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ハズレ枠『アイテムボックス』で異世界商売無双!〜追放された元社畜は、もふもふ銀狼と絶品グルメで経済を掌握する〜  作者: 黒崎隼人


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第5話「物流の革命児はスーツを着る」

 露店を始めてから一週間が経過した。

 

 俺の売る「魔法の干し肉」は、ベルムの町で知らない者がいないほどの人気商品となっていた。

 

 毎日、朝露が消える前には用意した在庫が全て売り切れてしまう。

 

 手元の革袋は、最初にもらった数枚の銀貨から、ずっしりとした重みを感じるほどの金貨と銀貨の束へと変わっていた。

 

 俺は宿屋の一室で、手入れの行き届いたビジネススーツに袖を通した。

 

 鏡に映る自分は、この世界の住人から見れば奇妙極まりない姿だろう。

 

 しかし、俺にとってこのスーツは、かつての戦場で身につけていた「鎧」であり、誇りだった。

 

 シワ一つないシャツの襟を正し、ネクタイを正確なディンプルを作って締め上げる。

 

 鏡の中の瞳には、王宮で無能と蔑まれていた男の影はもうなかった。

 

「よし、準備完了だ。行こうか、フェリル」

 

 ベッドの脇で丸まっていたフェリルが、しなやかな動作で立ち上がる。

 

 今日から俺は、単なる露店商を卒業する。

 

 この町の経済を支えるギルドや有力者たちと、対等なビジネスパートナーとしての交渉を開始するつもりだった。

 

 宿を出て大通りを歩くと、道ゆく人々が俺の姿を見て道を空ける。

 

 それは恐怖からではなく、正体不明の、しかし確かな力を持つ者に対する敬意に近い反応だった。

 

 俺が目指したのは、町の中央に位置する「商業ギルド」の支部だった。

 

 石造りの頑強な建物の中に入ると、羊皮紙の擦れる音や、商人たちの低い相談事の声が混ざり合って聞こえてくる。

 

 受付の女性は、俺の異様な服装に一瞬だけ怯んだが、すぐに職業的な微笑を浮かべた。

 

「いらっしゃいませ。ギルドへの登録、それとも査定のご依頼でしょうか?」

 

「いえ、支部長に面会をお願いしたい。この町の物流を、劇的に効率化させる提案を持ってきました」

 

 俺が穏やかに、しかし断定的な口調で告げると、女性は困惑したように上司の顔を伺った。

 

 当然だろう。

 一介の旅の商人が、いきなり支部長に会えるはずがない。

 

 しかし、俺はあらかじめ、アイテムボックスから一つの「サンプル」を取り出しておいた。

 

 それは、この町の特産品である「傷みやすい果実」を、ボックス内の時間停止機能で完璧に保存したものだ。

 

「これを支部長に見せてください。収穫から三日経った後の状態を」

 

 差し出された果実は、まるで今さっき枝からもぎ取られたかのように瑞々しく、表面には産毛さえ残っていた。

 

 女性がそれを持って奥へと消えてから、五分も経たないうちに、俺は支部長室へと通された。

 

 部屋の主は、白髪の混じった厳格そうな老人だった。

 

 彼は机の上に置かれた果実を、まるで魔法道具でも見るかのような目で見つめている。

 

「……サトウ、と言ったか。この果実、魔法保存の魔導具を使ったわけではなさそうだが?」

 

「私の固有スキルによるものです。しかし、重要なのは手段ではなく、結果です。支部長、この町から王都まで、この果実を運ぶのにどれだけの損失が出ていますか?」

 

 俺は持参したメモ帳を取り出し、この一週間で調査した数値を並べ立てた。

 

 馬車での移動時間、魔物の襲撃リスク、そして何より「鮮度の劣化」による廃棄率。

 

 俺が提示した正確な損失額の試算に、支部長の顔から余裕が消えていった。

 

「なぜ、お前が我がギルドの内部機密に近い数字を……」

 

「物流の流れを見れば、数字は自ずと浮かび上がってきます。私の提案はシンプルです。私が中継地点を担うことで、廃棄率をゼロにします。その代わり、この町での独占的な仕入れ権と、倉庫の使用許可をいただきたい」

 

 俺は淀みなく言葉を紡いでいく。

 

 相手の不利益を突くのではなく、共同で利益を最大化させる「Win-Win」の構図。

 

 かつての商社時代に嫌というほど繰り返した交渉の形だ。

 

 支部長は、俺の後ろに控えるフェリルの存在を意識しながら、何度も顎を撫でていた。

 

 フェリルがわざとらしく、低い唸り声を一つだけ漏らす。

 

 その重低音は支部長室の空気を振動させ、老商人の決断を後押しした。

 

「……よかろう。だが、もし嘘があれば、この町でお前の居場所はなくなるぞ」

 

「嘘はつきません。それはビジネスにおいて、最もコストの高い行為ですから」

 

 俺は立ち上がり、右手を差し出した。

 

 老人は少し戸惑いながらも、その手を握り返した。

 

 固い握手の感触。

 

 それは、俺がこの世界の経済構造に楔を打ち込んだ瞬間だった。

 

 ギルドを出ると、太陽は天高く昇っていた。

 

 光を反射するスーツの表面が、熱を帯びてじんわりと肌を焼く。

 

 俺は大きく息を吸い込み、フェリルの柔らかい耳を軽く撫でた。

 

「次は、拠点の確保だな」

 

 成り上がりの階段は、まだ一段目を登り始めたばかりだ。

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