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未来の幸せな日々(完)

 王城に蔓延る悪魔どもを秘密裏に蹴散らし、我が国の危機を守ることは、簡単なことではなかった。

 気が遠くなるほど、悔しい思いをして。悲しい思いや、理不尽を実感したけれど──未だ折れることなく代行業を続けていられるのは、テイクミーが私を支えてくれるから。


「ミスティナ」


 テイクミーに呼ばれた私は、笑顔で振り返る。テイクミーは私達の愛しき我が子を、二人抱き上げていた。


「かーさまー!」

「母様……」


 マジェティアは、テイクミーによく似た元気いっぱいな姉。ミティエは、私に似ている大人しい妹。

 二人は殿下からプレゼントされた星空を連想させる衣服に身を包み、私へ手を振った。


 子どもたちが小さなうちは、代行業を今まで通り続けるわけにはいかない。愛する我が子達を人質に取られでもしたら、大変ですもの。

 実際、妊娠中はありとあらゆる問題に直面して……出産できないんじゃないかと、気が気ではなかったくらいだわ。

 無事に二人を出産できたのが、テイクミーのおかげだったら良かったのだけれど。

 テイクミーには残念だけれど、ある人物が私を守ってくれたからなのよね……。


「マジェティア、ミティエ。陛下をお出迎えする準備はできたの?」

「もっちろん!いつでもバッチリね!」

「母様……。陛下、来たら……。ぎゅって、いい……?」

「おい、ミティエ。父ちゃんじゃ駄目なのかよ?」

「父様……いつでも、ぎゅって、できる……」

「あはは!陛下の方が、レアだもんね~!」

「マジェティア!笑ってる場合じゃねぇぞ!?」

「え~。笑ってる場合だよ~!」


 テイクミーは父親になっても、子どもっぽい所は変わらないのよね。私だけではなく、子どもたちにもからかわれる始末。ミティエはテイクミーよりも、陛下の方が好きみたいだから、仕方ないわね。


「ミスティナ様ー!陛下がいらっしゃいました!」

「ありがとう、ツカエミヤ。陛下を出迎えに行きましょうか」

「なんでオレ達が、クソ野郎を迎えに行かなきゃならねぇんだよ……」

「文句を言わないの」


 テイクミーは何年経っても、陛下のことをクソ野郎と呼ぶ。

 子どもたちに悪影響となるから、やめてと言っているのに……。

 ミティエは陛下を嫌いになるどころか、陛下を好きになっていくのだから不思議なものね。


「あ!陛下だー!」

「陛下……!」

「おい!危ねぇから、暴れんなって!」


 テイクミーが止める暇もなく、真っ先にミティエが飛び出していく。

 マジェティアも妹の後を追いかけて、テイクミーの腕から飛び出してしまった。私は娘達を追いかけることはせず、テイクミーに寄り添った。


「皇帝陛下に、ご挨拶!」

「皇帝陛下に、ご挨拶申し上げまーす」

「出迎えありがとう。マジェティア、ミティエ。ドレスの着心地は、どう?」

「きご、こち……?」

「すっごくいーよ!ミティエも、すっごく気に入ってるんだよね?」

「ん。ミティエ、陛下のこと、好き」

「もー!陛下のことじゃなくて、プレゼントしてもらった服がどうかを聞いてるんだよー?」


 姉妹の会話は、どうにも噛み合っていない。

 陛下は姉妹と身長を合わせるためにしゃがめば、待っていましたとばかりにミティエが殿下に飛びついた。


「またあいつは……!」

「放っておきなさい」

「ロリコン野郎が……。ミスティナが無理なら娘を求めようとするなんざ、鬼畜の所業としか思えねぇ!」

「ミティエが望んでいることよ。好きにさせてあげなさい」

「ち……っ。マジェティアは、クソ野郎に興味はねぇだろうが……!こっちに戻してやんねぇと……」


 テイクミーは、娘達がいけ好かない男に奪われるのが我慢ならないようね。娘たちの笑顔よりも、自分の独占力を優先するなんて……父親失格だわ。


 私はテイクミーの指に自らの手を重ねると、子どもたちの邪魔をさせないようにその場へ留めた。


「ねぇ、殿下!アンバー様はー?」

「アンバー。出ておいで。マジェティアのご指名だよ」

「アンバー様!」


 ミティエは陛下が大好きだけれど、マジェティアは彼の従者であるアンバーが大好きなのよね。

 テイクミーはロスメルやお姉様の息子と、早めに婚約を結びたいようだけれど……私達の娘は二人揃って、同世代の男性に興味を抱けないみたい。一体誰に似たのかしらね。


「マジェティア様……」

「アンバー様!抱っこしてー!」

「……申し訳ございません……」

「ええー?なんでー?ミティエはしてもらってるのに!」

「遠慮する必要はないよ」

「殿下、あったかい。ミティエ、好き。殿下とずっと一緒がいい」

「わたしもー!わたしも!アンバー様と一緒がいいー!」


 アンバーは陛下の隣でと身長を合わせるためしゃがむと、ミティエを抱き上げた陛下に習い、マジェティア渋々抱き上げた。ミティエを抱き上げ満面の笑みを浮かべる殿下とは異なり、その目は死んでいる。

