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あなたは私の、頼りがいのある人

 

「ミトラ!そいつを始末しろ!」

「ああああ……っ!」

「ミスティナ様……っ!」


 愛する男から命じられた女は、絶叫しながら私へ短剣を振りかぶる。

 この距離感からして、ツカエミヤは間に合わないでしょう。

 二対一では、私の勝ち目はないに等しい。挟まれたら終わりだわ。


 私の身に、危機が迫った時──対策を考えるべきだと、テイクミーは苦言を呈していた。

 私は危機に陥ることなどないからと突っぱねたけれど──大きな間違いだったようね。


 私は今、危機に瀕している。

 このままだと、助からないかもしれない。


『ミスティナ』


 脳裏に過るのは、笑顔で私を呼ぶテイクミーの姿。

 私は、テイクミーのことが……。小さな頃から、ずっと好きだった。


『ミスティナは仕方ねぇなぁ』


 小さな私を優しく見守り、時には手助けしてくれた人。


『悲しくねぇよ。オレがいるだろ』


 私が泣いている時、テイクミーは優しく背中を撫で、慰めてくれた。


『ミスティナ。愛してる』


 テイクミーから囁かれる愛の言葉には、様々な感情が宿っている。

 私が好きでたまらないと瞳の奥で訴えかけているくせに、その気持ちが表に出てくることはない。

 妹として私を愛することこそが、私の幸せだと勘違いして……気持ちを押し留めていた。

 私はテイクミーの気持ちを知りもせず、彼を揺さぶり──その度に彼は、私に対する愛情を大きくしていったのよね。


 ずっと気づいていなかった。

 私自身の気持ちは、テイクミーと出会った時から──心に決まっていたのだと。


『オレはテイクミー。ミスティナのお兄様だ!』


 テイクミー。私のお兄様。

 旦那様となった今だからこそ、私はあなたに、素直な思いを伝えられる。


 愛しているの。テイクミー。


 その言葉は、面と向かって彼に伝えなければ意味がない。だから私が今、口に出すべき言葉は──。


「助けて、テイクミー……っ」


 彼に助けを求める、切実な言葉だ。


「──ミスティナっ!」


 私の祈りは、テイクミーの元へ届いたみたいだわ。

 テイクミーは大きな図体をその場に見せると、短剣を手にするアンエム伯爵を容赦なく殴りつけた。


「アンエム様……!」

「オレがミスティナを傷つける野郎に、手加減するわけねぇだろうが!」

「きゃあ!?」


 私は慌てて変身を解除し、勢いよく叩きつけられたアンエム伯爵を見ている場合ではないとミトラへ視線を移す。

 私に仇なす者は、女子どもであろうと容赦はしない。

 テイクミーは、キレていた。

 力いっぱいミトラをふっ飛ばしたテイクミーは、ゴミを掃除が済んだことを喜びながら私を軽々抱き上げる。


「おい、侍女!撤退すんぞ!」

「ひゃ、ひゃい……!」

「待って」


 派手に暴れた自覚のあるテイクミーは、騒ぎとなる前にさっさとずらかるぞと撤収の準備を進める。

 私はテイクミーの胸元を手繰り寄せ、止まるように告げた。


「相手はミスティナへ、牙を向いた不届き者だぜ!?施しなんざ必要ねぇだろ!?」

「ミトラに、伝えたいことがあるの」

「ミスティナ……っ!」

「何があっても。テイクミーが私を、守ってくださるでしょう?」

「くそが……っ」


 顔を真っ赤にしたテイクミーは、唇を噛み締めて苦虫を噛み潰したような表情をしながらも、渋々ふっ飛ばしたミトラの元へ歩みを進めた。


「どんな罪でも喜んで実行するなど、愛している相手にだって、軽々しく口に出すものではないわ」

「うるさい……!あなたに私の、何がわかるのよ……!」

「私はあなたの願い通り、ラエトを救ったわ。感謝される謂れはあっても、殺害される謂れはないの」

「殿下に色目を使った売女のくせに……!」

「殿下が勝手に私を星空の女神と崇め、好きになっただけよ。私は殿下に言い寄られる前から、たった一人の男を愛していたの。ただ、その気持ちが表に出てこなかっただけ……」

