第12話「最後の契約と新しい地図」
王宮との契約を終えてから数週間後。
俺はベルムの町を見下ろす丘の上に立っていた。
眼下に広がる町は、かつてのひなびた辺境の姿を留めていなかった。
新しく整備された石畳の街道には、各地から集まった商隊の馬車が列をなし、活気あふれる掛け声が風に乗ってここまで聞こえてくる。
サトウ商会の本拠地となった「木漏れ日亭」は、今や大陸全土の物流を司る巨大な拠点の中心となっていた。
「ケンイチさん、次の視察の準備が整いました。……何を、見ていらっしゃるんですか?」
背後から、凛としたサリアの声が聞こえた。
振り返ると、彼女は以前の給仕服ではなく、上質な生地で仕立てられた秘書用のドレスを身に纏い、柔らかな笑みを浮かべていた。
彼女の手に持たれたバインダーには、各地の支店からの報告書がぎっしりと綴じられている。
「いや、少し昔のことを思い出していただけだ。……あの時は、この銀貨数枚から始まったんだよな」
俺がポケットから、王宮から放り出された時に握らされていた古い革袋を取り出すと、サリアはくすくすと楽しそうに笑った。
「今のケンイチさんが持っているものは、銀貨だけじゃありません。この町の、およびこの国の信頼そのものです」
彼女の言葉は、心地よい温かさを持って俺の胸に染み渡った。
俺はこの数週間で、単なる独占ではなく、相互扶助をベースにした新しい経済圏を構築した。
魔王軍の脅威は、俺が提供した兵站と、最新の防具によって撃退された。
皮肉なことに、勇者が倒せなかった魔王を、商人の供給能力が追い払ったのだ。
もはや、この世界に俺を縛るものはない。
「フェリル、お前はどう思う? 次はどこに行こうか」
足元にいたフェリルが、顔を上げて空を仰いだ。
その金色の瞳には、大陸のさらに先にある未知の領域が映っているようだった。
俺はアイテムボックスを起動し、その中に広がる「新しい地図」を確認した。
物流網をさらに広げ、世界中の特産品を繋ぎ、誰もが飢えることのない世界を作る。
それは、現代社会でシステムの一部として磨り潰されていた俺が、ようやく見つけた「自分のための仕事」だった。
「サリア、君も来てくれるか? 世界の果てまで、おいしいものを探しに」
俺が右手を差し出すと、サリアは少しだけ驚いたような顔をして、すぐに弾けるような笑顔でその手を握った。
「もちろんです。私の特製サンドイッチ、まだ世界の半分の人しか食べていませんもの」
彼女の力強い答えに、俺は思わず声を上げて笑った。
丘を吹き抜ける風が、二人の髪を優しく揺らす。
太陽の光が降り注ぎ、新緑に彩られた大地を黄金色に染め上げていた。
俺たちは歩き出した。
背後にある栄光も、過去の怨恨も、すべてを心地よい余韻として残したまま。
これから始まるのは、誰にも邪魔されない、俺たちだけの自由で贅沢な旅の続きだ。
もふもふの温もりと、最高の料理、および信頼できる仲間と共に。
俺の新しい「在庫管理」は、ここからまた新章へと突入する。




