ウェリントン解放戦2
長崎詩織
2024年2月14日
ウェリントン自治州
ウェーブポイント市西5キロ
0359時
ウェリントン自治州北部最大の港湾施設を抱える都市は、灯火管制によって不気味なほど静まり返っている。
レーダーの発達した時代に灯火管制は無意味という意見もあるが、暗闇では凡人でも音や気配に敏感になるので、零次たちの様に敵とかなり接近する部隊では馬鹿に出来ない一面があった。
空挺降下したアルタイル1-5は、A、B、C分隊がそれぞれ標的の橋梁付近まで移動し、D分隊が援護位置で待機していた。
「3…2…1…今。アルタイル1-5リーダーから各分隊、行動開始。終わり。行くぞ」
0400時になった瞬間、零次は無線で指示を出し、動き始める。
A分隊は零次と詩織の他、機関銃手の小野大地三等陸曹、小銃手の細谷浩一郎陸士長、無反動砲手の中村将陸士長、対人狙撃手の水樹翼一等陸士、対物狙撃手の高山奏一等陸士で編成され、全員高いレベルの魔法師である。
魔法の副作用で大地と翼が青、奏がオレンジに髪色が変化している。
ウェーブポイント市を囲う河川に近づく建物が増え、分隊は物陰に身を潜めながら前進し、標的の橋の手前で一旦停止する。橋の向こうには検問が置かれ、戦車1両と装甲車2両が停車している。
零次は手信号で指示を出すと、将が対戦車榴弾を装填した84ミリ無反動砲を構え、後方の安全を確認した後引き金を引く。
同時に、浩一郎がM302グレネードランチャーで閃光弾を発射する。
対戦車榴弾が装甲車の1両に命中した直後、強烈な閃光が辺り一帯を覆いつくす。
「行け!」
零次が号令をかけると、翼と奏が援護位置につき、他の5人は魔法を使って地面スレスレを飛ぶように検問に迫る。
そして、敵が対応する前に発砲し、数秒で2個分隊を殲滅する。
敵兵も必死で応戦しようとするが、歩兵は翼のG28Eに狙撃され、もう1両の装甲車は機関砲の基部を奏のM107が発射したMk211徹甲榴弾で破壊されて使い物にならなくなる。
零次は戦車に迫ると、銃座について機関銃を使おうとした戦車兵を射殺し、開いたままのハッチから手榴弾を投げ入れる。零次が飛び退くと同時に、戦車は中から爆発した。
最後に残った装甲車は、後退して離脱を図るが、詩織は術式武装、つまり供給された魔力を金属結晶の特性を持った質量に変換する術式を発動し、生み出した大太刀で履帯を切断し、さらに後方に回り込み乗降用ドアを破壊すると手榴弾を投げ込み止めを刺す。
詩織が術式への魔力供給を止めると、術式武装は霧散して消えた。
「報告!」
「クリア!」
「クリア!」
「オールクリア!アルタイル1-5Aからアストルフォ1-13、ポイントAの制圧完了、送れ」
〈|第17航空連隊第17強襲ヘリコプター大隊第1中隊《アストルフォ1-11》、了解。まもなく到着、レンジャーを降ろす。送れ〉
「了解。引き続き周囲を警戒する」
〈アルタイル1-5B、目標制圧。送れ〉
〈アルタイル1-5C、橋梁を確保した。後れ〉
「アルタイル1-5リーダー、了解。各分隊、アストルフォ1各機と連携を密に。1-5D、|第17航空連隊第17特殊戦術ヘリコプター中隊第5小隊《ノワール5》の合流地点に移動し、LZを確保しろ。送れ」
〈1-5D了解〉
指示を出している間に、ヘリコプターのローター音が聞こえてくる。
「来たか」
4機のUH-60JA改ブラックホークは、橋梁を中心にしたダイヤモンド隊形でホバリングをすると、収容していた54連隊レンジャー小隊をラぺリング降下させる。
統合派遣部隊の普通科連隊には、各中隊に1個レンジャー小隊が編成されており、中隊主力に先だって経路の確保、偵察を担い、今回は主力部隊を輸送するCH-47JAチヌークの着陸地点を確保するのが任務だ。