「複数の男に愛されました自慢なんて、聞きたくもないわ!」


 テイクミーは口を挟んでこなかったけれど……。殿下以外に好きな男がもう一人いたのかと、勘違いされそうなのが恐ろしくてたまらない。

 私が好きなのは、テイクミーよ。他の男など、眼中にもない。

 私はその思いが、テイクミーへ伝わるように。襟元を掴む手へ、力を込めた。


「私なら、あなたの願いを叶えられたのに……。取り返しのつかない所まで落ちたあとに、相談されても。どうしようもないことだってあるのよ」

「あなたに助けてもらおうなんて、おもってないわ!私が信じているのは、アンエム伯爵ただお一人よ!勝手に同情して、私を下に見るな!」

「ミスティナを始末したてめぇに、最大限譲歩してやってんだ。ミスティナの優しさを仇で返すなんざ、生きてる価値もねぇ女だな」

「だったらこの場で殺しなさいよ!」

「テイクミー。やめて」

「でもよ……」

「私はやられたことを、やり返してほしいなど思っていないわ。命が繫がり、テイクミーと共にいられるのなら……それだけで私は、幸せですもの」

「ミスティナ……」


 哀れな子羊を救うために、やり返すのとはまた別問題だわ。

 私は命さえ繋がっていれば、どうなろうが構わない。

 彼女にだって、私の想像にも及ばないつらい経験があったはずですもの。

 私に対する殺人未遂当然、償わなくてはならないでしょうけれど。


 私がそれ以上を望まなけれは、テイクミーだって怒りを収めてくれるはずよ。そうだわ。この作戦で行きましょう。


「あなたにだって、愛している人がいればわかるでしょう!?愛している人の為なら、なんだってやりたいと思うことを……どうして責められなければならないの……!?」


 ミトラは大粒の涙を流しながら、私に訴えかけた。

 テイクミーを刺激しないよう、私が決意を新たにした途端、ヒートアップするのはやめてほしいのだけれど……。


 私は彼女の立場を、自分に置き換えて考える。

 テイクミーが悪行に身を染め、私に愛を囁いてきたら。私は、彼女のように……共に闇の中へ身を染めるかしら……?


