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溺愛合戦

「お、遅いですよ!」

「うるせぇな。これでも急いできたんだ。感謝しろ」

「ミスティナ様が連れ去られたら、どうしようかと……!」

「王族だが皇太子だかなんだか知らねぇが、ミスティナは生まれた時からオレのもんって決まってんだよ。外野はすっこんでな!」

「外野はどっちだろうね。おれは正規の手続きを踏んだ上で、ミスティナを求めている。すぐ迎えに来れなくて、ごめん。陛下の了承は得た。会いに来たら、逃げないって約束したはずだよ。オレの妻に、なってくれるよね」


 私は殿下との会話から逃げないと約束しただけで、婚姻に了承したわけではないのだけれど……。

 情緒不安定なお兄様は、傷を追った手負いの獣かと見間違うほどに私を強く抱きしめ、殿下を威嚇する。抱きしめられた腕が腹部に食い込んで、出てはいけないものが出てしまいそうだわ……。


「ミ、ミスティナ様!お気を確かに!」

「だ、大丈夫よ……ツカエミヤ……」

「野蛮な自称お兄さんに、ミスティナは任せられないな」

「それはこっちの台詞だ!バーカ!ミスティナは見ての通り、具合が悪い。さっさと出てけ!」

「ミスティナとの婚姻は王命だと言ったのが、聞こえなかった?独り占めなんてさせないよ。ミスティナが体調を崩したなら、おれも看病する」

「はぁ?婚姻する前からミスティナの旦那ズラしてんじゃねぇよ!」

「君が兄を名乗る限り、オレとミスティナの仲を引き裂く権利はないよね。兄妹同士の婚姻は、神に対する冒涜だ」

「知るかよ。んなもん、律儀に守ってられるか!」

「ひゃあ!ミ、ミスティナ様の清らかなる魂が……!」


 お兄様に強く抱きしめられすぎて、意識が遠のいた私を確認したツカエミヤが悲鳴をあげる。お兄様と殿下はほぼ同時に私の異変に気づき、お兄様は大慌てで私を抱き上げた。


「クソが。退け!」

「ミスティナ……」

「おい、侍女!水もってこい!」

「ただいま……!」


 お兄様が私を抱き上げことに、殿下が羨ましがって言い争いになるとばかり思っていたのだけれど……。私に命の危機が迫っていると勘違いした彼らは、二手に分かれる、見事な連携プレイで私をベッドの上へ移動する。

 先程までいがみ合っていたのに。私のことになると、息をぴったり合わせられるなんて……驚いたわ。

 笑い事ではないけれど……身分の低いものに対して、侍女のように布団を剥ぎ取り、私をシーツの上に横たえる準備を始めた殿下は、見ていて面白かった。


「ミスティナ、ごめんね。君は身体が弱いのに……」


 私の設定を信じている殿下は、ツカエミヤが用意したベッド脇の丸椅子に腰掛け私の手を握り、今にも泣き出しそうな顔をした。泣き虫殿下は、1週間程度じゃ改善できなかったようね。