「経路確保感謝する!予定通り、都市内に侵入する」
「了解。武運を祈る」
都市内に侵入するレンジャー小隊を見送ると、零次は分隊に次の指示を与える。
「予定通りLZに移動する」
「「「了解」」」
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LZに集合したアルタイル1-5は、合流したブラックホーク4機に分隊ごとに分乗した。
第17航空連隊隷下の第17特殊戦術ヘリコプター中隊、通称ノワール中隊は、アルタイル1中隊の専属支援部隊で、配備されているブラックホークは特殊戦仕様で、標準のスタブウィングに装備した増槽に加え、空中給油プローブ、12.7ミリガトリングであるGAU-19A2丁とミニガン2丁、70ミリロケット弾ポッド2個を装備した重武装機になっている。これによって簡易攻撃ヘリとしての機能を有し、長時間の近接航空支援が可能となっている。
これを活かして、アルタイル1中隊の大規模作戦時の主任務の1つが、ブラックホークに搭乗して上空待機し、想定外の敵部隊など地上部隊の脅威を排除する即応待機部隊として役割だった。
ブラックホークが敵の対空射撃圏外に出るタイミングで、警戒管制機と交信していた難民出身者のリン・ファン陸士長が報告した。
「3か所の橋梁全てで敵増援が向かっていたそうです。合流予定時刻に敵増援、橋梁に到達していたらしいです」
「LZを別にしておいて正解だったな」
報告を聞いて、鳥飼友樹一等陸曹は零次にそう声をかける。ノリの軽い男だが、4機のブラックホーク小隊を指揮しつつ、ブラックホークの機長として、時に繊細、時にアクロバティックな操縦をこなすプロパイロットで、過酷極まる実戦で培った操縦技術は自衛隊内トップレベルと評されている逸材だった。
「これを想定していたのか?」
「LZを別の場所にした、あの橋梁近辺はラぺリング降下は出来ても、着陸して人員を収容するのに向いてないから。ブラックホーク結構場所をとるし」
「まぁ、結果オーライじゃん」
「一応な」
そんな会話をしている間に作戦は進んでいく。
レンジャー小隊が確保したLZにCH-47JAチヌークが着陸し、各小銃小隊を降ろす。
小銃小隊とレンジャー小隊は、攻撃ヘリAH-64Eアパッチガーディアンの支援を受けながら所定の目標地点の制圧に向かう。
同時に第1空挺旅団が降下、敵戦力を側面から攻撃し、アルタイル1中隊の他の威力偵察小隊による弾着観測とレーザー誘導によって、高脅威目標に対して爆撃、艦砲射撃が行われ、敵は数的有利にもかかわらず有効な反撃を行うことができず、時間を追うごとに総崩れになっていった。
アルタイル1中隊の様な特殊部隊ではないとはいえ、54連隊も精鋭部隊であるし、第1空挺旅団もそうである。
この調子であれば、自分たちの追加の出番なく作戦が終わると思っていたが零次だが、急に少しだけ嫌な予感がし、それはすぐに的中した。
〈セイバー22リーダーからコマンド。港湾庁舎にて敵の抵抗激しく、前進が難航。増援を求む。送れ〉
〈コマンド了解。アルタイル1-5、セイバー22の応援に向かえ。送れ〉
「地味に嫌な予感ほど当たりやがる…アルタイル1-5リーダー了解。送れ」
〈セイバー22の座標をデータリンクした。セイバー22と連携して、港湾庁舎を制圧しろ。送れ〉
「了解。友樹、港湾庁舎に向かえ」
「了解」
友樹はブラックホークの針路を変えた。
港湾庁舎は、ウェーブポイント港全体の管理を行う施設で、重要施設であるため爆撃や艦砲射撃の禁止目標に指定されている。つまり、小銃小隊を突入させて直接制圧する必要がある。
