便箋
相変わらず色々売っている。いつものメイク用品のコーナーを通り過ぎて、文房具のコーナーへ向かう。ここはペン、違う。ここはノート、違う。ここはメモ帳、違う。あった。便箋。メモ帳の隣で売ってたんだ。通い慣れた店の配置を全ては知らない。もうしばらく手紙なんて書いていなかったし、普段文房具コーナーに来ても意識の中に入ってこなかった。
そう、しばらく、書いてなかった。でも、書く必要ができた。人によって手紙を書くときは様々だと思う。普段から書く人もいれば、全く書くタイミングが無い人もいるだろう。私の場合は、別れのときに書くことが多い。引越したとき、卒業したとき、死別したとき、移動したとき。寂しさもあるけれど、書くことでひとつの区切りになる。
大切な思いを込める、大切な手紙。なのに、便箋は百均で買う。百均よりも文房具店や雑貨店の方が質が良さそうな気がする。でも、手紙を書くタイミングなんて殆ど無いからと、安上がりに済ませてしまおうとしている。相手だって気にするのは内容で、書かれている紙なんて気にしないだろう、と、自分に言い訳をする。
様々な種類の便箋が並んでいる。アナログな方法よりも早く遠くに文章を届けられるように発展したこのデジタル社会で、こんなに必要なんだろうか。いや、私みたいに、百均で便箋を買おうとする人は多いのかも知れない。百均は結構どこにでもあるし、思い立ったときに買い求めやすい。書く必要ができた、そのときに。
どれを買おうか。私らしさ、相手らしさ。そのバランスを考える。手紙を見て私の雰囲気を思い出してくれたら嬉しい。でも、あまりに可愛らしすぎるのは、あの人への手紙には似合わない。書かれている紙なんて気にしない、なんて考えた頭で、書かれている紙から自分を感じて欲しいだなんて矛盾したことを考える。
この便箋を買って、家に帰って手紙を書いて。次に会うときには渡さなくてはいけない。次の次は、もう無い。もう、無いんだよな。この心を、この寂しさを、これっぽっちの小さくて薄っぺらい紙にのせられるのだろうか。まだ、自分が本当に寂しさを感じているのかもわからない。涙は出ない。次のときに出るのだろうか。私は貴方との別れを悲しむことができているのだろうか。まだ鈍い心で、それでも悲しんでいるような気がする。貴方は悲しんでくれているだろうか。便箋は8枚入り。きっと、次が終わって、会えなくなってから、貴方に最後の手紙を書く。




