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君が好きだった。

作者: 瀬崎真

多田徹(ただとおる)・17歳。

同じ高校に通う幼馴染からあるお願いをされる。

その結果の先にあるものは・・・。 

「今、見たこと。曜くんには、絶対に内緒だよ!」



 多田徹(ただとおる)・17歳。

 生まれて初めての壁ドンを体験中。

(これが、噂の壁ドン。胸倉を掴まれてなければ、素直に喜べたのに・・・。)


 お相手は、同じ高校に通う幼馴染・三村美也子(みむらみやこ)

 河井曜(かわいよう)は、徹と美也子の幼馴染でもあり、美也子の彼氏でもある。


「美也子。まずは落ち着こうよ」

「私は落ち着いているわよ!」


(えーーー。)


「とりあえず、手を放してくれない?」


 美也子 は、あっ、という表情を見せ、徹から手を放す。

「ごめん」


「いや。別にいいよ」

 少し乱れた制服を整える。



 30分ほど前。

 近くのショッピングモールへ寄り道をしに来ていた。二階にある書店に向かおうとエスカレータに乗っていたら、何やら怪しげな行動をしている美也子を見かけたので声を掛けた。


「おーい。何してんだ?」

 声を掛けると、美也子はハッという表情で振り返り、シーッ、と人差し指を立てた。


 美也子の視線の先には、曜とその友達だろう人たちが歩いている。

「あれ?曜じゃん」

 おーい、と声を掛けようとしたら、美也子に腕を掴まれ、人が少ないスペースへと連れてこられて、壁ドンをされたのだ。



「で、何してたんだ?曜の尾行?」

「えっと。あれは・・・。その・・・」


 なかなか理由を言いたがらない美也子に、腕を組み、ため息をつく。

「曜には言わない。だから、何をしてたのか言えよ。俺には聞く権利があると思うけど?」


「そ、そうだよね」

 美也子は、重い口を開く。


「実は・・・曜くんが、同じ制服の女の子と親しげにくっついて、メリルローズに入っていってたって、あずさちゃんが教えてくれたの」



 俺と美也子は同じ浜北高校で、制服は学ランとセーラー服。曜は隣町にあるエリート校・西山高校で、制服は男女ともにブレザーだ。おそらく西山高校の制服の二人だったのだろう。

 メリルローズは、パフェが美味しいと女子の間で人気のあるカフェで、男子だけで行くにはハードルが高いと有名なお店だ。

 左京(さきょう)あずさは、美也子の中学時代からの友達で、高校では隣のクラスにいる。



「曜が浮気してるかもって思ってんの?」

「うん」


(曜は、距離感がバグってるからなぁ。浮気ではないと思うけど・・・)


「お願い。徹も協力して欲しい!」

 美也子は胸の高さで両手を合わせ、頭を下げた。


「曜に直接聞けばいいじゃん」

「出来ないから、こうなってるの。お願い!」


(やっと吹っ切れてきたところなのに・・・)

 再び大きなため息をつく。


「わかった。俺の出来る範囲で良ければ協力してやるよ」

「ありがとう!」

 曇っていた美也子の表情が、明るく変わっていく。


(なんだろう。この場面を見た事があるような気がする・・・。デジャブ?)


 こうして曜の浮気調査が始まった。



 俺は、人見知りが激しくて、幼稚園でも一人でポツンとなることが多かった。だからといって、誰とも遊んでないという訳ではなく、子供ながらに無難に過ごしていた。

 曜は、俺とは真逆で、人当たりがとにかく良かった。いつでもニコニコして、誰にでも話しかけ、みんなの輪の中心にいた。それを妬ましく思ったこともあった。


 ある日、曜が隣の組の男の子と喧嘩になり、親が謝罪するような事態になったことがあった。

 原因は、親を馬鹿にされたからだった。

 曜の両親は医療従事者で、とても忙しく、お祖母さんが迎えに来る日も多かった。それを悪く言われたらしい。悔しそうに泣きじゃくる曜を、今でも覚えてる。

 それを耳にした俺の親が、時々曜も一緒に降園して、曜の親が帰宅するまで、家で一緒に過ごすようになった。家が徒歩3分くらいのご近所さんだと知った。


 小学校に入学して間もなく、俺の住むマンションの隣の部屋に美也子が引っ越してきた。


 美也子が家族で挨拶に来た日。

「よ、よろしくお願いしましゅ」と、緊張しすぎて噛んだのが可愛くて、この時にはもう恋に落ちていたのかもしれない。


 俺と曜と美也子は、三人で遊ぶのが当たり前のようになっていた。


 中学に進学して、関係に変化が現れた。


 俺はどこにでもいそうな平凡な姿形だったけど、曜は地毛が少し茶色っぽく、猫っ毛でフワフワしていて、同じくらいだった身長も160cm以上になり、持ち前の人当たりの良さで学校の人気者になっていた。

 美也子も、少し幼さを残した笑顔と、くりくりとした大きな目に、黒髪ストレートで綺麗になっていて、男子の間では憧れの存在になっていた。


 俺は、綺麗になった美也子にドキドキして、自然と目で追うようになっていた。

 そして、美也子が曜を目で追っていることに気付いてしまった。


 高校が別れると知った日。


「徹、曜くんって好きな人がいるのかな?」


(やっぱりか・・・。)


「知らない。自分で聞けよ」

「教えてくれてもいいじゃない。ケチ!」


 ほどなくして二人は交際を始め、俺は失恋し、何もしなかった自分の不甲斐なさに涙を流した。


 曜と同じ高校でなくて良かった。放課後も別々で過ごすようになっていたし、二人が一緒にいるところを見なくてすむ。それだけが救いだった。


 二年に上がる頃、やっと気持ちの整理が出来てきた。

 それは、俺に・・・。


(あれ?俺に何か・・・。何だっけ?)