「アルタイル1-5リーダーからセイバー22リーダー。状況を知らせよ。送れ」
〈庁舎正面口前に敵陣地。迂回したいが、こちらから見て右側面に回り込まれた。敵を一時的でもいい、動きを止めてくれたら動ける。送れ〉
「了解。庁舎屋上と敵後方から攻撃する。こちらが攻撃位置につくまで、敵を惹きつけてほしい。送れ」
〈了解〉
「チャーリーとデルタは庁舎屋上を確保、アルファとブラボーで敵後方を急襲するから援護しろ。送れ」
〈ブラボー、了解〉
〈チャーリー、了解した〉
〈デルタ、了解〉
「友樹、地上掃射しつつチャーリーとデルタを先に降ろせ。降下後、ノワール5は火力支援しろ。友軍部隊に注意しろ」
「了解。ノワール503、504、庁舎屋上に分隊を降下させろ。502は地上敵兵力に掃射開始」
友樹の501号機と502号機が旋回を開始し、ドアガンによって機銃掃射を開始する。ミニガンもGAU-19も、ガトリング方式故の高い連射速度によって、文字通り弾丸の雨を降らす。
敵の対空射撃を妨害している間に、503号機と504号機が港湾庁舎屋上を陣取ると、タイヤを少しだけ接地させたホバリングで分隊を降ろす。
〈ノワール503、人員降下完了。上昇する〉
「ノワール501了解」
「チャーリーとデルタは敵戦力に対して射撃開始。こっちの降下を邪魔させるな」
〈〈了解〉〉
「零次、敵後方は障害物が多い。着陸は無理だ」
「ホバリングができればいい。魔法で降下する」
「わかった」
友樹は機体を操作し、僅かな開けた場所の上でホバリングした。
「よし行け!」
零次が号令をかけると、分隊員たちは躊躇うことなく宙に身を投げる。
重力で加速するはずの身体は、空中で減速し、彼らはC分隊とD分隊の射撃支援を受けながらふわりと着地した。
「誤射に気をつけろ!」
零次はそう叫ぶと、魔法で一気に敵兵に詰め寄ると、術式武装を発動、左手に太刀を握ると、敵兵を太刀で叩き切りながら|45口径のガバメントクローン《ウォーリア》を別の敵兵に撃ち込む。
〈ノワール501からアルタイル。そっちの左後方から敵増援、歩兵1個分隊とオーガー4体〉
「敵増援歩兵はそっちにまかせた。先にオーガーを始末する!」
オーガーは3メートルを超える人型の魔物で、軽装甲機動車をひっくり返すほどの怪力を持ち、多くの場合は小銃弾に耐えるアーマーを着込んでいる。
「大地、制圧射撃!」
「りょーかい!」
「奏、後ろ奴を撃て!」
「了解!」
「詩織!」
「わかってる!」
大地の7.62ミリ機関銃Mk48の連射によって、オーガーが一瞬動きを止める。
その瞬間を狙って、隊列後方のオーガー1体を奏が頭部を狙って狙撃し、同時に零次と詩織が一気に前列のオーガーに肉薄する。
零次はオーガーの両足に太刀を一閃させ姿勢を崩し、さらに魔法で大ジャンプをすると、首を撥ねる。
詩織はオーガーの股を滑るように潜り抜けると、大太刀でアーマーを両断すると、オーガーの背中に切っ先を突き立てる。
2体が崩れ落ちると同時に、奏が最後の1体を狙撃し、オーガーの隊列はものの数秒で制圧され、同時に増援歩兵分隊もノワール501による機銃掃射で殲滅された。
これによって敵防衛線は完全に崩壊し、セイバー22は前進に成功。セイバー22とアルタイル1-5は港湾庁舎に突入し、敵残存兵力を制圧し港湾庁舎を制圧した。
市内各所の敵部隊は完全に総崩れとなり、脱走や降伏が多発。
朝日が上り始める0630時、最後の部隊が降伏し、ウェーブポイント市は解放された。
長崎詩織
自衛隊統合派遣部隊
二等陸曹
第17旅団第3偵察強襲戦術部隊強襲偵察中隊第5威力偵察小隊アルファ分隊(小隊副官)
神奈川県出身
特技区分 特殊戦、空挺、魔法