「愛しているなら!共に地獄まで落ちることは当然のことよ!共に地獄まで落ちる気がないなら、本当の意味で彼を愛してなどいないんだわ!」

「状況や考え方によって、正解は異なるもの。一概には、当てはめられないわよ」

「答えを出さずに、私達を失敗作扱いして逃げるの!?」

「矛先を、間違えてはいけないわ。

 あなたが思いをぶつけるべき相手は、私ではなくアンエム伯爵に対してだわ」

「大きなお世話よ!」

「大きなお世話で結構。私は神の代行人として、神の言葉をあなたへ伝える義務がある」

「嘘つき……!」


 ああ言えばこう言う女と、やり取りするのは疲れるわね。

 彼女は愛する男と地獄へ落ちる決断をして、失敗した。それだけのことよ。

 私が嘘つき呼ばわりされる謂れも無ければ、彼女と私を同一視する必要もない。


 テイクミーは、常に正しくあろうとする人ですもの。

 闇に染まったりなどしない。

 私の愛すべきお兄様はいつだって私を見守り、慈しみ、愛を注いでくれるのよ。


「アンエム伯爵」

「殿下を誑かした売女め……。私へ話しかけてくるな」

「あなたには、数え切れないほどの罪がある。これからあなたは、人生を掛けてその罪を償わなければならない」

「私は罪を犯した記憶など存在しないが。誰かと間違って居るのではないか」

「いいえ。すべてあなたの罪よ。あなたの身柄を自警団へ明け渡す前に、一つだけ教えてほしいことがあるのだけれど」

「私は貴様に、話すことなど何も無いが」


 アンエム伯爵は私に質問されるいが、嫌で仕方ないみたいね。

 私も少しだけ苛ついたくらいですもの。テイクミーがいつまで大人しくしてくれるか、わかったものではないわ。

 さっさと決着を、つけてしないましょう。


「あなたはミトラを、一人の女性として愛しているの?」


 ミトラはアンエム伯爵を、心の底から愛していた。共に罪を犯してもいいと考えるほどだ。ミトラにとってアンエム伯爵は、命よりも大切な愛する男なのでしょうけれど……。


「この女は、駒の一人でしかない。愛だの恋だのに現を抜かしている時点で、未熟な女だ。未熟な女を利用することはあっても、愛することはない」

「ああ……っ。ああぁああぁ!」


 男が同じだけ、女を愛しているとは限らない。

 アンエム伯爵の答えを耳にしたミトラは、泣きじゃくり絶叫する。

 今までアンエム伯爵に尽くしてきた日々は、一体何だったのだと、後悔しながら──。


 *


「ミスティナ様……!どうして無茶をするのですか!?」


 ミトラとアンエム伯爵を自警団へ引き渡してきた私達は、カフシーに戻ってきた。

 ツカエミヤは私が心配で堪らなかったようで、わんわん泣いている。


 テイクミーは私を抱き上げながら、至近距離で紡がれるツカエミヤの絶叫にうんざりしているようだった。


「うるせぇな……。黙れ。てめぇは何もしてねぇだろうが」

「何もしていなくたって!ミスティナ様を心配する気持ちは一緒です……!」

「悲しませてごめんなさい。ツカエミヤ、大丈夫よ。私は生きているわ」

「ミスティナ様……!」

「いい加減にしろ!」


 ツカエミヤは私を抱き上げるテイクミーと一緒に、抱き締めようと両手を広げる。

 嫌がったテイクミーは私を抱き上げたまま自室へ全力疾走すると、鍵を掛けてツカエミヤを締め出した。


 テイクミーはツカエミヤが邪魔になると、いつもこうやって二人きりになろうとするのだから……。


「テイクミーも、まだまだ子どもね」

「あぁ?オレが子どもなわけ、ねぇだろうが」

「図体の大きな子どもだわ」

「子どもじゃねぇってこと、思い知らせてやろうか?」


 テイクミーは勢いよく私をベッドに放り投げると、組み敷いてきた。


 そうやってすぐに力でねじ伏せようとする所が、子どもっぽいと言っているのがどうして理解できないのかしら?

 私はどう反応すればいいかわからず、困ってしまった。


「テイクミーは私と営むために、私を部屋に連れ込んだの?」

「……そうじゃねぇけど」

「そうじゃないなら、まずはツカエミヤの前ではできなかったことをしなさい」

「ミスティナ……」

「私はテイクミーを、愛しているわ。ちゃんと、受け止めるから。遠慮なんていらないわよ」

「ミスティナ……っ!」


 テイクミーは私を抱き締めると、そのままベッドをゴロゴロと横に転がる。

 体制を入れ替えた私は、テイクミーの胸へ寝転がるようにして、ぬくもりを確かめあった。


「オレが一番最初に、ミスティナが無事なことを喜ぶべきだろ」

「一番も二番も変わらないわ。私を心配してくれたの?」

「心配しないわけ、ねぇだろうが……」

「そうよね。テイクミーは、私を愛しているもの……」


 私はありがとうと言葉にするよりも、態度で示した方が良いだろうと判断して、テイクミーの胸元へ強く頭を押し付ける。こうしていると、心臓の音がよく聞こえるわね。

 ドキドキと高鳴る心臓の音は……私の音?

 それとも、テイクミーの音かしら。


「ミスティナが襲われているのを見たオレが、どんな気持ちでいたか……あんまり理解してねぇだろ」

「私のことを心配してくれたからこそ、助けてくれたのでしょう?さすがに、今回ばかりは死を覚悟したわ。テイクミーが助けてくれなかったら……今頃私は、死んでいたでしょうね」

「だから言ったろ。余裕ぶっこいてっから、こうなるんだ。テルーゼンの身柄を確保した時点で、合流するべきだったんだよ。それをお前は……」

「お前ではなく、名前で呼びなさい」

「今はお前で充分だ」

「なら、テイクミーもお兄様呼びで十分ね?」

「なんでだよ」

「お兄様が言ったんじゃない……」


 自分がやるのはいいけれど、他人にやられるのは嫌なテイクミーらしい反応ね。

 テイクミーは私の頬を引っ張り、呼び方を直せと強要した。

 本当にもう……。私の旦那様には、困ったものね。


「いいか。たった一人で複数人の相手は無理だと思え。このまま代行業を続けることは止めねぇけど、断罪する相手は一人だけにすると約束しろ」

「私がテイクミーと約束しても、悪人が一日1人だけ姿を見せるとは限らないわ。チャンスがあるなら……」

「やめろ」

「テイクミー。私を心配してくれるのは、嬉しいけれど……。私は迷える子羊の、悲しむ顔は見たくないのよ」

「駄目だ。守れねぇなら、カフシーの家からは出さねえぞ」


 監禁宣言など、穏やかではないわね……。

 私の頬から手を退けたテイクミーを見つめ、私は彼の髪を撫でる。

 サラサラして、触り心地のいい髪ね。

 こうしてテイクミーに触れていると、自分が生きていることに実感が湧く。


「考えておくわ」

「今すぐ返事しろ」

「あら、今すぐに返事をしたら……こうしてテイクミーと、幸せなひとときを過ごせなくなってしまうじゃない」


 テイクミーは目を見開くと、呆けた表示をした。私の言葉が理解できずに、固まっているようね。私はテイクミーが固まっているのをいいことに、彼の額に口づけた。


「愛しているわ、テイクミー。これからも、私を影から支えてね」

「当然だ。全方向から堂々と、ミスティナを守ってやるよ!」


 自信満々なテイクミーの言葉を聞いた私は、微笑みを浮かべて彼と唇を触れ合わせた。

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