あなたは、だれ?
テルーゼンはかつて、王家お抱えの仕立屋だった時もあるほど、有名な仕立屋よ。落ちぶれても、王城の人間とは繋がりがあるようね。繋がりがあると言ってもいい意味ではなく、悪い意味でだけれど。
王城に蔓延る悪魔のリスト。
その中に、テルーゼンの名前はなかったけれど……。
殿下に仇なす不届き者と繋がっているのは、間違いなさそうだわ。
問題は、リストに名を連ねるどこの誰と繋がっているのかが、わからないだけ。
もっと情報を引き出したい所だけれど……ミトラは末端。
大したことは知らないでしょう。
危険を承知の上で、乗り込む必要がありそうね。
「お姉ちゃん!」
「ど、どうしたの……?」
「私のこと、助けたいんだよね?」
「う、うん……っ」
「私に、協力して!」
「も、もちろん……!」
ミトラの言質を取り付けた私は、真正面からテルーゼンの店へ押しかけることにした。
きっと今頃、私の様子を見守っているテイクミーとツカエミヤは、大慌てしている頃でしょうね。
なんの相談もなく乗り込むなと、後でこっぴどく叱られてしまうかもしれないけれど……。危険を顧みることなく飛び込んだ方が、貴重な情報を得られることだってあるのよ?
「ごめんくださーい!テルーゼン様は、いらっしゃいますかー?」
「貴様!いつ私が、手を休めて工房から出てきていいと言った……!」
「きゃあ!?」
テルーゼンらしき男は目を吊り上げると、私の腕を引っ張った。
隣にミトラがいて、手を繋いでいることなど全く気にした様子がない。
テルーゼンが興味を持っているのは、ラエトだけのようね。どうして姉のミトラには、興味を持っている様子がないのかしら……?
「さっさと持ち場に戻れ!」
「やだ!お姉ちゃんと一緒にいる……!」
「……はっ。姉、だと……?」
テルーゼンはラエトとミトラが、姉妹であることを知らなかったのかしら……。私がミトラを姉と呼べば、テルーゼンはミトラを睨みつけた。
「アンエム伯爵の犬が一体、何の用だ」
「妹を、返してください!」
アンエム伯爵ですって?
テルーゼンの口から飛び出てきた名前に驚きすぎて、ミトラの手を離してしまった。
アンエム伯爵は、娼館を営んでいたはずよ。あまり評判がいいとはいえないそこには、怪しい薬を飲んで頭がおかしくなった女性や、何かしらの問題を抱える女性が暮らしていたはず。王城に蔓延る悪魔に名を連ねていたのは──恐らく、女性に対する扱いが原因ね。
あの娼館で暮らしていても、正常で居られる女性など……今まで存在していなかったはずだけれど……。
ミトラはアンエム伯爵にとって、特別な存在なのかしら?
「また貴様か!何度来ても無駄だ!お前の妹は、私が有効活用してやっているんだぞ?!感謝されることはあっても、怒鳴りつけられるいわれはない!」
「返して……!お願い!返してください……!」
「黙れ!」
「きゃあ!」
テルーゼンはミトラを突き飛ばし、私を店の奥へ引っ張っていった。
さて、これからどうしようかしら。妹が生きているなら、連れて行かれた先で鉢合わせてしまうわ。
ドッペルゲンガー、実は双子だったと、言い逃れが出来ればいいのだけれど。
いまいち信頼できないミトラの願いは、ラエトの救出。
テルーゼンの工房で、針子として働かされているラエトを助けるには、テルーゼンを断罪しなければならないのよね。
こうなってしまった以上、口から出任せの当てずっぽうで、自供を促すのが一番だわ。
覚悟を決めた私は、テルーゼンの工房に引き摺られ──ドレスを縫っていた本物のラエトと、顔を合わせる事になった。
「え……?わ、わたし……?」
「ラエトが二人だと!?貴様は……!」
ラエトは青白い顔で、ドレスを作っている。
テルーゼンに突き飛ばされた私を見て、どうして自分と同じそっくりな顔をした人間をいるのかと驚いているうね。
私はラエトの手を取り、顔を近づけて微笑む。
