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ハズレ枠『アイテムボックス』で異世界商売無双!〜追放された元社畜は、もふもふ銀狼と絶品グルメで経済を掌握する〜  作者: 黒崎隼人


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第10話「勇者の凋落と商人の凱旋」

 アルム砦の広場に立ち込めていたのは、重苦しい死の予感と、鉄錆の混じった砂埃の匂いだった。

 

 崩れかけた石壁の隙間からは、絶え間なく冷たい北風が吹き込み、負傷して横たわる兵士たちの体温を容赦なく奪い去っていく。

 

 彼らの瞳には、もはや戦う意志の残り火すら見えず、ただ明日という日が来ないことを祈るような、深い絶望の色彩だけが沈殿していた。

 

 そんな静止した地獄のような空間に、突如として異質な「生」の奔流が流れ込んだ。

 

 俺がアイテムボックスから取り出したのは、数十個の巨大な鋳物の鍋だった。

 

 その蓋をずらした瞬間、凝縮されていた蒸気が一気に爆発し、広場全体を黄金色の輝きと芳醇な香りで満たした。

 

 それは、醤油と砂糖、そして数種類の香辛料が織りなす、この世界の住人が一生かかっても出会えないほど濃密な「救いの香り」だった。

 

「煮込み料理だ。温かいうちに食べてくれ」

 

 俺の声は、凍りついていた広場の空気を、静かに、しかし確実に溶かしていった。

 

 兵士たちは最初、何が起きたのか理解できずに呆然としていた。

 

 だが、鼻腔をくすぐる肉の脂の甘い匂いに、本能が呼び覚まされたのだろう。

 

 一人、また一人と、震える足を動かして鍋の周りへと集まってきた。

 

 サリアに教わった手順で、兵士たちが差し出すひび割れた木皿に、たっぷりと角煮と野菜を盛り付けていく。

 

 琥珀色の煮汁を纏った肉の塊は、スプーンを当てるだけで崩れるほどに柔らかく、炊きたての真っ白な米と共に彼らの口の中へと運ばれた。

 

 広場を支配していた沈黙が、咀嚼の音と、言葉にならない感嘆の吐息に取って代わられる。

 

「う……うまい……。なんだ、これは……身体の芯が、熱くなってくる……」

 

 一人の若い兵士が、涙を流しながら肉を頬張っていた。

 

 彼の泥に汚れた頬を、温かい涙が筋となって流れていく。

 

 その光景を見て、俺の胸の奥にも、かつての商社時代には決して味わえなかった、静かな充足感が広がっていった。

 

 物資を運ぶということは、単に物理的な移動を指すのではない。

 

 それは、失われかけた「生きる理由」を届けることなのだと、この時初めて実感した。

 

 その時だった。

 

 砦の正門が力なく開き、数人の騎士に支えられたボロボロの集団が這いずるようにして入ってきた。

 

 先頭にいたのは、かつての俺の同僚、高城だった。

 

 しかし、そこに王宮で見た時の傲慢な輝きは、微塵も残っていなかった。

 

 自慢の聖剣は刃こぼれし、輝いていたはずの鎧は泥と魔物の返り血で黒ずみ、悪臭を放っている。

 

 彼の顔は痩せこけ、瞳は焦点が合わず、虚空を彷徨っていた。

 

「……ああ、腹が減った……。何か、何か食い物を出せ……。俺は勇者だぞ……」

 

 高城のしゃがれた声が、広場に響いた。

 

 彼はフラフラとした足取りで、香りの源である鍋へと近づいてきた。

 

 そして、鍋の横で冷静に帳簿をつけていた俺の姿を認めた瞬間、彼の動きが凍りついた。

 

「……サトウ? お前、なんでここに……。いや、その格好はなんだ。それに、この食べ物は……」

 

 彼は自分の汚れた手と、清潔なスーツを着こなす俺を交互に見つめ、信じられないといった様子で口をパクパクとさせた。

 

 俺は彼に視線を向けることなく、事務的に新しい皿に肉を盛った。

 

「一皿、銀貨三枚だ。勇者様なら、それくらいの路銀は持っているだろう?」

 

「なっ……ふざけるな! 勇者の俺に金を取るのか! 救援に来た俺たちに、無償で捧げるのが当然だろう!」

 

 高城がかつての横柄さを取り戻そうと叫んだが、その声に周囲の兵士たちが冷ややかな視線を浴びせた。

 

 彼らが飢えと寒さに震えていた時、この「勇者」たちは王宮で贅沢三昧をし、戦場に来ても自分たちの保身ばかりを考えていた。

 

 その事実を、兵士たちは肌身で知っていた。

 

「悪いが、これは私の『商品』だ。慈善事業じゃない。払えないなら、あちらの列の最後尾に並んで、配給の残りを待つんだな」

 

 俺が冷徹に告げると、高城は顔を屈辱で真っ赤に染め、震える手で懐を探った。

 

 しかし、彼が取り出したのは、空っぽの革袋だけだった。

 

「……嘘だろ。予備の金も、食糧も……全部、あいつらが奪っていきやがった……」

 

 高城は力なくひざまずき、地面に拳を叩きつけた。

 

 かつて彼が「ゴミ」と呼んだ男が提供する食事を、今の彼は指をくわえて見ていることしかできない。

 

 その様子を、フェリルが隣で退屈そうに眺め、大きなあくびを一つした。

 

「勇者」という肩書きが、空腹という現実の前には一文の価値もないことを、この場所の全員が理解した瞬間だった。

 

 俺は再び帳簿に目を落とし、次々と運ばれてくる報酬の計算に没頭した。

 

 凱旋の鐘の音はまだ聞こえないが、勝利の味は、この琥珀色の煮汁がすべて物語っていた。

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