【セリフだけのSS】婚約破棄され勘当された元令嬢は、怪しげな聖人に騙される
「どうも、こんばんは」
「……こんばんは」
「どうしたの、綺麗なドレスのお嬢さん。こんな夜道を一人は危ないよ?」
「お構いなく」
「そんなつれないことは言わずにさ。もしかして、家出でもしてきたのかな?」
「まあ、そのようなものです」
「大変だねぇ。そういえば王子殿下から婚約破棄された侯爵家のお嬢さんが実家を勘当されたとか聞いたけど、彼女にしろ君にしろ、いいとこのお嬢さんも苦労が絶えないんだろうね」
「…………」
「行くあてがないなら、僕の住処に来るかい?」
「結構でございます」
「でもこのままじゃ、獣か飢餓に襲われて終わりなんじゃない?」
「わかっています。ですが、わたしは嫁入り前の身。殿方の、それも見知らぬ殿方の家に泊まらせていただくわけにはまいりませんので」
「ふふっ。これを見ても、そう言える?」
「――っ!? こ、れは」
「そう、聖人の印。迷える子羊を救うのが聖人の仕事だから、これは運命の巡り合わせなんだろう。神は言っている。美しいお嬢さん、君を助けてあげろとね。神に愛された君を、見殺しにするわけにはいけないんだ。この手を取ってくれるかい?」
「わかり、ました。それが、神の思し召しなのであれば」
「ものわかりが早くて助かるよ。君のすべすべした手のひら、可愛いね」
「あ、ありがとうございます」
「怪しさしかない僕を相手に、素直でよろしい。――さすがは箱入りのお嬢さんだ。僕が神の愛し子の君を手に入れるため、王子をそそのかして婚約を破棄させたなんて想像もせず、聖人の印一つで騙されるんだから」
「……何かおっしゃいました?」
「いや、何も。眩い月の光、神の微笑みが君の前途を祝福しているよ。さあ行こうか、迷える子羊ちゃん」




