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お兄様と添い寝

 カフシー家に、地獄耳の魔法が使える侍女がやってきてから。カフシー家はますます騒がしくなった。


「あぁ?もう一辺言ってみろ」

「お兄さんは寝言が煩すぎて、寝られません!寝ている間に、何百回ミスティナ様の名前を呟けば気が済むのですか!?」

「知らねぇよ」

「5秒に一度です!1時間72回!6時間睡眠を続けたら、432回もミスティナ様の名を呼び続けているんですよ!?異常です!安眠妨害!一周回って気持ち悪いです!」


 地獄耳の魔法を24時間365日、常に発動しているわけではないでしょうに。

 ツカエミヤは睡眠不足に悩んでいた。


 睡眠不足はお兄様の寝言が理由だと言うのだから驚きだ。6時間で432回も私の名を呟くなんて……。


「は?てめぇには関係ねぇだろ!」

「関係あります!ミスティナ様を呼ぶお兄さんの声が煩すぎて、寝れないんですから!」

「寝ている間のことなんざ、知るか」

「お兄様には、自覚がないのね」

「ミスティナ様~!」


 お兄様とツカエミヤを会話させても、平行線だわ。

 生産性のない会話は、早急に終わらせなくては。私が会話に割って入れば、ツカエミヤが今にも泣き出しそうに瞳を潤ませた。

 お兄様の扱いは心得ているわ。ミスティナ様に任せなさい!


「私はツカエミヤの言葉を信じるわ」

「おい。てめぇ……オレよりどこの馬の骨かもしれねぇ侍女を、信じるってのかよ」

「信じて欲しいなら、私に確かめる機会を頂戴」

「なんだと?」

「今日の夜。私と添い寝をしましょう!」


 私がドヤ顔で宣言すれば、ツカエミヤとお兄様はフリーズした後に絶叫した。

 地獄耳の魔法を使える二人は耳が恐ろしく発達しているけれど、自分の大声は不快にならないのかしら……?


「夢か……?マジで言ってんのかよ……」

「い、いけません。お兄さんはミスティナ様を狙う獣です!二人きりで添い寝などしたら、どんな間違いが起きるか……!私も同席します!」

「はぁ?すっ込んでろ!」

「先程夢ではないかと、疑っていたではないですか!」

「ミスティナ。女に二言はないだろ?」

「はい」


 お兄様は私と添い寝するのが嬉しくて堪らない様子で、機嫌良さそうに私へ問いかけた。

 添い寝くらいどうってことないわ。お姉様とお兄様。私の3人で、幼い頃はよく一緒に寝ていたもの……。ツカエミヤは心配性ね。間違いなど、起きるはずがないのに。


「ミスティナはオレと、二人きりで寝るんだ。邪魔すんな」

「なななん、なんてこと……!お、お姉様に言いつけますよ!」

「姉貴なんざ怖くねぇし。てめぇが言ったんじゃねぇか。寝言なんざ言ってねぇってことを、証明するには必要なことだろ?」

「うぅ……っ」


 ツカエミヤは渋々私をお兄様へ預けると了承した。

 彼女と別れる際、何度もお兄様に心を開くな、油断するなと言いつけられたことを不思議に思っていたけれど──お兄様は最近、情緒不安定ですもの。

 ツカエミヤが心配するのも、無理はないかもしれないわね。


「お兄様」


 お兄様はリラックスした状態でベッドに寝転がり、私を手招いた。

 お兄様はめったに病気なんてしないから……ベッドの上にいる所を見るのは、なんだか新鮮だわ。


「失礼します」

「おう」


 ベッドに上がった私はお兄様と距離を取り、膝を折って腰を下ろした。

 寝転がっているお兄様を見下すのは気分がいい。身長差の関係で、私はいつも見下されているから。


「寝ないのかよ」

「いい機会だから、お兄様の本音を知りたいと思って」

「あぁ?本音?」

「……お兄様は、私のことが嫌い?」


 お兄様は面と向かって私がそんな話をするとは思いもしなかったのか、目を丸くしている。

 幼い頃のお兄様は、いつだって私がこの言葉を呟くと、嫌いだと大騒ぎした。

 お兄様に嫌われたと大泣きする私を見ると、お兄様はいつも目を背けて自分は悪くないと弁解していたのよね。お兄様は……昔のように、嫌いだと口にするのかしら?