 アンバーは寡黙な男性だから、感情に乏しい。

 幼い娘を抱き上げて喜びを感じる人間ではないのでしょうね。


「あのクソ野郎共……!行くぞ、ミスティナ!」

「何も私まで、抱き上げなくたって……」

「きゃー!母様もお揃いよ!」

「かあさま、ミティエとねえさま、お揃い」


 マジェティアを抱き上げているアンバーは、陛下の影武者として長年従者を勤めている。

 同じ衣服を纏っていれば、見分けがつかないほどそっくりなのよね。


 陛下は優しく微笑むけれど、アンバーは常に無表情。

 子どもたちにもはっきりと見分けられるみたいで、二人はいつだって一目散に愛する人の元へ駆けていくのよね。


 年の差さえ目を瞑れば、二人の娘たちにも……愛する人との幸せな生活を体感してもらいたいけれど……。ミティエの方は、厳しいものがあるわ。

 本気で陛下の妻になり、お世継ぎを産むなんて話になれば……成長を待たずして、嫁ぐことになるでしょうから。


「誰が一番殿方に愛されてるか、勝負しましょう!」

「ねえさま。ミティエ、一番殿下から愛されてる……」

「絶対私が一番、アンバーに愛されてるわ!」

「何いってんだ。こんな中で一番愛を注がれてんのは、ミスティナに決まってんだろうが」


 幼い子どもたちに張り合う必要なんて、ないじゃない……。

 私を抱き上げたテイクミーは、大人気なく優勝は私だと主張した。

 テイクミーが私を抱き上げてやってきたせいで、陛下は微笑みを深める。


「ミティエ。アンバーと一緒に、遊んでくるといい」

「絶対に、や!私、陛下と一緒にいる!」

「僕はミスティナに、話があるんだ」

「あぁ?オレにはねぇよ。さっさと帰れ」

「やっ!ミティエ、陛下と一緒にいる……!」

「大人の会話なんだ。ミティエが聞いても、面白くないよ」

「ミティエ、面白くなくても、いい。陛下と一緒!」

「……しょうがないなぁ」

「アンバー様!あっちで、ツカエミヤとお花を摘みましょー!」


 マジェティアに促されたアンバーは、陛下を気にしながらも、ゆっくりと少し距離を取って花畑に控えていたツカエミヤと合流し、マジェティアと3人で花冠を作り始めた。

 陛下の腕に収まるミティエは、花冠を楽しそうに作る姉を羨ましそうに見つめながらも、愛する人のぬくもりに包まれてうとうと船を漕いでいる。


 これから大人同士の醜い争いが始まるのだけれど……。ミティエの教育に悪そうで、心配だわ……。


「ミスティナ・アクシー。皇帝陛下に、ご挨拶申し上げますわ」

「堅苦しい挨拶なんて、する必要はないよ。僕とミスティナの仲じゃないか」

「あぁ?誰と誰が、親密な仲だって?」

「おじさんは、何年経っても変わらないね」

「せめて、年を取ったと言え!オレとそんなに、年は変わんねぇだろうが!」

「年は変わらないけど、精神年齢は僕が上」

「オレの方が上に、決まってんだろ!?」

「父さま、うるさい……」


 陛下の腕に抱きしめられながら、うとうとしていたミティエが苦言を呈する姿を耳にしたテイクミーは、うっと言葉を詰まらせた。

 愛娘にうるさいと指摘されるのは、流石に堪えたようね。


「娘にも、馬鹿にされてる。父親の威厳がないね」

「いげー?」

「ミティエは、お父さんのことをどう思ってる?」

「父様、うるさい……。ミティエ、陛下が好き」

「あはは。嫌われてるみたいだね」

「お前……覚えとけよ……!」

「ミスティナとミティエ。どっちを僕に譲ってくれるの」

「どっちも譲るか!バーカ!」


 マジェティアが選択肢に入っていないのが、気掛かりだけれど……。

 マジェティアは陛下など、眼中にないものね。仲間外れにしているわけではないからいいかと、私は口を挟まなかった。


「何しに来たんだよ、お前。さっさと帰れ」

「僕はこの国を担う皇帝だよ。わざわざ伯爵家にやってきた僕を、着いて早々追い返そうとするのは君だけ」

「非常識と言いてぇなら、ミティエを開放して表出ろや。ボコボコにしてやる!」

「父様、陛下、ボコボコ……?」

「大人げないわよ。殿下時代ならともかく……不敬罪を問われでもしたら……大事になるじゃない……。」

「父様、めっ。陛下と、喧嘩、駄目!」


 険悪な雰囲気になった二人を止めたのは、船を漕いでいたミティエだ。

 ミティエはテイクミーを叱りつけると、眠気には耐え切れず目を閉じる。


「駄目、だから……」

「ミティエ、眠いなら寝ていいよ」

「起きたら、陛下……帰っちゃう……」

「今日は時間に余裕がある」

「ほんと……?」

「うん。僕は約束を破らないから、安心して。君のお父様は、頭に血が登るとすぐ約束を破るけどね」

「てめぇ……」

「父様……。喧嘩、めっ……。ミティエ、送るまで……ずっと、一緒に……」


 ミティエはその言葉を最後に、眠ってしまった。

