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愛を囁いて

  私はカフシーの家を出てから半刻以内に、お父様の転移魔法が発動する手筈を整えてからラメルバ公爵家に乗り込んでいる。

 どれほど第二皇子と甘い時間を過ごそうとも。設定された時間になれば、お父様の転移魔法は絶対に発動する。

 逃げ切れる自信がなければ、どれほど体調が悪く経って大人しく彼の腕に抱かれたりしないわ。当然じゃない。


「やっと、二人きりになれたね」


 我が物顔でラメルバ公爵家の一室に堂々と侵入し、整えられたベッドの上に私を下ろした彼は、当然のように私の隣に横たわる。

 本人は二人きりになったつもりだけれど、この部屋には嘘が見抜けるらしい従者と、護衛らしき騎士団員が数人控えているのよね。

 お兄様は恐らく近くにはいないでしょうけれど、遠くから私達の会話を一言一句漏らすことなく聞いているはずだわ。


「星空の女神……。おれに本来の姿を見せて……」


 魔力回復薬のせいで、身体がだるい。


 魔力消費を防ぐためには、変身魔法を解除するのが一番だわ。

 私は彼に促されるがまま、変身魔法を解除する。

 ツカエミヤからミスティナの容姿に戻った私を至近距離で見つめた彼は、星空の女神と再び巡り会えたのが嬉しくて堪らないらしく、瞳からはらはらと静かに涙を溢す。


「おれの女神……。とても綺麗だ……」


 第二皇子が泣き虫なんて話は、聞いたことなどないのだけれど。

 具合が悪そうな私の姿を見て綺麗と称するのも最悪だけれど、彼はどうしてそこまで私を求めるのか……さっぱり理解できないわ。


 副作用のせいで、頭が回っていない。

 第二皇子の気持ちなどどうでもいいわ。今は休みたい。


「ここ、赤くなってるね……」


 ツカエミヤに成り代わっていた際、地面に強く額をぶつけた部分が赤くなってると指摘してきた彼は、邪魔な前髪をかき分け赤くなった場所を露出させる。

 彼は優しく触れているつもりかもしれないけれど、私の身体にはピリリとした痛みが走った。


「おれの女神に傷をつけた報いは、きっちりと精算してもらうから……。心配はいらないよ」


 彼は私が迷える子羊を救うために、自ら危険の中に飛び込んで行っていると知ったならば……彼はどう思うのかしら?

