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恥をかかせろ

  私は変態令嬢の衣服を脱がせると、クローゼットの中から真新しいドレスを手に取り、彼女に着せる。


「早くしなさいよ。これから第二皇子の元には、山程ご令嬢が謁見を求めるのだから!強いインパクトを残して、わたくしを選んで貰うのよ!」


 強いインパクトを残したいのなら、喜んで手伝うわ。

 貴方のような変態令嬢が、第二皇子の伴侶になることはないだろうけれど、ね。

 私は変態令嬢と呼ばれるに相応しい細工のできる変身魔法を、ドレスにこっそり発動させてから、彼女にドレスを着せた。


「ふん、悪くないわ」


 ドレスに細工がなされているなど思いもしない変態令嬢は、満足そうに着飾った自分の姿を水鏡で確認している。


 変態令嬢は自分で生み出した惨状を元の状態に戻すよう侍女仲間へ指示を出すと、王城へ向かうと言い始めた。

 ツカエミヤは変態令嬢のお気に入り。侍女として彼女に、同行するみたいだわ。侍女仲間から憐れみの視線が向けられるのが、鬱陶しくて仕方なかった。


「第二皇子は、星空のように美しき黒髪と、星のように輝く金色の瞳を持つご令嬢を探しているそうよ!第二皇子の想い人はわたくし、アンジェラこそが相応しい!」


 アンジェラ・ラヘルバ公爵令嬢は、漆黒の黒髪に、淡い黄色の瞳を持つ。

 第二皇子が手紙に認めた条件とは一致しているけれど、彼が思い描く星空の女神がミスティナ・カフシーであることを知っている私は、なんとも言えない気持ちになった。


 あなたの努力だけでは、第二皇子の心は奪えないわ。


 彼と婚約したくない、私としては。

 第二皇子の心を射止める、私によく似た容姿の女性が王城へやってくるのを願う立場だけれど……。

 この変態令嬢が星空の女神と呼ばれ彼の寵愛を受けるイメージは、湧いてこないわね。


 彼女は迷える子羊を数え切れないほど、不幸のどん底に陥れた。自分よりも下の人間を罵倒し、転落する姿を見ることで愉悦を感じる変態令嬢には、しっかりと罪を償って貰わなければならないわ。


「ラベルバ公爵令嬢!ごきげんよう」

「ごきげんよう、皆さん」


 王城に到着した私達は、小さなお茶会部屋に案内された。

 丸テーブルには、3人のご令嬢がすでに座り、歓談している。

 変態令嬢が姿を見せた瞬間、表情が強張ったのがリアルだわ。


 彼女は茶会の処刑人として、社交会では時の人。変態令嬢を怒らせれば、社交場で一生後ろ指を刺され続けることになるもの。警戒するのは当然ね。


 この場に集まったご令嬢は、全員が黒髪金目だ。一人一人、彼が思い描く星空の女神であるかを確認するより、こうして複数人を一纏めにした方が、時間効率はいいと判断をしたのでしょう。

 星空の女神に選ばれなかったご令嬢達も、第二皇子からご指名を受けたもの同士結束を高め茶会で交流を深めているわ。

 王城へわざわざやってきたことが、無駄にならないよう配慮がなされているのでしょうね。


 誰の提案かしら……?第二皇子?それとも側近?


 沈黙の皇子なんて呼ばれ、無気力無言で空気のように過ごしていたとは思えない手腕に、私は密かに脱帽していた。


 やればできるじゃない。見直したわ。


「第二皇子殿下に、ご挨拶申し上げます」

「うん」


 私が彼を見直していると、従者を連れた第二皇子がお茶会場へ姿を見せた。

 変態令嬢を含むご令嬢は一斉に椅子から立ち上がり、声を揃えてスカートの裾を摘みお辞儀をした。

 普段の私であれば、当然彼女たちと同じ挨拶をするべきなのだけれど──今の私はツカエミヤですもの。侍女として、深々頭を下げるだけに留める。


「殿下!わたくし、殿下に相応しいお茶を持参して参りましたの!ぜひともこの場にいる皆さんと……!」

「好きにしたら」

「ありがたき幸せにございますわ。ツカエミヤ!お茶を用意して!」


 茶会の処刑人と呼ばれている変態令嬢の真骨頂は、気に食わない人間に淹れたてのお茶をぶち撒けることにあるのよね。

 彼女の行いが以下に非常識であるかを知らしめるためには、やられたことをやり返す必要があるわ。


 さぁ、今がチャンスよ!