「どっちが本物のラエトだろう?」
「ふざけるな!」
「ふざけてるのは、どちらの方かしら」
ミトラは敵の可能性が高いけれど、ラエトは状況が読み込めず震えている辺り、私へ危害を加えることはなさそうね。
さっさとテルーゼンを無効化して、この場を立ち去りましょう。
「あなたはテルーゼンの工房で、何一つ自分の作品を作ったことがない」
一級品のドレスが、粗悪品に変化したのは長年勤め上げた職人が工房を去ったから。焦ったテルーゼンは、ドレスを縫える針子を募集することにした。
そこで白羽の矢が立ち、工房へ連れてこられたのがラエトだ。
ラエトは辞めた職人と、同じ魔法が使えたのでしょうね。テルーゼンはラエトにドレス作りを強要したけれど、ラエトは先代と同じレベルのドレスは作れなかった。
テルーゼンのドレスは長年勤め上げ蓄積されたドレスの集大成。素人が真似したって、簡単には美しきドレスなど作り上げられない。
テルーゼンの名は地に落ちたけれど、それでも仕立屋を閉めるわけにはいかないテルーゼンは、ラエトを捕らえ働かせ、続けている……。
「で、でたらめだ!」
「あなたが自分でドレスを生み出していたなら、突然ドレスのクオリティが下がるわけないでしょう。焦っているのは、図星だからよ」
「何を根拠に……!」
「ある時から、ドレスの裏側には刺繍がつけられるようになった」
「なんだと?」
「模様にしか見えないそれは、見る人が見れば、助けを求める声だとわかるものだった」
「エトラ……!私の知らぬ所で、外部に助けを求めていたのか……!?」
「ご、ごめんなさい……!ごめんなさい……!」
エトラはドレスの裏へ、模様に見立てた助けを求める一文を丹精込めて刺繍した。テルーゼンの悪評が急激に広まったのは、この刺繍を目にしたご令嬢が、茶会で広めたから。
エトラは刺繍をしていたと認めた。
販売したドレスをどこからか借りて来れば、簡単に真実が明らかになる状況で……言い逃れができるほど、甘くなくてよ。
「くそ……っ!」
この場は密室。
女子どもが二人と男が1人の状況で、口封じを試みてもおかしくはない状況だったけれど──テルーゼンは、踵を返す道を選んだ。
私達二人をどうにかしようとするのは、リスクが高いと判断したのでしょうね。こちらとしては、都合がいいわ。
テルーゼンは小物。私が対決しなければならない敵は、別にいるものね?
「あなたは……」
「ミトラに頼まれて、あなたの姿を借りているの。私は、神の代行者。あなたを助けに来たわ」
「わたしを……?助けに来てくれた……?神様……?」
「そうよ」
「かみ、さま……!かみさま!助けて……!もういや……っ!ここから出して……!」
「落ち着いて。大丈夫よ。私と一緒に行きましょう」
ラエトの背中を擦りながら、私はゆっくりと、来た道を戻る。
途中でどこからか、ドコバコと大きな音が聞こえてきたけれど……きっと、気の所為ね。
テイクミーが後処理をしていると、信じましょう。
「うぅ……っ。うぅう……!」
「もう、大丈夫よ。すぐにミトラと、会わせてあげるわ」
「……おね……ちゃん……?」
「ええ。あなたは、ミトラの妹だと聞いているわよ」
「……ミトラって、だれ……?」
啜り泣いていたラエトは、瞳から涙を流しながら私に告げた。
ミトラは誰かと聞かれて、時が止まったのは……気の所為ではないでしょうね。
「あなたの姉を、名乗っていたわ」
「知らない……。わたし、一人っ子だよ……?」
私のことを、油断させる為かしら……。
ラエトが敵であれば、演技力にお見逸れしてしまうけれど。目を丸くしている彼女に、悪意が宿る様子はない。
「……そう。安全な場所に行きましょう。話はそれからよ」
「うん……」
私はラエトを孤児院に送り届けてから、ミスティナの姿に戻る。
ラエトはニコニコと笑顔で、孤児院の中に消えて行った。
依頼は完遂したけれど……。ミトラはどこへ行ったのかしら?