 百年の恋も冷めるといいのだけれど。

 地面に額をぶつけて、赤くなった。いつかは消える些細な傷がついただけで、これほど心配するなら……大怪我をした日が恐ろしいわね。


「私を探し出すため、黒髪金目のご令嬢に手紙を出したんですって……?」

「君が、名前を教えてくれないから。おれはどうしても、君じゃなければ駄目なんだ」


 彼は私から離れないように、強く抱きしめる。

 何度求められても、その明確な理由が一目惚れだけでは、こちらも納得できないわ。

 病弱な箱入り娘、領地から一歩も外に出たことがないと噂のミスティナ・カフシーに、男性との出会いなど本来であれば存在しないけれど。


 求められた私は二つ返事で、彼の手を取るべきだわ。


 彼だってそれを望んでいるし、皇子と言う立場上、なぜこうまでして頑なに私が婚姻を拒むのか不思議で堪らないはずよ。


「私よりも、もっと星空の女神と呼ばれるに相応しい令嬢が、どこかにいるはずだわ……」

「嫌だ」

「……子どもみたいなわがままを言わないで」

「──君だけ、なんだ……。君はおれを……皇子として敬っていないだろ」


 私の邪魔ばかりする、気に食わない奴。それが彼に抱く、私の印象かしら。彼はどうも、王族だからと無条件に敬うご令嬢に苦手意識を持っているみたいね。


「誰もおれのことなんて、気に留めていなかったのに……都合のいい時だけ、おれを利用しようとする。そんな奴らのことなんて、好きになれるわけがない」

「私が貴方の嫌いな人間ではないと、どうやって証明できるの?」

「わかるよ。見ていれば、わかる。君はとても、優しい子だって……」


 迷える子羊を救う為に暗躍している。そうした意味合いだけなら、確かに優しい子として該当するのかもしれないわね。

 カフシーの家に生まれたから、私は迷える子羊を命懸けで救うことこそが、私の姿を使命だと思っている。

 アクシー家が迷える子羊の憂いを晴らす代行業を営んでいなければ、私は彼が嫌う令嬢たちのような思考を懐きながら、日々を過ごしていたはずよ。


「貴女と婚姻したら……私は家業を、諦めなければならないの」

「……どんな家業なんだ」

「秘密」


 カフシー家が代行業で生計を立てているなど、王族に告げるわけにはいかないもの。

 私は口元に人差し指を当て、誤魔化した。

 彼は私がどんな家業を営んでいるのか知りたくて堪らなかったようだけれど、あんまりしつこいと私が逃げてしまうと考え直したんでしょうね。

 深くは追求して来なかった。


「第一皇子の件は、聞いているでしょう」

「婚約者に、暴力を振るったみたいだね」

「ええ。この国を継ぐのは、貴方よ」


 現実を突き付けてやれば、彼は興味なさそうに私の長い黒髪へ顔を埋めている。

 私のことを星空の女神など恥ずかしい名前で呼ぶようになったのは、私が夜空のような黒髪と、光り輝く満天の星々を持って生まれたからだわ。


 私を自分のものにしたくて仕方がない彼は、私の許可を得ることなくベタベタとスキンシップを測って来た。


 私は魔力回復薬を一気飲みしたせいで、抵抗する気が起きないだけよ。


 こうしてベタベタと密着する機会などなかった私は、どう反応していいのかすらもよく分からず、彼の好きにさせている。

 これがお兄様だったら、いつまで密着しているつもりなのかとぶん殴れるのに──。

 皇太子様には、困ったものね。


「私は家業に、誇りを持っているの。このままずっと、続けていくつもりよ。王妃として、貴方と同じ道は歩めない」

「おれを愛していないから?」

「貴女を愛せるようになったら、王妃として貴方を、支えられるとでも?ふふ。面白いことを言うのね。貴方を愛していても、いなくとも。国のことを第一に考えるのが、王妃の役目でしょう」


 この国をより良き国にする為に、カフシー家は暗躍しているけれど。

 王妃になれば……。影でこそこそ、隠れて悪者に裁きを下す必要はなくなるのよね。

 彼と婚姻すれば、大した苦労もせず最高権力者の仲間入り。

 私は今までと同じようなことを、堂々と行っても許される。国王となる彼の許可も得ず、無断で悪者に裁きを下せば、間違いなく死期は早まるでしょうね。


 幸せの絶頂期、恨まれて暗殺される悲劇の王妃。


 彼と結ばれる未来などあるはずがないと、私はその未来を否定した。


「……うん。やっぱり君は、他の令嬢とは違う」


 愛していたとしても、いなくとも。

 彼に望まれて王妃になった私がするべきことは変わらないと──そう告げた私へ、彼は満足そうに微笑んだ。

 すっかり泣き止み機嫌を良くした彼は、私の長い髪に顔を埋めているのをいいことに、私の髪に口付けた。


「普通の令嬢は、王に愛されることが王妃の役目だと思っている。国がどうなろうとも知ったことじゃない。おれの愛よりも、国を思う星空の女神が……おれは愛おしくて仕方ない」

「そう……」

「ますます手放せなくなったよ。逃げないで。ずっと、おれのそばに居て欲しい。君は……どうしたら、おれのものになってくれる?」


 私に関わらないで。しつこいのよ。追いかけて来たって時間を無駄にするだけだわ。貴方を好きになることはない。

 否定の言葉を思い描いても、どれもがしっくり来なかった。

 私は異性から求められたことがない。


 血の繋がった父や兄と言葉を交わすことはあれども、ミスティナは領地から出たことがないもの。

 異性から求められる機会など、あるはずがない。


 迷える子羊に変身魔法を使って成り代われば、面と向かって愛を囁かれることもあったけれど──それは私に向けられた言葉ではないから。私がその気になることはなかったのよね。


 成り代わった迷える子羊に向けて愛を囁かれても、何も感じないのに。彼から求められると、胸の奥がゾワゾワするのは……何故なのかしら……?


 好きだとか、愛しているとか。

 未知の感情だと思っていたソレが、私の身体を這いずり回り──私の心を侵食していく。この思いに飲み込まれ、彼の気持ちを受け入れたら。私はどうなってしまうの……?


「私には、よくわからないわ」

「……わからない?」

「誰かを愛することや、恋をすること。貴族間の婚姻に、愛など必要あるのかしら」


 私は狂おしい程に相手を愛するあまり、利用続け捨てられた哀れな子羊を見過ぎてしまった。

 私の親友であるロスメルも、長い間暴行を受けていたと誰にも打ち明けられなかったのは、彼を愛していたからだ。


 異性を思う気持ちほど、厄介な気持ちは無い。

 誰かを愛すれば、その分愛を返して欲しいと願う。

 誰かに愛されていると実感すれば、もっと愛して貰えるように、背伸びをしてでも愛して貰おうと努力するのよね。


「おれがこれから、一生を掛けて君に教えるよ」


 彼は誰かを愛する気持ちを、よく知っているのでしょう。

 私を愛しているからこそ、責任を持って私に愛の必要性を教えてくれる。


 愛の必要性など教えられた所で、彼を好きになる保証などどこにもないのに。よくやるわ。どうしてそこまで、私に入れ込むのかしら。理解できないわ。

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