「……嫌ってたら、部屋に呼びつけたりしねぇよ」

「お兄様は……大人になったわね」

「はぁ?てめぇといくつ、年の差があると思ってんだよ」


 私は16歳、お兄様は22歳、お姉様は24歳だから……6歳離れている。お姉様とは8歳ほど年の差があるから、あまり交流がないのよね。年の離れた妹を、どう扱っていいのかわからないのかもしれないわ。

 私の幼少期は、お兄様と喧嘩していた記憶が半数を占めているもの。


「自分の機嫌を、自分で取れるようになれば立派な大人の仲間入りね」

「何言ってんだよ。意味わかんねぇ」

「ほら。またそうやって機嫌を悪くする。お兄様の悪い癖よ?機嫌がいいなと思ったら、すぐ悪くなる……」

「てめぇのせいだろ」

「人のせいにしないで」


 お兄様が私を抱きとめようとしてきた手を、パシリと弾く。

 それほど強い力ではなかったけれど、お兄様は素直に手を引っ込めた。何か言いたげに唇を噛みしめる姿は、私を求めるお兄様の姿とぴったり重なって──。

「お兄様にとって、私は何なの?妹?愛する人?他人?嫌いな女?」


 私はお兄様に、様々な選択肢を与えた。この中から一つ私を称する答えを選び取ればいいだけなのに、お兄様は尻込みしている。


「てめぇはオレの寝言が、事実かを確かめに来たんだろ。てめぇと関係を、白黒はっきりつける必要があるとは思えねぇな」

「お兄様が思わせぶりな態度を取るのがいけないんだわ」

「へぇ?」


 お兄様は頬を膨らませた私が視線を外した隙を狙い、上半身を起こして襲い掛かってきた。

 両肩を力強く押された私は、ボスンとベッドの上に押さえつけられる。


 お兄様は、一体何を考えているのかしら。苦しそうに唇を噛み締め視線を彷徨わせた後、お兄様は苦しそうに言葉を吐き出す。


「こうやってオレがてめぇに迫るのが、思わせぶりな態度だって言いたいのかよ」

「ええ」

「馬鹿じゃねぇの。兄妹同士、スキンシップの一環だろ」


 本当に、そうかしら?

 仲のいい兄妹ならあり得るかも知れないけれど、私達は長い間仲の悪い兄妹として暮らして来た。スキンシップの一貫として、妹を兄が押し倒すなんてことが……ありえるのかしら……?


「一線超えなきゃ、いいんだよ。わかったか?」


 世間一般の兄妹がどのような距離感で暮らしているかなんて、確かめる術などないわ。

 考え方が違う、生活している環境だって違う人々と自分を比べたって、いいことなど一つもない。


「お兄様の想定する……一線って?」

「わざわざ口にしなきゃ、わかんねぇのかよ」

「お兄様と見解の相違があっては、困るでしょう?」


 私が微笑みかければ、お兄様は私の肩を掴む手を離し、私の唇を指でなぞった。ふにふにと感触を確かめるようになぞられた私は、どう反応していいか分からず、困惑するしかない。


 これはスキンシップの一貫?