「大丈夫よ……抱きしめる力が強すぎて、潰れてしまいそうになっただけ……」

「……野蛮な自称兄と、16年も一緒に暮らしていたなんて……よく無事だったね。安心して。これからは、おれがミスティナを守るから」

「殿下……」

「おい、いい雰囲気作ってミスティナを誘導してんじゃねぇよ。オレの許可なく触んな。手を退けろ」

「君はまたそうやって、ミスティナを抱き潰そうとする……。ベタベタと許可なく妹に触れるのは、どうかと思う」


 殿下は我慢してきた分だけ私に触れたくて仕方ないようで、ベッドの上に乗って私の隣に横たわり、背中から優しく抱きしめるお兄様に苦言を呈した。

 恨みがましそうな瞳は、年相応ね。殿下は、どこにでもいる普通の男性だわ……。


「兄妹同士のスキンシップだ。外野にとやかく言われる筋合いはねぇな」

「恋人同士のスキンシップだよね。ミスティナが小さな子どもなら、言い訳が聞くけど……。ミスティナは大人だ」

「こんな中じゃ、オレが一番年上だ。年功序列って知ってるか?オレに従え」

「我が国で何よりも重要視されるのは貴族階級だ。おれは王族、君たちは伯爵。この場で一番権力を持っているのはおれだよ」


 二人は私のことなど気にした様子もなく睨み合う。

 他所でやってくれないかしら……。王命であることを記した書状が届けば、お兄様がどれほど言葉を重ねても私と殿下の婚姻は避けられない。

 私が殿下から逃れる術があるとしたら、書状が届く前にお兄様と駆け落ち──ないわね。お兄様と掛け落ちだけは、絶対にないわ。

 そんなことしたって、私の願いは叶わない。

 すべてを丸く収めるためには、やはり私が殿下と婚姻するしかないわ。


「……お兄様。もう、いいわ……」

「ミスティナ。何いってんだ。オレが守ってやる。こんな奴に、渡さねぇ」

「ミスティナはおれと同じ気持ちなんだ。邪魔しないで。自称お兄さん」

「……王命が下されたのなら、殿下との婚姻は避けられないもの……。書状が本物であることを確認次第、私は殿下と……」

「渡さねぇ……。絶対に渡すもんか……!」


 お兄様は、殿下に私を奪わせたりしないと何度も名前を呟き始めた。

 普段横暴なお兄様が弱っている姿を見るのは心が痛むけれど、お兄様の異常な様子を見た殿下が口を噤んで、静かになったのを放置するわけにはいかないわよね。


「今はまだ、殿下の口から王命がくだされたと伝えられただけ。私はお兄様の妹。ミスティナ・カフシーよ」

「渡さねぇ……。絶対に、渡すもんか……!」

「兄妹ですもの。殿下に嫁いでも、お兄様やお姉様と会えなくなるわけではないでしょう?」

「君の自由を奪うつもりはないんだ。おれのそばで、夜空に輝く星々のように輝いて欲しい」

「ポエマーか?キモいんだよ……」

「お兄様。殿下の前で、そのような口の聞き方はよくないわ……」

「妹に口調を諭されて、恥ずかしくないの?」

「うるせーんだよ、ハゲ。てめぇがオレからミスティナを奪おうとしたのが悪い。オレは絶対に認めないからな」

「何度言えばわかるの。物分りの悪い自称お兄さんだね。ミスティナは、おれの妻になる運命なんだよ」

「な……っ!」


 殿下は丸椅子から腰を浮かせると、当然のように私の右隣へ横たわった。

 左隣にはお兄様。右隣には殿下。

 私は二人の男性に挟まれ、横たわる事になってしまった……。


 盆と正月が一辺にきたみたいな状況ね……。この状況から、私はどう抜け出せばいいのかしら。

 困惑していれば、殿下はツカエミヤから水を受け取ると、私に飲めるかと聞いてきた。

 強く抱きしめられた苦しさに苦しんでいただけだから問題ないけれど……。

 お兄様が驚きの声を上げたのには、理由がある。


「ミスティナ。水が飲めないようだったら、おれが口移しで飲ませてあげる」

「殿下……自分で飲めるわ」

「自称兄の前で、初めての口づけを交わし合うのは……やっぱり、恥ずかしい?」

「てめぇ……!」


 私が転移魔法の発動により、殿下の前から消える直前。私達は口づけを交わした。私の姿が消えかけている状態での口づけは、はじめてとカウントするのは微妙な所なのに……殿下はお兄様を挑発するために、わざとはじめてを貰ったと口にしたんだわ。

 お兄様を怒らせたって、私と殿下の婚姻が祝福されることはない。

 頑なに拒絶するだけで、なんの意味もなさないのに……。殿下の狙いは、何……?


「オレは絶対に認めねぇからな!」

「正式な書状をカフシー伯爵が目にするまでは、君の無礼な態度を許してあげる。ミスティナ。無理させてごめんね。ゆっくり休んで」

「無理させてるってわかってんだったら、今すぐミスティナの前から消えやがれ!」

「血の気が多い男よりも、物静かな男の方が、ミスティナは好きだよね」

「ぐ……っ」


 殿下の不意打ちは、お兄様にクリーンヒットした。

 騒がしい男である自覚が、お兄様にはあったのね……。


「ミスティナ」


 大人しくなったお兄様が、私に巻き付く手の力を緩めた。チャンスを逃すことなく、殿下はすぐに私に身を寄せ、耳元で囁いた。


「愛してる」


 こんなの……心臓がいくつあっても足りないわ……。

 ドキドキと恐怖で忙しない心臓を抑え、顔を赤くしたり青くしたりした私は、王命の記された書状が、数時間以内に届くことを願った。

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