに包まれているかのような感覚、たしかに私は階段から落ちたと思っていたのだけど一体なに…が…
「大丈夫か?アンネリーゼ」
「ホ、ホルプス様⋯?なぜ、ここに⋯」
って、この姿勢は!!お姫様抱っこされてます!こ、ここ公衆の場ですよ!??あわわわ⋯恥ずかしい⋯。
「ここ最近、学園を騒がせている件について調査しに来てな。そうしたらアンネリーゼが階段から落ちる場を見てしまって、いてもたってもいられなくなった」
その言葉に、2つの意味でドキッとした。まさか⋯
「しかし、これだけ人が集まっているとはどう──」
「ホルプス様〜〜!!!私そこのアンネリーゼ様に階段から落とされたんです〜!ひどくないですか?助けてください〜!」
「いや、私はただ⋯」
言葉が続かなかった。ふと見上げると、ホルプス様が物凄く苦いお顔つきをされていたから。
「⋯なる、ほど。これは⋯悪辣だ」
「ホルプス様⋯?」
「アンネリーゼ、ここを出るぞ」
「あっ、え?はい⋯」
ホルプス様は、少し急ぎ足で私を抱えたまま外へと出ていく。
その後ろで
「は!?私が言ってるでしょ?聖女なのよ!?なんで何も言わずに行くのよ!!」
と言っているのが聞こえた、気がした。
彼女に追いつかれないようにするためかは分かりませんけど、きっとホルプス様が用意していたのであろう馬車に乗り込んだところで、ホルプス様はようやく口を開きました。
「あれは、媚薬の一種で禁制品だ。好意的、なんてものじゃないくらい思考を歪めることができる。洗脳レベルだから、国を上げて禁じているんだ。なぜ、聖女があれを持っている…」
「禁制品…彼女は、なにをしたかったのでしょう?」
「さあ、な。だが、それよりも…アンネリーゼ、君とこうして話したかった。1年という期間はあまりにも長い」
私の髪を撫でながら、そう言った。
「いっ、いえ、その…私が悪いのです。あの、物語に影響されて…後に引けなくなってしまって…わ、私も…もっとお話を、したいで──」
「アンネリーゼ!」
「あっ、あの!?」
言い切る前に、ホルプス様は私に抱きついて…頭が追いつきませんわ!?
「アンネリーゼ、今からでも遅くはないさ。これから取り戻していけばいい。たくさん思い出を作っていけばいいさ」
「…はい!」
私は今日この日、初めて本当の意味で婚約者となれたような気がしたのでした。
そういう意味では、フローリア様には感謝しなければなりませんね。まあ、彼女は禁制品使用以外にも様々な罪を重ねて幽閉されているそうですが。
今の私には、もう関係のないことです!
聖女のその後
力だけは本物なため、他国に出すわけにはいかないことから生涯幽閉され牢獄から力を使うことになりました。
多忙によりほぼ全ての更新が止まっており、すみません。大変お待たせいたしました。今回の話も七夕用に書き始めたのですが、1週間も遅れてしまいました。
少し余裕が出てきたため、今のうちに色々書いていく所存ですのでこれからもよろしくお願いします!