 やっと大人3人で話せる状況になったと、陛下はミティエを撫でながら戦闘態勢のテイクミーに話しかける。


「君は毎回僕と会う度怒りん坊になるね……」

「うるせぇな……」

「子どもが生まれて子育てに奔走しているミスティナを横から掻っ攫おうとするほど、鬼畜ではない」

「お前はやってる事と口から出てる言葉が、一致してねぇんだよ」

「そうかな」

「自覚なくやってるからこそたちが悪ぃ。いいか。ミスティナも、ミティエも渡さねぇからな!」


 テイクミーは陛下に渡すくらいなら、お姉様の息子に譲った方がマシだと叫んだ。

 陛下と年の差があるし……私が手に入らないからと陛下が娘を求めているのは、明らかですもの。たとえどれほどミティエが陛下を愛しているとしても……。両手を挙げて祝福するのは、できそうにないわ。


「僕に一生、独身でいろと?王家の血が途絶えてしまうよ」

「お前が自分で選んだことだろうが。ミスティナとミティエに押し付けんな」

「手厳しいな」

「うちに入り浸ってねぇで、公務に集中しろや」

「僕だって、寂しいんだよ。君達のお陰で、王城はだいぶ風通しが良くなったけれど……根絶やしにするのは、僕たちの世代だけでは厳しいものがある」

「魑魅魍魎が蔓延る場所へ、愛した女の娘を誘い込もうとするとか……お前ほんとにサイテーだな」

「テイクミー。陛下が何をしても気に食わないでしょうけど、やめなさい」


 テイクミーが大騒ぎすると、ミティエが起きてしまうでしょう。私が静かにするよう告げると、テイクミーは不貞腐れたように抱き締める力を強めた。


「なんでオレが怒られんだよ。こいつが……」

「ミティエが望んでいることよ。これから、どうなるかまではわからないけれど……」

「なるようにかならない。ミスティナらしいね」


 殿下は独身のまま王位を継ぎ、この国を担う王となった。

 王家の血を途絶えさせるわけにはっかないと、王家の人間はあれこれ手を回しているようだけれど……どれも実を結ばず、陛下は私の元にやってくる。


 陛下は私が手に入らなければ、生涯独身を貫くつもりだったようだけれど。

 ミティエが生まれてからは、その考えも少しだけ軟化して来ているようね。


「ミティエが結婚できる年齢になるまで、僕は待つよ」

「親子丼を狙ってんじゃねーよ。くたばりやがれ。ほんとサイテーだな。蹴り飛ばすぞ」

「テイクミー……」

「父親ー!母様ー!陛下ー!花冠が、できたわー!」


 ほら。またすぐそうやってすぐに、喧嘩を売るのだから……。

 テイクミーの愛は変わらないどころか、娘たちが産まれても大きくなっている。

 代行業の最中だって、遠くから隠れて私の様子を見守ることすら、できないほど……私を愛しているのよね。


 私はテイクミーの愛を受け取り、不幸を感じることなく生きてきた。

 テイクミーの妻になれてよかったと。今は心の底から、そう実感できるわ。


「マジェティアが、呼んでいるわよ」

「全員分、作ったの!」

「マジェティア様は花冠がお上手ですね」

「アクシー様の分が、一番豪華なのよ!」


 マジェティアはツカエミヤに褒められて、嬉しそうにアクシーの頭へ載せられた花冠を指さして笑った。


 私達は3人並んで、マジェティアたちと合流する。


「おい。なんでミスティナの隣を歩いてるんだよ」

「テイクミー、ミスティナ、僕の順で歩くことに、問題があるとは思えない」

「問題しかねぇんだよ!」


 テイクミーは何度言っても殿下の一投足が気に障り、大声で怒鳴り散らす。

 手負いの獣にしか見えない彼が、とっても優しく愛に溢れた人物であることは……私だけが知っている。


「母様!」

「ありがとう。マジェティア」

「えへへ。みんなお揃いね!」


 マジェティアは全員の頭に花冠を乗せ、アクシーに飛びついて抱っこをねだった。無言でアクシーに抱っこして貰ったマジェティアは、大喜びしている。

 幸せな時間は、長くは続かないとわかっているけれど……。

 私は一分一秒でも長く、この時を。

 大切にしたいと思っているわ。


「ミスティナ」

「はい、殿下」

「テイクミーと婚姻して、よかったと思う?」

「もちろんよ!」


 殿下には申し訳ないけれど。

 愛のない婚姻をするよりも。

 テイクミーと婚姻した今の方が、私は幸せだと思うわ。

 愛しい人に愛されて。二人の娘を育てながら、自分がやらなければならないことに没頭する生活は──テイクミーと一緒でなければ、得られなかった。


「私は今、とっても幸せ!」

「ミスティナ……」

「愛しているわ、テイクミー」


 私は呆けているテイクミーへ愛を囁くと、マジェティアの元へ走り出した。

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