2人の日常
秒針がカチカチと時を刻む、筋トレの息遣いと衣擦れだけが聞こえる部屋。
私は汗ばむ首元を拭き、目の前のキャンバスを見つめる。
別にコンクールに出す予定がある訳でもない。ただ何となく描き始めた美術室の風景。まだ色も乗っていない白黒の部屋。
「あちぃー…アイス食いてぇー…」
彼はそう言って部屋の窓枠にもたれかかる。私は
「そうだね」
と一言しか返せない。もっと言いたいことはあるのに言葉が出ない。コンビニに新作が出た話とか、昔アイスをわけっこした思い出とか。
「そういえば抹茶アイス新作出たな!陽葵好きだったよな確か?帰り買って帰ろうぜ!」
彼はそう言って行儀悪く仰向けで机に寝そべり笑う。
私はその彼の自由で素直なところが好きだ。きっと私ならどんなに頼まれても机に寝そべるなんて出来ない。
私にない素直さ、明るさ、人懐っこさ、私が憧れる青春に必要な物全てを彼は持っている。
不思議と嫉妬したりはしない。むしろ彼と居ると私がその青春の一部になった気がして心地いいとすら感じている。
「聞いてる陽葵?」
彼の声で自分があれこれ考え込んでいた事に気づく。
心配そうにこちらを見る彼にちょっと笑いかけ、
「大丈夫…ちょっと考え事してた」
そう言ってまたキャンバスを見つめる。
考えていた事が顔に出てなかっただろうか、上手く誤魔化せただろうか、笑顔は気持ち悪くなかっただろうか、そんな考えが頭の中をぐるぐるして、釣られるように筆を空中でぐるぐるする。
キャンバスの向こうでは彼が机から起き上がり再び筋トレを始めようとしている。今日は珍しくどこからも助っ人のお誘いが来ない。2人でいるのは落ち着く。人見知りなのと、運動部の人達の青春っぽいキラキラしたオーラを感じると体と声が縮こまってしまう。
不思議と彼からはそんな印象を感じない。幼馴染だからなのか、それが彼の良さなのかは分からないが彼となら自然体でいれる気がする。
キャンバスの端からチラッと彼を見つつそんな事を考える自分に気付き、照れくさくなって再び絵に気持ちを集中する。
部屋の中は衣擦れと息遣い、そして秒針の音だけ。