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対決

「星空の女神。ミスティナ・カフシー」


 眩い光と共に。堂々と私の自室に転移してきた殿下は、私を見つめ冷たく微笑む。笑顔を浮かべているはずなのに、瞳は全く笑っていない。私を庇うツカエミヤはその恐ろしさにブルブルと震え、小さな声でお兄様に助けを求めている。


「お、お兄さん、お兄さん!大変です!ミスティナ様が……っ」

「手紙の返事は、一度も返してくれなかったね」

「今日、はじめて手にしたの。お返事を書くよりも……殿下を待っていた方が、いいと思って……」

「今日?はじめて?」


 ツカエミヤがお兄様に助けを求めた声が聞こえたなら、数分もせずにお兄様はこの場に顔を見せることでしょう。このまま殿下のものになるか、時間稼ぎをしてでも、お兄様に庇ってもらうか──私は、どうするべきなのかしら?


 お兄様は殿下ではなく、自分を選べと私に告げた。寝ている間に、異常なペースで私の名前を呟くほどだもの。その気持ちには、きっと嘘偽りなど存在しない。

 それは、殿下だって同じだわ。

 1時間に一度私へ返事の返ってこない直筆の手紙を送り続けるほど、殿下は私に執着している。どちらの手を取っても、私は愛の大きさに押しつぶされて身動きが取れなくなってしまいそう。


 お兄様と、殿下。


 二人と同じくらいの愛情を、返せる自信がなかった。

 私の夢は、生涯独身のまま生活し続けること。どちらかの妻になれば、その夢は潰える。

 アクシーの家業を今まで通り続けるつもりなら、お兄様を選ぶべきだけれど──お兄様と私は血の繋がった兄妹ですもの。恋愛感情など、抱けるはずもない。


 お兄様が恋愛対象外ならば。

 どちらか一人を必ず選び取らなければならない場合、必然的に血の繋がりがない殿下を選び取る必要があるのだけれど──彼を愛せるか問いかけられても、私はわからないとしか言えなかった。

 言葉をかわしたのは今日が3度目。合計しても半日にも満たない時間会話しただけで、この人に人生を捧げようとする方が異常なんだわ。

 異性と婚姻する気のない私が長時間会話した所で、愛が目覚めるなど到底思えないけれど。


「殿下。お返事を返せなくてごめんなさい。たくさんのお手紙を、ありがとうございました。内容はこの1枚しか確認できなかったけれど──1日24枚も手紙を書き綴り送るなど、大変だったでしょう」

「君のことを思えば、無限に書き記すことだって苦じゃないよ。おれにとって、君へ愛を囁くことは……何よりも代えがたいご褒美だから」


 変身魔法でお父様に姿を変え、お兄様の手に渡る前に奪い取った手紙を開いて殿下へ見せる。彼は目元を緩ませて私を見つめた。凍えるような彼の怒りは少しだけ収まったようだけれど……その笑顔には怨念に近い、得体のしれない愛情が籠もっている。

 それを恐ろしいと感じるか、私をこれほどまで愛してくださるなんてとありがたく感じるかは、個人差があるでしょうね。


 私はどちらの感情も抱けないけれど、ツカエミヤは前者の感情が強い。私を庇いながらも、尋常じゃないほど怯えている姿を見ると、なんだか可哀想になってくるわ。


「そう言っただけるだけで、充分よ。本当にありがとう」

「何が充分なの?ミスティナ。おれが君を迎えに行くまで、待っていると言ったよね」

「ひ……っ」

「ツカエミヤ。下がっていいわよ」

「い、いけません!地獄耳の魔法が使えるものとして、お兄さんの代わりにミスティナ様を守るよう、仰せつかっているんです!ミスティナ様に何かあれば……!私が殺されてしまいます……!」


 ツカエミヤはブルブルと震えながら両手を広げ、左右に首を振った。二つに結わえたおさげ頭が勢いよく揺れ、殿下に当たってしまわないか心配で堪らない。二つに結わえた髪が殿下に当たって、不敬罪を宣言されたら……ツカエミヤの命はないわ……。ツカエミヤを失うわけにはいかない。殿下との婚姻は、ツカエミヤの安全と同行が絶対条件よ。早めに話をつけておかないとまずいかもしれないわね……。


