第8話「王宮からの使者は震える」
ベルムの町に、不釣り合いなほど派手なファンファーレが響き渡ったのは、太陽が南中を過ぎた頃だった。
埃っぽい街道を、数騎の騎馬に護衛された豪華な馬車が、傲慢な音を立てて進んでくる。
馬車の側面には、俺が二度と見たくないと思っていた、あの王家の紋章が刻まれていた。
人々が遠巻きに眺める中、馬車は真っ直ぐに「木漏れ日亭」の前で止まった。
重厚な扉が開き、そこから降りてきたのは、磨き上げられた鎧に身を包んだ一人の騎士だった。
その顔には見覚えがある。
かつて王宮の謁見の間で、俺を「ハズレ枠」と嘲笑っていた騎士の一人だ。
彼は不快そうに鼻を鳴らし、食堂の看板を見上げた後、周囲の空気を汚すものでも見るかのような足取りで店内に入ってきた。
店内にいた数人の客が、その威圧感に気圧されてそそくさと店を出ていく。
サリアが緊張で身体を強張らせ、カウンターの奥で俺の袖をぎゅっと掴んだ。
「おい、ここにサトウという男がいると聞いた。王宮より特使として参った、カエルム卿である。控えよ」
騎士は尊大な態度で、鞘に収まったままの剣を机に叩きつけた。
金属と木材がぶつかる鈍い音が店内に響き、サリアの肩が小さく跳ねる。
俺は帳簿から顔を上げ、ゆっくりと椅子から立ち上がった。
アイロンの効いたスーツの襟を正し、事務的な、それでいて冷徹な微笑を浮かべる。
「いらっしゃいませ。当店は事前予約制となっておりますが……あいにく、王宮からの予約は承っておりませんね」
「貴様……! そのふざけた格好、やはりあの時の無能か。王の慈悲で生かしておいてやったものを、このような辺境でコソコソと商売ごっこをしていたとはな」
カエルムと呼ばれた男は、俺の落ち着き払った態度が気に入らないのか、顔を真っ赤にして叫んだ。
彼の呼吸からは、長旅の疲れと、予定通りに進まない戦況への苛立ちが混ざった、酸っぱい匂いが漂ってくる。
「単刀直入に言う。貴様がこの辺境で食糧を独占しているという報告があった。魔王軍への遠征のため、それら全てを王軍に供出せよ。これは王命である」
彼は懐から、派手な封蝋がされた書状を取り出し、俺の目の前に放り出した。
書状には、無理難題とも言える物資のリストが並んでいる。
小麦、塩、干し肉、さらには輸送用の馬車まで。
すべてを奪い取り、対価も払わないという略奪に近い内容だった。
俺は書状に視線を落とすことすらなく、静かに口を開いた。
「お断りします。私は現在、商業ギルド、およびこの地域の自治領主と正規の供給契約を締結しています。契約には『不測の事態における供給の優先順位』が明記されており、王宮への無償供出はその条項に反します」
「何だと……? 貴様、王宮に逆らうというのか! 剣の錆になりたいのか!」
カエルムが逆上し、柄に手をかけた。
その刹那、テーブルの下で眠っていた「巨大な影」が、音もなく立ち上がった。
フェリルが、その巨躯を騎士の目の前に晒す。
サイズを抑えているとはいえ、その威圧感は王宮のどんな魔獣よりも遥かに重い。
銀色の毛が逆立ち、金色の双眸が騎士の喉元を正確に射抜いた。
『グルゥ……』
地を這うような低音が店内の空気を振動させ、カエルムの足がガタガタと震え始めた。
彼の顔から血の気が引き、突き出した剣の手元が激しく揺れる。
「ひっ……この、怪物は……何だ……」
「彼は私の大事なビジネスパートナーです。無礼な振る舞いは控えていただきたい。それにカエルム卿、物流の乱れは戦場の敗北よりも早く国を滅ぼしますよ」
俺はカウンターを回り込み、震える騎士の至近距離まで歩み寄った。
「王宮に伝えてください。物資が必要なら、適切な価格を支払い、正式な商談の場を設けるようにと。もっとも、ハズレ枠の私を追い出した陛下に、そのプライドがあればの話ですが」
俺の声は、氷のように冷たく、それでいてどこか楽しげでもあった。
カエルムは言葉も返せず、フェリルの威圧に追い立てられるようにして、転がるように店を飛び出していった。
外から馬車の走り去る、慌ただしい音が聞こえてくる。
サリアがようやく深い息を吐き、膝から崩れ落ちそうになったのを、俺は慌てて支えた。
「……ケンイチさん、本当に大丈夫なんですか? 王宮を敵に回して……」
「敵に回すんじゃない、サリア。こちらが優位な立場であることを教えただけだ。これからは、彼らの方が俺たちに縋ってくることになる」
俺はフェリルのふかふかな頭を撫でた。
王宮が傲慢さを捨てきれない間に、俺の支配域はさらに広がっていく。
次は、この圧倒的な輸送力を世界に見せつける番だ。