 それとも……。


「抱きしめる、手を繋ぐ、肩を寄せ合うのは、普通の兄妹だってすることよね」

「ああ」

「唇に触れるのは、スキンシップの一貫ではないと思うわ」

「頬や額に口づけるのは、挨拶の一環なんだろ」

「国によっては……そうみたいね」

「唇を指でなぞるのだって、あんま変わらねぇよ」


 お兄様は、唇と唇が触れ合うことさえなければ何をやっても兄妹のスキンシップだと主張した。

 結局の所、お兄様は兄として、妹の私を好き勝手できる権利を奪われたくないだけなんだわ。

 この状態のお兄様に、白黒はっきりつけたいと申し出た所で時間の無駄。

 生産性のない会話をするくらいなら、睡眠時間に充てた方がよっぽど時間を有意義に過ごせそうだわ。


「お兄様ばかり、ずるいわ」

「はっ。オレの唇に、触れてぇの?」


 私はお兄様の望みを叶えるために、用意された人形ではないことを伝えたかっただけなのに……。

 馬鹿にしたように笑い飛ばしたお兄様は、私の唇から手を離し、私の手を取って自らの唇に誘う。


「触りたきゃ、触れよ」


 その憎たらしい態度が、ムカつくわね……。

 私は眉を潜めながら、命じられた通りにお兄様の唇をなぞった。

 彼と唇を重ね合わせた時とは、また違った感触を……指の腹から感じる。

 お兄様の唇は潤いが足りないのか、カサカサとしていた。


「お兄様はもっと、身だしなみに気を使うべきだわ」

「めちゃくちゃ気遣ってんだろ」

「外見に清潔感はあるけれど、もっと唇に潤いを……」

「女じゃねぇんだから、必要ねぇだろ」

「男性向けも、販売されているはずよ」

「オレが色気づいて、どうすんだよ……」


 お兄様の言い方では、もっと私に綺麗になる努力をしろと遠巻きに伝えているようで、ムカつくわね……。


「はぐらかすなら、もういいわ。お兄様に真面目な質問をした、私が馬鹿だったみたい」

「そうかよ」


 お兄様は私の上に覆いかぶさるのをやめると、私の隣に改めて寝転がり直した。

 聞きたいことも聞けず、お兄様を喜ばせることばかりして、私だけが何も得られていないなんて、癪だわ……。


「お兄様」

「なんだよ」

「どうしていれば、お兄様はよく眠れるの?」

「──抱きまくら」

「妹を人間抱きまくらとして利用するなんて、最低な兄ね」

「なんでだよ。てめぇが提案したんだろ」


 ふざけんなと軽口を叩くお兄様の方へ、ゆっくりと身体を動かす。

 お兄様は遠慮がちに私の身体を両腕で固定すると、ゆっくりと目を閉じた。


 このまま眠りたい所だけれど……。

 私はお兄様が寝言を呟いていないか確かめる為に、添い寝をする事になったのよね。

 確認が取れるまでは、起きていなくちゃ。


「……ティナ……」


 お兄様が眠りについてから、どれほどの時間が経ったのかしら。

 ツカエミヤは5秒に一度、お兄様が私の名前を呟いていたと報告していたけれど……。


「ミスティナ……」


 ツカエミヤの言っていたことは、本当だったのね。

 お兄様は動物が鳴き声を上げるように、私の名前を呟き続けている。


「お兄様。私は、ここにいるわ」


 お兄様に私の存在を知らしめるべく、少しだけ寄り添う距離を縮めて見る。

 私を抱きしめる力を強めると、静かになった。


「……ティ、ナ……」


 もう大丈夫かしらと、私の名前を呟くことがなくなったのを確認してから寝ようとすれば、お兄様は私の名を呟き始める。

 数え切れないほどに繰り返した私は、段々お兄様が手の掛かる子どものように思えてきた。


 仕方ないわね……。


 お兄様は私のぬくもりを感じると、私を呼ぶことはなくなるみたい。

 ツカエミヤの睡眠時間を確保する為にも、ここは踏ん張りどころよ。


「ミスティナ……してる……」


 してる?何を?


 耳を澄ませても、お兄様の呟きは私の名前を呼ぶだけで、聞こえない言葉を改めて紡ぎ直すことはなかった。


 もう、お兄様ったら……。


 図体だけ大きくなっても、まだまだ子どもね。

 私が優しく髪を撫で付ければ、お兄様は私の名前を呟かなくなった。


「おやすみなさい、お兄様」


 ツカエミヤとお兄様が、いい夢を見られますように。

 祈りを込めた私は、瞳を閉じると深い眠りに誘われた。

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