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家族会議

 王都の夜会に参加した後。

 寝る間も惜しんだ馬車は、領地までの道をかっ飛ばす。

 夜道は危険だから、普通の貴族は馬車を走らせたりしないけれど──ライバルがいないからこそ、渋滞が起きることもなく快適なのよね。


 領地内に到着した私は、お兄様と別れて馬車を降りた。

 手紙が速達で送付されて来たとしても、僻地に到着するまでは時間が掛かるわ。午前中までに新たな迷える子羊を見つけ、依頼を受けて行方を眩ませればいいだけよ!完璧な作戦ね!


 問題は都合よく迷える子羊が、カフシー領地内で助けを求めているかわからないってことかしら。

 私は神に祈りを捧げ、迷える子羊が姿を表すように願った。


「ごきげんよう、祭司」


 祭司は穏やかな微笑みを浮かべ、私を迎え入れた。早朝なのに、相変わらず元気ね。24時間365日助けを求める迷える子羊の相手をしてくれる祭司には、足を向けて寝られないわ。


「ミスティナ様。お務めご苦労様でした」

「ええ。申し訳ないのだけれど、私がロスメルに成り代わっている間やってきた、迷える子羊達の懺悔内容を教えてくれる?」

「もちろんです」


 祭司は求められることがわかっていたんでしょうね。

 当然のように、参拝者リストを私に差し出してくれた。有能な祭司は好きよ。神に生涯尽くすと宣言していなければ、うちに欲しいくらいにね。


「緊急性の高い案件は……」


 アンジェラ・ラヘルバ公爵令嬢。

 元第一皇子の次に我が国で性格が悪いと評判のご令嬢よ。彼女は気に食わない侍女に熱々の紅茶を投げつけ、罵倒し、わがまま三昧な毎日を過ごしている。

 内々で処理されるなら、私達も介入することはないけれど……。

 問題は、彼女から謂れのない加害を受けて苦しんでいるのが侍女だけではなく、複数のご令嬢であることかしら。


 彼女が主催するお茶会は、気に食わない令嬢を吊るし上げる為の処刑場と呼ばれているらしいわ。

 彼女の二つ名は、茶会の処刑人。気に食わない令嬢を痛めつけ、自分が女王様だと言わんばかりの立ち振る舞いをしては、茶会に招待される令嬢を加害しているようね。


「茶会の処刑人……」


 本人の耳に入ったら、大変なことになるわ。普段は本人が居ない場所で、そう呼ばれているようだけれど……。

 もっと悪意を含んだ二つ名が、彼女にはお似合いではないかしら?

 自分よりも身分が下のご令嬢を屈服させることに喜ぶ変態令嬢なんて、茶会の処刑人よりも、よほど相応しい二つ名だと思うわよ。


「彼女は確か、黒髪だったわよね」

「はい」

「……ちょうどいいタイミングかもしれないわね」


 変態令嬢へどのように罪を償わせるか、迷っていたけれど……彼女の処遇は、第二皇子に決めてもらいましょう。

 彼女は黒髪金目。

 第二皇子が私を探すために令嬢たちへ送付される手紙は、彼女の元にも届くはずよ。


 問題は、変態令嬢が手紙を手にする前に、哀れな子羊と入れ替わりが完了できるか怪しいってことだけね。


「ラヘルバ領へ向かうわ」

「ご武運を」


 カフシー家に戻ってこれからゆっくり、羽を休めようとしている所の兄様には、悪いけれど。昨夜馬車の中で散々煽ってきた責任は、取ってもらうわよ。


「お兄様!」


 教会の滞在時間はわずか五分。

 ドレスを翻し、急ぎ足でカフシー家に戻った私は、勢いよく扉を開け放つ。


「お兄様は?自室かしら?」

「大広間で家族会議を……」

「ありがとう!」


 何事かと視線を向けてきた使用人を呼び止め、私はお兄様の行方を探る。

 家族会議をしているのなら……私と第二皇子の密会を、両親に相談している所かもしれないわね。

 お兄様は第二皇子と私を、婚姻させたがってるもの。

 両親も第二皇子が乗り気だと知れば、お兄様を後押しするはずよ。

 私はなんとか家族の手から逃れ、ラベルバ公爵家へ潜入する権利をもぎ取って見せるわ!


「お父様!緊急案件ですわ!」

「ミスティナ……。迷える子羊達よりも緊急度が高いのは、お前の方だろう」

「いいえ、お父様!第二皇子など、その辺で待たせておきなさい!緊急度は私よりも、迷える子羊の方が高いですわ!現場で今も、変態令嬢に迷える子羊は虐げられていますのよ!?」

