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密告の手紙と、偽物

「親父、いるか?」

「どうした。夫婦揃って……」


 テイクミーはお父様のことを、今まで通り親父と呼んでいる。

 私とテイクミーは、書類上は従兄弟同士。

 テイクミーから見ると、お父様は叔父に当たるのだけれど……。義父でもあるから。

 今更叔父と呼ぶより、今まで通り親父と呼び続けようと決めたみたいだわ。


「まずはこれを見ろ」


 テイクミーは懐にしまい込んだ例のリストをお父様へ渡し、目に焼き付けるよう告げた。

 お父様は上から下まですべてを確認し終えると、私達に剣呑な眼差しを向ける。


「これをどこで、手に入れた」

「殿下の側近が、私宛に認めてきたの。私が目を光らせていなければ、誰も内容を確認することなく、テイクミーが燃やしてしまう所だったのよ」

「テイクミー……」

「オレを可哀想なもの見る目で、見て来るんじゃねぇよ!」


 テイクミーが未開封の手紙を焼却処分していたのは、私に対する愛が重すぎるからですもの。

 お父様がテイクミーの不出来さを嘆くのも、無理はないわね。


「このリストを確認した人間は、お前達夫婦だけか」

「ええ。私が見つけてテイクミーに渡し、まっすぐにお父様の元へ向かったわ。声にも出してはいないから、ツカエミヤにだってリストに記載された人物までは、悟られてはいないはずよ」

「そうか。このリストに名を連ねた人間は、私達がカフシーの家名と人生を掛けて、始末しなければならない者たちだ」


 そうでしょうね。

 テイクミーはお兄様から宣言されるまでもないと、私を抱き上げたまま鼻で笑った。


「ミスティナの幸せを願うあまり、我らカフシーは王命に背いた。これは由々しき事態である。ミスティナが星空の女神であることは、限られた人間しか知らないが……。殿下がミスティナ求め続ける限り、奴らはそう遠くない未来に、ミスティナを狙うだろう」

「私は狙われたとしても、ただでやれるような人間ではなくてよ」

「そうだろうな。現実がどうであれ、もしもの可能性は常に考えておくべきだ」

「何をどう考えておけって言うんだよ」


 テイクミーが不満そうなのも、無理はないわね。テイクミーは自分さえいれば、私を守りきれると信じているもの

 私だけながら、抱き上げて撤退すればいいけれど……。

 ツカエミヤもとなると、自分たちの足だけでは逃げ切れないことも考慮しなければならないでしょうから。


「地獄耳の侍女を新たに雇い入れたことは、カフシーへ有利に働く。任務の際は、常に侍女と行動しろ」

「ツカエミヤは、カフシーの侍女よ。変身魔法で哀れな子羊へ姿を変えた私が共にいたら、ツカエミヤまで危険に晒してしまうわ」

「カフシーの侍女だとする人物は、そう多くはない。助けを求められたら、王城にも顔を出すつもりだろう」

「当然よ。王城に蔓延る悪魔達は、今も何処かで誰かを苦しませているかもしれないでしょう。私は哀れな子羊たちを、見捨てないわ」

「ミスティナ。依頼者のことばっか考えてねぇで、自分の身体も心配しろよ。カフシーを継ぐ未来の当主は、ミスティナにしか生み出せねぇんだぞ」


 テイクミーは私の身体を案じているようだけれど、邪な考えを持った人間が耳にすれば、最低な発言にしか聞こえないわ。

 お父様が、頭を抱えてしまったじゃない……。


「なんか変なこと言ったか?」

「気づいてないなら、私達も深くは追及しないわ」

「うむ……。とにかく、だ。王城は、悪魔の住まう魔城と考えるべきだ。殿下はツカエミヤがカフシーの侍女だと知っている。万が一の時は、姿を変えたミスティナの力になってくれるだろう」「馬鹿言え!誰があんな奴の施しを受けるって!?オレがミスティナを守れなかったら、難癖つけて離縁させようとするだろうが!するだけは、絶対にミスティナへ近づけてはならねぇ!」