 とにかく、曜と美也子が二人でいるところを見て、苦しくて仕方がないような気持ちにはならなくなっていた。



 なのに。

「曜が本当に浮気をしてたら、美也子はどうするつもりなんだろう」



 翌日の放課後。


「曜くん。今日はクラスの子たちと、戸波(となみ)駅前のカラオケに行くんだって」


 曜のいる西山高校の最寄り駅が戸波駅で、駅前に大きなボーリング場があり、そこでカラオケもできる。おそらくはそこに行くのだろう。


「ひとまず、戸波駅に行ってみようか。すぐにカラオケに入らずにいてくれると良いけど・・・」

「うん。どうか寄り道してますように!」



 電車の車内は下校する学生の姿がチラホラ。満員というほどではないが、空席はない状態だ。ドアの横に陣取る。


「美也子さ。もし、曜が浮気してるって分かったら、どうするつもり?」

「私の思い違いであって欲しくて・・・そこまで考えれてないの」

 美也子は肩くらいまで伸びている髪の両端を掴み、沈んだ表情で俯く。


「まぁ、曜が浮気するとは思えないけどね」

「だと思いたい」


(美也子の杞憂に終わればいいんだけどな。)

 俺は小さくため息をついた。



 戸波駅の西口改札を出て、右に5分ほどのところにカラオケ店がある。


「まずは、タクドで腹ごしらえをしてないか確認しよう。」

「うん。」


 駅前すぐの電気店の中にあるファーストフード店へと向かう。



「けっこう混んでる。外からだと分かりにくいね」

「だね。入ってみよう」


 店内はカウンター席が20席くらい。テーブル席は10席くらい。その内のいくつかはパーテーションで区切られている。その中をゆっくりと進んでいく。


「ん?美也子、どうした?」

 徹の制服の背中を美也子が引っ張り、立ち止まった。


「あそこに曜くんがいる。」

 美也子の視線の先には、曜がいた。座席には、同じ制服の女子が一人。他はいない。店内をグルっと見回し、レジのほうにも目を向けるが、同じ制服の人はいなかった。


「カラオケ。二人で行くのかな。」

 徹の背中にある美也子の手は、少し震えていた。


「カラオケのところで集合して、何人かで行くのかもしれない。まだわかんないよ」

「そうなのかな・・・」

「そうだよ」


 しばらくして、曜たちは立ち上がり、カラオケの店へと向かう。それを少し離れた位置からついて行く。



 店の前に着き、誰かと待ち合わせるでもなく、二人は店内へと入っていく。

 美也子の表情は曇り、言葉数も減っていく。


「どうする?もう追いかけるのをやめる?」

膝を少し曲げ、俯いたまま顔を上げようとしない美也子の顔を覗き込んだ。


「だ、大丈夫。ほら。後から人が増えるのかもしれないし」

 美也子は胸の高さで指を重ね、今にも泣きそうな顔をしている。

 その頭をポンと叩く。

「俺たちも入ろう。」 



 カラオケの部屋は少ないため、曜たちのすぐ横の部屋に入ることができた。


「歌う?」

「歌わない」


(だよな・・・)


 他の部屋から漏れてくる音が聞こえてくる。

(お。この人の歌声いいな。)

 そんなことを思っていたりした。


 入室してから30分くらい経過したが、隣の部屋に人が入ったような気配はない。


「俺、様子見がてら外をグルっと回ってくるよ」

「あ、うん。ありがとう」

「一人にして大丈夫?」

「大丈夫だよ」


 弱々しく微笑んだ美也子を部屋に残し、隣の部屋の様子を伺い、人が増えていないのかを確認。店内のボーリング場やUFOキャッチャーの並んでるスペース、お手洗い、椅子だけがある休憩スペース。そのどこにも、西山高校の制服の人はいなかった。


(曜。まさかだよな?)

