第11話「陥落する王宮のプライド」
王都、中央王宮の謁見の間。
かつて俺を追い出したその場所は、今や墓場のような静寂に包まれていた。
高い天井から下がるシャンデリアの輝きは鈍り、空気には掃除の行き届かない埃の匂いが混ざっている。
玉座に座るアルベルト国王の姿は、わずか数ヶ月前とは比較にならないほど老け込んでいた。
彼の目の前には、各地の領主やギルドから送られてきた山のような抗議文と、絶望的な数字が記された報告書が積み上がっている。
「……バカな。なぜ、我が国の蔵が空なのだ。徴収した税はどこへ消えた」
国王の震える声に、傍らに立つ大臣たちが一斉に目を逸らした。
答えは明白だった。
度重なる無謀な遠征による軍事費の膨張、および何より、国内の物流が完全に「サトウ商会」に掌握されたことによる経済の麻痺。
俺を追放したことで、王国は自らの毛細血管を自ら切り裂いたに等しかった。
「陛下……すでに、サトウ殿の許可なくしては、王都に一粒の小麦も入らぬ状態でございます。商業ギルドも、冒険者ギルドも、すべて彼の資金力と物資調達能力にひざまずいております」
一人の老臣が、消え入るような声で事実を告げた。
その時、広間の扉が重々しい音を立てて開いた。
金属と石が擦れる音が反響し、全員の視線が入り口へと集中する。
そこに入ってきたのは、漆黒のスーツを隙なく着こなした俺と、その横を悠然と歩く巨大な銀色の狼、フェリルだった。
フェリルが地面を踏みしめるたびに、大理石の床が微かに震える。
かつて俺を罵った騎士たちが、恐怖で腰の剣を掴むことすらできずに道を空ける。
俺は玉座の前まで進み出ると、儀礼的な、しかし心のこもっていない一礼をした。
「お久しぶりです、陛下。以前、路銀としていただいた銀貨の分は、すでに十分な利息をつけてお返ししたつもりですが」
俺の皮肉めいた言葉に、国王は屈辱に唇を噛み締めた。
だが、彼は怒声を浴びせる代わりに、力なく肩を落とした。
「サトウ……いや、サトウ殿。貴殿の要求は何か。金か? 地位か? それとも、この玉座か?」
「私が求めているのは、そんな安いものではありません。私が提案するのは、この国の『経済主権』の譲渡です」
俺はアイテムボックスから、一巻の羊皮紙を取り出した。
それは、王家が今後、物流や市場への一切の干渉を放棄し、サトウ商会に全ての通商権を委ねるという契約書だった。
事実上の、経済的な無血開城である。
「これにサインをいただければ、今日中に王都の市場へ山積みの食糧を供給しましょう。国民が飢え死にするのを待つのも、一つの手ですが」
俺の言葉は、氷のような冷たさで国王を追い詰めていく。
窓の外からは、飢えに耐えかねた民衆の怒号が、遠雷のように響いてきていた。
国王は震える手でペンを取り、しばらくの間、空虚な空間を見つめていた。
彼の脳裏には、おそらく栄華を極めた頃の自分たちの姿が浮かんでいたのだろう。
だが、現実という刃は、彼のプライドを無慈悲に切り裂いた。
サラサラという音が、静かな広間に響く。
王家の紋章の隣に、国王の署名が記された。
その瞬間、この国の歴史において、王という存在はただの飾りに成り下がった。
「……これで満足か、商人」
「満足ではありません。これは、ただの『公正な取引』ですから」
俺は契約書を回収し、それをアイテムボックスへと大切に収納した。
振り返ると、柱の影でガタガタと震えている高城の姿が見えた。
彼は戦場からやっとのことで逃げ帰り、今や王宮の居候同然の扱いを受けているという。
俺と彼の目が一瞬だけ合ったが、俺はすぐに興味を失って視線を逸らした。
かつて自分を苦しめた相手が、もはや視界に入れる必要もないほど小さな存在に思える。
それが、本当の「ざまぁ」なのだと確信した。
俺はフェリルの首筋を軽く叩き、出口へと歩き出した。
背後で王宮のプライドが崩れ落ちる音がしたような気がしたが、俺の意識はすでに、これから築き上げる新しい世界の地図へと向かっていた。