「テイクミー、落ち着いて」

「落ち着いてられるかよ!テリアムがいなければ、ミスティナは……!クソ野郎に奪われちまったかもしれねぇんだぞ!?奪われ返されて、堪るかよ……!」


 本当にテリアムは、心配性なんだから……。


 私を強く抱きしめ、お父様を威嚇した所でなんの意味もないわ。

 私はテリアムの腕へ自ら手を重ねると、優しく擦った。


「私はテイクミーと、ずっと一緒にいるわ」

「ミスティナ……っ!」

「いちゃつくなら、よそでやってくれ」


 テイクミーが感極まって、私を強く抱きしめたからでしょうね。

 お父様は手を左右に動かすと、私達へ部屋に戻るよう告げた。

 もう。テイクミーのせいで、厄介払いをされてしまったじゃない……。


「私は、テイクミーのものよ」

「ああ。ミスティナは、オレのもんだ……!」

「信頼してくれないと、私も哀れな子羊を助ける為に行動を開始できないでしょう」

「助けなくたって、いいだろ」

「それでは、テイクミーと婚姻した意味がないわ」


 殿下ではなく、テイクミーと婚姻してよかった。そう思えるのは、今まで通り心置きなく家業に携わることができるからだわ。

 そのメリットがなくなれば、私はテイクミーと共にいる意味がない。

 殿下の方が良かったと嘘をついても、損しかしないなら……ここはテイクミーの気分が落ち着くまで、好きにさせておくのが正解だわ。


「ミスティナ。愛してる」


 私が哀れな子羊達を救うため、代行業を再開するのは……もう少しだけ、時間が掛かりそうだった。



 *


「どうか!私の妹をお救いください……!星空の女神様……!」


 今、私の前には、救いを求める哀れな子羊が膝をついて祈りを捧げている。

 哀れな子羊と顔を合わせながら、私はある違和感を感じていた。


 ──この娘は……何故私が、星空の女神であることを知っているのかしら?


 星空の女神がミスティナ・カフシーであることを知る人間は限られている。

 そもそも私を、星空の女神と称するようになったのは、殿下がそう呼び始めたからよ。

 哀れな子羊を前にした私は、自らを神の代行者としか名乗っていなかった。


 この娘は哀れな子羊を騙った、まがい物なの?


 私は神へ背くことになんの疑念も抱かない、哀れ子羊へ疑いの眼差しを向けた。


「妹はテルーゼンの針子として、働かされているのです……!」


 テルーゼンはそのまた昔、貴族の娘達へ珍しいボタンを使った美しきドレスを仕立てる店だと評判だったそうよ。今は見る影も、ないのだけれど。


 評判を耳にしてドレスをオーダーメイドしたご令嬢は、完成したドレスが粗悪品だと知って茶会や夜会で盛大に言い触らした。

 たった一度の失敗だったか、常習犯だったのかは知らないけれど──ドレスを仕立てる人間がいなくなれば、当然仕立屋は立ち行かなくなる。

 精巧なドレスを作る張子の給料が支払えなくなり、手芸が得意な孤児を安価で引き取り住み込みで働かせていたのでしょうね。


 哀れな子羊の振りをした獰猛な獣か、哀れな子羊の資格が元々あったけれど、悪い羊飼いに騙されて生贄に捧げられたかわいそうな人間なのかは、化けの皮を剥がして見なければわからない。


