13章
レイモンドは馬車から降りると同時に異質な光景を見た。これはなんだ。自分の領土のはずなのにまるで戦いの後の焦土みたいになっていたのだ。
「おい!だれか!誰かいないのか!」
ほとんど無意識に叫ぶとふらりと建物の陰から一人の男が現れた。
「おお、無事だったのか。何があった。どうしたんだ」
恐ろしいものを見たのか目が血走っている。こんなにまくし立てられると答えづらいのはわかっていたが、尋ねることしかできなかった。
「……えが…」
思わず尋ね返すと男はキッっとにらんでナイフを突き刺そうとしてきた。
思わずよろけてしまう。
「なんで…なんであんなのに奴隷を送ったんだよっ」
「奴隷?」
訳が分からず聞き返してしまう。
「ははッ…。…ッ何とぼけてんだッッ!お前が…お前があの領地に俺の妹を送ったんだろうがッ!」
それで…奴隷?
レイモンドは正直な話、男は錯乱状態にあるからよくわからないことを言っていると思った。
しかしぞろぞろと人が出てくるとそれが勘違いでないことを本能的に理解した。
「どうして…そう思ったんですか?」
すると男は突然笑い出した。
「おいおい、あの領主さまなのに噂を知らないのか?」
本当は聞いたことがあった。僕が奴隷を送っていると。
「それに俺らは見たんだ。領の紋章がついた荷台に乗せられた奴隷を!」
男たちは勝ち誇ったように叫ぶ。
しかしレイモンドは不思議でならなかった。
「もし僕が運ばせるようにしたとしたらなんでわざわざわかるようにしたんですか?」
そりゃそうだろう。非合法なことをするんだったら自分の痕跡は極力残さないようにするのが普通だろう。
「え?」
男はそこでようやく気付いたかのような反応を見せた。いや、実際今の今まで気づいていなかったのだろう。
少し冷静になってみるとフィナの行方が気になった。
「おいお前。フィナはどこに行ったんだ?」
どうやら冷静ではないらしい。普段からは考えられないような口調になっている。
「あの…」
男は言いづらそうに眼をそらした。
「まさか…殺したのか?」
「いや!殺してはいない!」
その言葉に少しホッとするも男の言葉に含みがあることに気づいた。
「殺してないんだったら…なんだ?」
「実は…転送陣を使ったんだ」
転送陣――行き先を指定して転送する魔法陣のことだ。
「どこにやった?」
そういうと男は顔を俯けてつぶやいた。
「わからない」
わからない…?
もし、転送陣で行き先を指定しなければどうなるか?
それは知られていない。もしかしたらはるか遠くの地に着くかもしれない。もしかしたら時空の狭間に飛ばされるかもしれない。異世界に飛ばされるのかもしれない。
すなわち、――
「もう会えないかもしれない」
そう考えると心の奥底に埋もれていた感情がわいてきた。
その感情は笑いへと変わり、やがて、何も感じなくなった。
「死ね」
それと同時だったか早くか体の構造が変わっていった。
鎧をつけるようなイメージではなく、むしろ骨格から変わっていった。
この姿を見た男たちはズボンを濡らしながら必死に許しを請いている。汚い。
その姿を見るとやはりなんでこんな奴らを必死に守っていたのか、こんな奴らに優しくしていたのかが分からなくなってくる。
「悪魔だ…」
男がつぶやいた。何を言っている。悪魔はお前らだろう。
「俺は急いで国王に知らせてくる!」
一番逃げ腰だった男がすぐに走り出す。
逃がすかと追いかけようとするがうまく体が動かない。まるで体が別のものに変わったかのようだった。
追いかけようとしたのが気づかれたのか、残った男たちが必死に引き留めようとしてくる。
ちょうどいい。肩慣らしといくか。