「ぶっ」


 紅茶を口に含んだお兄様は、私の口から変態なんて言葉が飛び出て来たことに驚いて、勢いよく紅茶を吐き出した。

 その様子を見ていたお姉様は即座に使用人へ床を掃除するよう指示を出し、お母様は頬に手を当て困ったように微笑んでいる。


「どうしたんだ。ミスティナ。変態など……淑女の口から、紡がれるべき言葉ではないはずだが……」

「お父様だって、ご存知のはずよ。茶会の処刑人、アンジェラ・ラヘルバ公爵令嬢の悪行を。アレは自分よりも立場が下の人間を虐げ、興奮している変態なのよ!」

「アホか。公爵令嬢を変態呼ばわりする馬鹿がどこにいるんだよ」

「ここにいるじゃない。目を背けないで」

「わたしは、育て方を間違ったのかしら……?」


 お父様は目頭を押さえて項垂れ、お兄様とお姉様、お母様の3人は顔を見合わせ、一斉にため息をつく。

 悪人をどう呼ぼうが私の勝手じゃない。本人の耳に入るようなことがないよう、気をつければいいだけだわ。


「私はアンジェラ・ラヘルバに罪を償わせる為、ラヘルバ公爵家に潜入するわ!お父様、お兄様。私に協力しなさい!」

「ロスメルの件が終わったばっかだってのに、もう次の案件をこなすのかよ。魔力だって回復しきれてねぇくせに」

「そ、それは……これからどうにかするわ」


 そうだ、魔力回復。お兄様に指摘されるまですっかり忘れていたけれど、私達の身に秘めたる魔力には、魔力の限界量が各々に設定されている。

 私の場合は魔力で満ち溢れていれば、変身魔法の持続可能時間は24時間。

 お姉様は半日。お母様は三時間程度ね。


 お母様のように魔力の限界量が少ない親から、魔力の限界量が大きな娘が生まれることは稀なのだけれど……。


 私は末娘なのに、魔力の限界量だけは、誰よりも尊重されるべき存在なのよね。


 第二皇子に嫁ぐよりも一生独身で家業に専念した方が、カフシー家に貢献できるって所を知らしめなくちゃ!


「そうだわ。魔法回復薬を飲めばいいのよ!」


 失った魔力を時間を掛けて回復する方法は、睡眠や食事を取るのがスタンダードだけれど……。

 時間を掛けてリラックスした状態で過ごせば、個人差はあれど自然と魔力は回復する。


 時間を掛けてゆっくりなんて待ってられない人向けに、アルフォンス公爵家が主体となって開発を行う魔法回復薬が、この国では流通しているのよね。

 アルフォンスの末娘、ロスメルと親友の私は、魔法回復薬を定期的に買い取っているから、カフシーの家には木箱に収納された回復魔法薬が山程保管されているのよ。

 私は木箱の中から魔法回復薬を三本取り出すと、一本をお兄様へ渡して、二本の蓋を開けてがぶ飲みする。


「おい、馬鹿。やめろ!」

「あらあら……」

「迷える子羊を救うつもりが、潜入先で正体がバレて……大騒ぎにならなければいいわね」


 お兄様は私の腕から回復魔法薬を奪い取ったけれど、一歩遅かったわね。瓶の中身は既に空っぽ。中身はすべて私の体内に吸収されてしまった。


「てめぇがぶっ倒れた後面倒な処理をすんのは、俺なんだぞ……!?」

「第二皇子と婚姻することが逃れられぬ定めなどと、お兄様が私に喧嘩を売るからですわ」

「なんでだよ!?関係ねえだろ!」


 お兄様が怒り狂っているのには、わけがある。


 回復魔法薬には、副作用があるのよ。魔力を急速に回復させる代わりに、回復魔法薬を摂取してから半日後を目処に、疲れやすくなったり気分が悪くなったりするの。

 回復魔法薬の正しい用法は、一日一本。最低でも三日開けて次の回復魔法薬を飲むよう注意書きがなされているのよ。

 私はその注意書きを破って、二本一気飲みしている。半日後……早ければ六時間後には、動けなくなってしまうわ。その前に、急いでけりをつけるしかないわね。


 私が第二皇子の呼び出しを反故にすれば、自らこの辺境の地にやってくるとお兄様は断言していたもの。


 ミスティナ・カフシーは病弱。

 その設定を忠実に再現するためには、自ら具合の悪い状況を作り出した方が手っ取り早いわ。

 哀れな子羊は、今も変態令嬢に怯えて暮らしている。さっさと彼女を断罪して、私に会いに来た第二皇子を具合が悪いと告げて門前払いにするには、もってこいの状況だわ。


「お父様。私とお兄様を、メラルバ公爵家に転移させてください」


 二兎を追うもの一兎も得ずなんて、よく言われるけれど──私は二兎を追いかけたら、必ず二兎とも手に入れるわよ。


「無茶に決まってる!お前は休んでろ!」

「騒々しいわよ、テイクミー」

「口出ししてくんじゃねぇ!」

「まぁ。お姉様に向かって、なんて酷い口の聞き方なの?」

「うるせー!俺を止めるくらいだったら、こいつを止めろよ!」

「ミスティナに何を言っても、止まらないわ」


 お兄様は大騒ぎしているけれど、私はお兄様ではなくお父様はお願いをしているの。お兄様がどれほど大騒ぎしようとも、お姉様も私の味方でいてくださる。

 お父様が転移魔法さえ発動してくれたら、こちらの価値だわ。


「──ミスティナを哀れな子羊の前に送り出す為には、条件がある」

「第二皇子との婚姻以外なら、聞き入れるわ」

「親父!」


 お兄様は条件付きで転移魔法の使用を許可しようとするお父様を批難するけれど、私が優位であることは変わりないわね。

 先に第二皇子と婚姻以外とこちらも条件を提示しておけば、条件だって大したことはないはずですもの。

 この勝負は、私の勝ちね!


「半刻以内に、蹴りをつけてきなさい」


 お父様は比較的達成しやすい条件を私に持ち出してきた。

 12時間もあれば、問題を解決するには充分だわ。


「わかりました。お約束致しますわ」

「ふざけんな!」

「ミスティナを頼む」

「オレは知らねぇぞ……!」


 お兄様はお父様に吠えていたけれど、この決定が覆されるようなことはなかった。

 後で具合が悪くなろうが、哀れな子羊さえ救えれば、どうでもいいわ。


「では、行ってまいります」

「勝手に決めんじゃねぇよ!」


 覚悟を決めた女は強い。

 私は魔力回復薬を手にしたお兄様の腕を掴むと、お父様の転移魔法でラヘルバ公爵家へ転移した。

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