 右手で頭をさすりながら、天を仰いだ。



「ただいま」

「おかえり。・・・どうだった?」

「隣に人は増えてないし、店内に西山の生徒はいなかったよ」

「それじゃ、曜くんは・・・」


 大きく息を吐き、自分の手で美也子の両手を包む。

「誰もいなかったけど、曜の浮気だという証拠にはならないよ。俺が上手く話してやるから、一緒に曜に話を聞こう。な?」


 美也子は堪えていた涙を流し、首を横に振る。

「曜くんを好きなのに、疑ってるなんて、曜くんに知られたくない」

「でも、曜に聞かないことには、答えは出ないだろ?」

 美也子は無言のまま首を振り続ける。


「曜くんが好きなのに・・・」

「曜はさ。人との距離感が近いし、人に頼られやすい。だから、これも何か理由があるんだよ。大丈夫」

 徹は、泣きじゃくる美也子を抱きしめ、「よしよし」と、頭と背中をポンポンと叩いた。


(そんなこと思ってもいないのにな)

 徹は、唇を嚙みしめた。


 しばらくして、美也子の震えていた肩が止まった。


「ちょっとは落ち着いた?」

「うん。大丈夫」

 徹は、美也子を包んでいた腕をほどく。


「いっぱい泣いちゃって、ごめんね」

 美也子は、ハンカチで涙を拭う。


「そろそろ退室時間だし、出ようか」

「うん」


 少しふらつく美也子の手を引き、部屋を出る。


「ほんとにごめんね」

「謝る必要はないよ。美也子が一人で泣かれてるほうが嫌だし」

「ありがとう。一緒にいてくれて」

 美也子は目を赤くしたまま、精一杯の笑顔を浮かべる。


(もう限界。隠したままなんて無理だ。)


 美也子の手を引いたまま、向き合う。

「あのさ」

「なに?」

「えっと・・・」

「どうしたの?」


(言ったら美也子がこまるよな。言っていいのか。)

 自問自答をしているそのとき。隣の部屋の扉が開き、曜が出てきた。



「あれ?徹と美也子じゃん。お前らもカラオケに・・・って。手」

 二人は慌てて手を離す。


「もしかして、二人は裏で付き合ってる、とか?」

 曜の口調はとても穏やかだが、目は笑っていなかった。


「違うの。私がちょっと落ち込むことがあって、徹に話を聞いてもらってただけなの」

「俺ではなく、徹に?」

 美也子の表情をみるみる青くなっていく。


「曜こそ、なんで女子と二人でカラオケに?」

 背中で美也子を隠すように立ち、曜をにらみつける。


「徹に話す必要、ないよな?」

「なっ!」

「美也子。夜、連絡する」

 曜は、手を振りながら店を後にする。



「曜くん、私たちのことを疑ってたよね?どうしよう。嫌われちゃったかもしれない。どうしよう」

 美也子の手は不安で震えだし、また涙がこぼれる。


「ごめん、美也子。俺たちが退室するっていうことは、曜も退室してくるだろうって思ってた。思ってたのに、美也子の手を離さなかったんだ」

「え?なんで・・・」


美也子を抱きしめる。

「確信犯だから悪いのは全部俺なんだ。美也子が好きだ。俺はずっと、お前一択だよ」

「徹・・・」

 美也子は、そっと徹を抱きしめ返す。


「そっか。徹は私にこれを伝えたかったんだね」

「え?」

 徹はそろそろと美也子から腕を離す。


「徹にはね。私ではなく、大事な人がいるんだよ」

「な・・・にを?」

「曜くんもね。浮気はしてないよ。ちゃんと私が大好きなの」

「え?」

 美也子が何を言っているのか理解ができずにいた。


「徹、もうすぐ朝だよ。早く帰らないと」

「朝?」

「そう、朝。曜くんとあずさちゃんが、徹を待ってるよ」

「どういう・・・」

「徹、またね。バイバイ!」

 美也子は、満面の笑みを浮かべ、徹に手を振った。

 それと同時に、徹は眩しい光に包まれ、たまらず目を閉じた。



「徹くん!」

ゆっくりと目を開けるとそこには、心配そうにしている母親に手を強く握りしめられていた。


「ここは・・・。痛っ」

「急に起き上がっちゃダメよ」

「俺・・・。」

 頭がズキズキと激しく痛む。


「ここは、美園(みその)病院よ」

「病院?」

 よく見ると病室には、安堵の表情をした曜や、涙でボロボロになってるあずさちゃんもいた。


「なんで病院?」

(さっきまで戸波に・・・)


 母親は神妙な面持ちで口を開いた。


 俺と曜と美也子は、三人でショッピングモールに出掛けていた。

 その帰り道。

 交差点で信号待ちをしていた人だかりに、猛スピードで暴走した車が突っ込むという事故が起きた。死亡者は3名。重軽傷者は10名。かなり大きな事故で、連日ニュースになっているらしい。


 死亡者の中に、美也子の名前があった。


 俺と曜は、幸いにも軽い怪我で済んでいたが、目の前で血を流す美也子を見た俺は、冷静さを失い、半狂乱に近い状態になっていたらしく、そのまま意識を失い病院に運ばれて、今に至る。



 美也子が浮気調査をしようとしていたのは現実で。

 曜が浮気まがいなことをしていたのも現実。

 曜を尾行して、カラオケには行っていない。 


 そして、曜と美也子には、別れの危機はなかった。



「徹くん。もう体は大丈夫?」

「うん。もう元気いっぱいだよ」

「なら良かった」

あずさは顔をくしゃっとさせて、徹に笑いかける。


「今日はどこに行こうか?」

「どこがいいかな」


(美也子。今の俺は、あずさちゃんが好きだ。もう大丈夫だよ)

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