「あ……っ」


 私はわざとらしく足が縺れたふりをして、冷めた紅茶が入ったティーカップを人数分トレイに載せたまま、前のめりになる。

 ここで第二皇子が私に手を差し伸べても、変態令嬢が飲むのは冷えた紅茶。何故淹れたてではないのかと怒りで我を忘れ、第二皇子の前で怒鳴り散らすんでしょうね。


 さぁ、第二皇子はどうする?


 変態令嬢を星空の女神と認識していれば、私ではなく彼女を庇う可能性もあったけれど──彼が変態令嬢を無碍に扱えないのは、公爵令嬢だからだわ。

 ミスティナが星空の女神と呼ばれていた時に、あれだけベタベタと触れてきたんですもの。

 変態令嬢が星空の女神でないことは、しっかりと理解しているはずよ。

 だから……。


「きゃあ!」


 わざとらしい変態令嬢の悲鳴を聞いても、第二皇子は微動だにしなかった。さすがは沈黙の皇子と、呼ばれるだけのことはあるわね。

 私は勢いよく地面に転がり、冷えた紅茶を変態令嬢御一行様にぶち撒けた。


「へぶっ」


 放物線を描き、ティーカップが勢いよく地面にぶつかって割れる音がする。

 私は自然な動作で地面に転がるように計算したせいで、うまく受け身を取れなかった。


 地面にぶつけた額が、ジンジンするわ……。


 変身魔法を使っている間の痣や怪我は、変身魔法を解除した時にミスティナの身体へ引き継がれるから、厄介なのよね。


 ツカエミヤが額に痣を作ったことは、第二皇子も目にしているもの。

 私が変身魔法を使えると覚えていれば、私の正体が露呈しかねないわ。気をつけなければ……。


「ツカエミヤ!」


 第二皇子が沈黙の皇子と呼ばれる所以を炸裂させていれば、変態令嬢はツカエミヤを怒鳴りつけた。私は身体を怖がらせ、怯えた表情でゆっくりと顔を上げる。


「第二皇子の前で、何たる無礼を……!」


 鬼の形相と呼ぶに相応しい彼女はワナワナと両手の握りこぶしを震わせ、私を怒鳴りつけた。

 ツカエミヤ本人であれば、今頃地面に頭を擦り付けて、謝罪をしている頃でしょうね。

 弱者を怒鳴りつけることで愉悦に浸る変態令嬢の欲望を叶えるのは癪に障るけれど、この場で謝罪をしないのは侍女としてありえない。

 ここは黙って、拳を受け止めるべきだわ。


「アンジェラ様!ドレスの裾が!」


 私が慌てて殴られると、目を瞑った時だった。


 変態令嬢御一行様の一人が、悲鳴を上げたのは。謝罪をしようとしていた私は、人知れずニヤリと口元を緩ませ、恐る恐る瞳を開く。


「な、なっ、なんてこと……!?」


 私の小細工は、しっかりと実を結んだようね。

 なけなしの変身魔法でドレスを変質させてたのが、公をなしたみたいだわ。

 変態令嬢のドレスは私の変身魔法によって、水で溶ける素材に変化させておいたのよね。

 私が不注意と称して変態令嬢に水をぶち撒ければ、変態令嬢は文字通り、第二皇子の前で所々ドレスの布が破けた姿を披露することになった。


 弱者を屈服させて愉悦に浸る変態令嬢には、そうした姿がよくお似合いだわ。


「どうなっているの!?ツカエミヤ!一番高級なドレスを着せろと言ったのに、一番みすぼらしいドレスをわたくしに着せたわね!?」

「ご、誤解です……!」

「一番高級なドレスが、こ、このように破けるわけがないでしょう!?」


 顔を真っ赤にして激昂する変態令嬢は、所々水に濡れて破けたドレスを手で隠すことすらせず、怒りで我を忘れて私へ怒鳴り散らした。


 茶会の処刑人、本領発揮ね。


 沈黙の皇子だって、目を丸くしているわ。従者は眉を顰めてドン引きしてる。

 今にも平手打ち飛んできそうな程の激昂っぷりに身構えていれば、変態令嬢は思いがけない行動を取った。


「口答えするな!」


 変態令嬢は椅子から立ち上がると、先程まで座っていた木製椅子の足を両手で持ち上げると、勢いよく振りかぶった。

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