 テイクミーは怒り狂うかもしれないけれど……私が星空の女神であると知る女を、野放しにしておけないわ。


「私は罪人に裁きを下す、神の代行者。迷える子羊よ。私に願いなさい」

「妹を、テルーゼンの劣悪な環境から救いたいのです……!どうか!お助けください……!」

「いいわ。あなたの願いを叶えましょう。この契約者に、サインをしてくださる?」


 私はミトラと名乗った哀れな子羊へ、彼女専用の条件が書かれた契約書を差し出した。


 私が星空の女神であることは他言無用。

 私の前で嘘をついていることが発覚したなら、あなた達姉妹の命は保証できない。


「これが、条件……ですか……?」

「ええ。この契約書にサインをしない限り、私は神の代行者として妹を助けることなどできないわ」


 ミトラは命の保証をしてくれないことが、不満で仕方ないようね。

 妹を助けたい。その気持ちを否定するつもりはないけれど──私は無条件で哀れな子羊を、騙っているであろう女を信頼するほど平和ボケしていないのよ。


「……わ、わかりました……」


 ミトラは渋々、契約書にサインをした。

 普段であれば依頼者はお兄様に任せて、私は依頼者へ成り切るのだけれど……。テイクミーと別れるのは、危険な気がするわ。


「妹の名前を教えて頂戴」

「ラエトです」

「妹の姿がわかる肖像画などはない?」

「ラエトと私の肖像画だったら、自宅にありますよ。私の家へ……着いてきて貰えますか……?」

「いいわよ」


 本当はツカエミヤをそばに、置いて置きたかったのだけれど……。

 私が星空の女神だと知っている、得体にしれない女が……最悪の事態を招いたなら。面倒なことになるわ。

 ツカエミヤには私のそばではなく、テイクミーと共に後方支援をして貰いましょう。


 私はミスティナ・カフシーのまま、

 ミトラと並んで歩く。


「星空の女神様は……」

「私のことは、神の代行者と呼びなさい」

「神の、代行者、様……?」

「ええ。あなたはどうして、私を星空の女神と呼ぶの?」


 まどろっこしいのは嫌いよ。時間稼ぎにしか思えない腹の探り合いはやめて、さっさと白黒はっきりさせましょう。

 ミトラは私を不思議そうに見つめながら、当然のように理由を告げた。


「星空のように美しき髪と、星のように輝く美しき瞳を持っているからです!私、星の女神様みたいに美しき方を、初めてみました!」

「大声で私を、星空の女神と呼ばないで」

「ひゃっ。ご、ごめんなさい……!」


 ミトラはわざとらしく謝罪をすると下を向いて、トボトボと歩くスピードを遅くする。

 私を星空の女神と呼ぶのは、殿下だけも特権よ。

 そうはっきり宣言したかったけれど、そんなことを口にしたらテイクミーが怒鳴り込んでくるわ。


 哀れな子羊を語る獣の皮を剥ぎ取る前に、テイクミーに乱入されては堪らない。

 敵か、味方か。

 味方であることは、まずありえないと思っているけれど──早めにはっきりさせておかないと、面倒なことになりそうだわ……。


「神の代行者様は……私達依頼者に成り代わり、問題を解決してくださるのですよね」

「ええ。そうよ」

「どうして神の代行者様は、姿を変えないのですか?」


 あなたのことが、信頼できないからよ。

 馬鹿正直に告げたら、テイクミーが飛んでくるでしょうね。

 私はぐっと唇を噛み締めて、堪える。


「私が姿を変えるべき人間は、あなたではないでしょう」

「……そうでしょうか……?」


 ミトラは理解に苦しみながらも、私を自宅へ誘った。

 さて。本性を見せるならば、二人きりの今がチャンスだと思うのだけれど……。ミトラは私の前で、本性を見せることはなかった。


「あなたの妹は、どんな口調で話すの?」

「ラエトは、私のことをお姉ちゃんと呼びます。いつも元気で、明るくて……」

「年齢は?」

「私は18歳。ラエトは、14歳です」

「そう。ありがと」


 ミトラとラエトの姿が書かれた肖像画を見上げた私は、指を弾くとラストの姿を象った。

 元気で明るくて、ミトラを姉と慕う妹。演技をするのは、得意よ。

 彼女を疑う気持ちは、隠しながら。

 任務を全うしてみせるわ。


「お姉ちゃん!テルーゼンの工房に行こう!」

「……うん……!」


 ミトラは目に涙を浮かべながら、私をテルーゼンのドレス工場へ誘った。

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