2人の事
昼間の暑さが残る美術室、遠くから聞こえる吹奏楽部の音、絵の具の匂いと少し乾いた喉、2人しかいない部屋の中、私は水筒に口をつけ喉を潤す。
「にちかくんも水分摂りなよ?」
がらんとした部屋にいるもう1人の男の子に声をかける。美術部でありながら筋トレに励む彼は腹筋を鍛えながら「おう!ありがとうな陽葵!」そう言って笑う。
私の名前は「涼風陽葵」、夏生まれで明るい子に育って欲しいという両親の思いを込められた名前だが、高校2年生になった今でも「明るい子」になれる気はしない。
ダサい黒縁メガネにセミロングの髪、制服をオシャレに着崩す勇気も無い。唯一の取り柄は色白の肌とそれなりに勉強が出来ること。
キラキラ青春ライフを夢見ていた中学生の頃の自分に謝りたい。
そんな事を考えながら筆を弄ぶ私から少し離れたところでもう1人の美術部員は筋トレに励む。
彼は「星宮にちか」私の幼馴染であり、私と2人っきりの美術部の部員。明るく活発で誰からも好かれるクラスの人気者、高身長のスポーツマン、ちょっとおバカでデリカシーの無い所もあるけど、誰もが認めるクラスの中心。
どこの部活にだって引っ張りだこの彼が美術部にいるのは、私が美術部に入りたいと言ったからだ。ちょっと癖のある顧問の先生、冷暖房の無い旧校舎のさらに奥の別館、キラキラな青春ライフから1番遠い場所に美術室はある。
昔から絵を描くのが好きだった。なれない自分、理想の世界、一瞬の美しい風景、誰かの表情、それらを紙の上に映し出し、色を塗る。そうしているうちにその情景が現実味を帯びるのがたまらなく好きだ。
将来役に立たないかもしれない、誰からも褒めて貰えないかもしれない。それなら高校生でキッパリ辞めてしまおう。そんな風に諦めて居た私に勇気をくれるのはいつだって彼だった。
私の絵を上手いと言ってくれた。もっと描いてと言ってくれた。好きな事を好きと言えば良いと教えてくれた。
そんな彼は潰れそうな美術部に私が入ると聞いて何故か一緒に入部してきた。彼ならどこの部活に行っても即戦力になる実力があるのに、なんで美術部なのかと聞くと得意げに彼は言った。
「助っ人って響きかっこよくない?俺そういうの憧れてたんだよね!しかも助っ人が美術部ってめっちゃ面白いじゃん」
バカな事を言って居ると思った。でも私は気づいている。気づいていて気づかないフリをしている。ネガティブですぐ諦めてしまう私が、好きな事を諦めなくて済むように、彼がさり気ない優しさで私を支えてくれている事を。