「面白いことを言うね。おれがミスティナを加害するわけないよ。おれはこう見えて、この国で二番目に偉い王族だ。君、ミスティナの何?」

「わ、私はミスティナ様をお守りし、すべてを捧げた侍女です……!」

「じゃあ、君もおれのものだね」

「へっ!?」

「ミスティナはおれのものだから、ミスティナのものだって、おれのものになるよね」

「そ、そんなお兄さんみたいに……!傲慢なことを言うような方には、ミスティナ様を娶る権利はありません!」

「王命だよ」

「しょ、証拠を見せてください!」


 ツカエミヤが大声を張り上げて威嚇すれば、殿下は困ったように目元を緩めた。殿下は私に対する態度は優しいけれど、変態令嬢に向ける態度がかなり辛辣だったことを思い出す。

 殿下にとって、ツカエミヤは私との仲を邪魔する敵なのかしら。それとも……。私が可愛がっている、手の掛かる子どものように感じているの……?


「待ちきれなくて、書類を持っているアンバーを置いてきてしまった。馬車が到着するまで、もう暫く掛かるんだ。今すぐに証拠は出せない」

「しょ、証拠が本物であるとわかるまで、ミスティナ様には指一本触れさせません……!」

「そんな権限、侍女にあるの?」

「ミスティナ様はアクシー家の宝!お屋敷のルールには、従って頂きます!」

「おれが喉から手が出る程欲しがっている宝物を、独り占めするんだ……。いい度胸だね。冤罪吹っ掛けて、牢獄に突き飛ばしてもいいんだよ」

「ひ……っ!」

「殿下。ツカエミヤをいじめないでください」

「おれは虐められている方だ。そこの侍女がミスティナとの再会を拒むせいで、おれはとても傷ついた。ミスティナ。おれの心、癒やしてくれるよね」


 殿下は有無を言わさぬ声音で、私に命じた。200通近い手紙を無視されたことに、相当苛立っているみたいね。

 ツカエミヤは私の前で震えながら庇っているし、彼女を押し退けて殿下の元へ歩みを進めれば、このまま彼に連れ去られてしまいそう。


 殿下の機嫌をこれ以上損ねたら、何が起こるかわかったものじゃないわ。

 最悪の状況を引き起こすわけにはいかないし、ここは私が犠牲になるべき場面よね。

 お兄様がこの場にやってきた所で、醜い言い争いが始まることはあっても、私の境遇が改善されることなどないのだから──


「ミスティナ様!」

「ごめんなさい。殿下。ミスティナ・カフシーは、殿下の心を乱してしまいました」

「うん。ミスティナがおれのものになったら、許してあげる。おいで」

「ミスティナ様!駄目です!」


 ツカエミヤを押し退けて前へ出れば、彼女はお兄様がこの場に現れることを信じて私の腕にしがみつき、殿下の元へ歩みを進めないよう拒む。

 私はいつ殿下の逆鱗に触れるかと気が気ではなかったのだけれど、ツカエミヤの必死さを見たら、胸が傷んで──


 どうしたらいいの?私は、どうするのが正解なのかしら。


 私はまた、自分の選択に迷いを生じさせてしまった。


「おれはあんまり気が長くない。何度も邪魔するようなら……」

「殿下。ツカエミヤは侍女になったばかりで、礼儀作法が未熟なの。多めに見てあげて」

「そう?彼女、旧ラヘルバ公爵家に務めていた頃、勤続年数は上から数えた方が早かったよね。ベテランの域だったはずだけど」

「……よく、ご存知ね」

「ミスティナのそばにいる人間は、把握しておかないと。いつ牙を向いてくるかわからないだろ。あんな風に」


 殿下が出入り口に視線を向けた瞬間だった。タイミングよくドアが蹴破られ、図体の大きな……鬼にも見間違うほど、見慣れた人物が姿を見せたのは。


「黙って聞いてりゃ……。ミスティナがいつてめぇのもんになったんだよ。ミスティナはオレのもんだ。引っ込んでな」

「お兄様!」

「ああ……君が、ミスティナの自称お兄さん?テイクミー・カフシー、だったかな。はじめまして。今までミスティナを守ってくれてありがとう。これからはおれがミスティナを守るから、心配はいらない」

「誰が誰を守るって?馬鹿は休み休み言いやがれ。非常識なやつだな。事前連絡をした上で正面玄関から訪問すんのがマナーだろ?事前連絡もなしに転移魔法で淑女の部屋に忍び込むとか……不法侵入訴えるぞ」


 お兄様は力強い力で私を後方から抱きとめると、羽織っていたローブの中へすっぽり覆い隠す。

 殿下がお兄様のことを、自称兄と称したことは気がかりだけれど──これは、助かったと言えるのかしら。微妙な所ね……。

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