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お兄様の冗談と、怪しい夢

「ミスティナ!」


 やっと泣き虫な沈黙の皇子と、ラブロマンスが終わったわ。

 いつまで私を許可なく抱き締めるつもりなのよ。ふざけないでと元気に騒げるよう、な精神状態ではなかった。


 いつもはてめぇや愚妹としか呼ばないお兄様が、焦って私の名を呼ぶくらいですもの。

 ぐったりと大広間の床に倒れ伏し、荒い息を吐く姿を見たお兄様は、疲れた身体にムチを打って、私を自室のベッドまで運んでくださった。


「お兄様も……たまには、私に優しくしてくださるのね……」

「は……っ。いつもだろうが。感謝しろ」


 お兄様は私と視線を合わせると、すぐに反らした。なんだか、苦しそうだったけれど……。お兄様も魔法回復薬の副作用で体調が悪いのかしら?


「魔力が完全に回復するまで、寝てろよ。魔力回復薬なんて、飲むんじゃねぇぞ」

「……ええ。わかったわ……」


 お兄様は私の部屋を勝手に荒らし、隠し持っていた魔力回復薬を回収すると、私の部屋を去っていった。


 怒涛の一日だったわね……。夜会の夜から朝方に領地へ戻ってきて、すぐにラヘルバ公爵家に向かったんですもの。

 既に夕方で、もうすぐ彼と顔を合わせて1日が過ぎることになる。


 1度顔を合わせただけでもかなり体力を削られるけれど、2度も顔を合わせたら、気力もすべて彼に奪われてしまったわ……。


 好きだ、愛している。伴侶になって欲しいと囁かれ過度なスキンシップを受けるのも、楽じゃないわね。


 女の価値は殿方から愛されれば愛される分だけ上がると聞いたことがあるけれど、世の中のご令嬢は、愛される度に疲弊していることを表沙汰にせず、殿方に隠しながら生活しているのかしら……?


 殿方との恋愛って、大変ね……。私には恋の駆け引きなど、できそうにないわ。


 いくら魔力を急速に回復させたいからって、魔力回復薬を2本一気飲みするのは間違いだった。

 苦しくてつらくて考えが纏まらず、殿下にもとんでもない約束をしてしまったわ。このまますべて、忘れてしまえればいいのに──。


 起きているから苦しいのよ。

 眠ってしまえば、思考する必要がないじゃない。そうだわ、そうしましょう。

 少しでも早く体調を万全にする為、私は深い眠りに身を委ねた。


 *


「お兄様!」


 幼い私が、舌っ足らずな口調でお兄様を呼んでいる。

 暇を持て余していたお兄様は、芝生の上で腕立て伏せをしていた。


「お兄様!私と遊んで!」

「ガキと何して遊べって言うんだよ」

「ミスティナ。テイクミーを馬に見立てて、背中へ跨るといいわ」

「お馬さん!?やるー!」


 お姉様から促された私は、腕立て伏せ中のお兄様へ乗り、背中へ跨った。

 5歳児を背中に乗せたお兄様は、額から脂汗を滲ませながらお姉様を睨みつける。


「テリアム……てめぇ……覚えてろよ……」

「あら、嫌だ。ミスティナの喜ぶ姿が見たくないの?テイクミーが我慢すれば、ミスティナは大喜びよ。ねぇ?ミスティナ?楽しいわよね!」

「すっごく楽しい!お姉様!楽しい遊びを、教えてくれてありがとう!」


 私は幼い自分がお兄様に跨る姿を見て、違和感を感じた。

 お兄様の姿が、少年のように若いことではない。

 お兄様はお姉様のことを、姉貴と読んでいたはずなのに……。どうして、名前で呼んでいるのかしら……?


「ふふ。どういたしまして。テイクミーにも、お礼を言いなさい」

「ありがとう、お兄様!大好き!」

「う……っ」


 お姉様に促された私がお兄様へ愛を伝えれば、お兄様は撃沈した。

 腕立て伏せを止めて芝生の上に寝転がったお兄様を見た私は、お兄様の背中にベッタリと仰向けになって寝転がる。


「ふふふー。あったかーい」

「ミスティナ……お前、軽々しく大好きなんて、言ってんじゃねぇよ……」

「お兄様は、私のことが嫌いなの?」

「あぁ?んなわけねぇだろ」

「じゃあ、好き?」

「だから……っ」


 お兄様は私の無邪気な問いかけに、言葉を詰まらせた。

 幼い頃、私達は仲の良い兄弟だったのね。いつから、啀み合うようになったのかしら?

 いつから、私達は……愛を囁き合うことが、なくなったの?


「テリアムお嬢様!」

「何事なの。騒々しいわね」

「テイクミー様の、ご家族が……」


 お兄様の、ご家族?


 カフシー家の家令が、息を切らしてお姉様へ駆け寄った。

 彼の口から紡がれる言葉は、あり得ないことばかりだ。


 お兄様のご家族が、亡くなった。

 お兄様はこれから、カフシー家で暮らす。


「そう。テイクミー」

「あぁ?なんだよ、テリアム。なんかあったのか?」

「お姉様……?お兄様……?どうしたの……?」


 お兄様の家族は、お父様とお母様。私とお姉様だけでしょう?

 誰が亡くなったと言うの?お兄様は、まさか。


「あなたは今日から、私の弟よ」


 ねぇ、お兄様。血の繋がりがないなんて、言わないわよね……?


 *


「ミスティナ。いつまで寝ているの?起きなさい」


 思う存分睡眠を貪っていた私は、お姉様によって叩き起こされた。

 なんだか衝撃的な夢を見ていた気がするけれど、どんな夢だったのかはよく思い出せない。


 思い出せない夢なら、大したことなどなさそうね。


 目覚めた私は眠い瞼を擦りながら、心配そうに顔を覗き込むお姉様と目を合わせる。

 なんだか、普段勝ち気なお姉様と、様子が違うような気がするわ……。


「お姉様?どうしたの?」

「どうしたの、ではないわよ。2日も寝ていたら、誰だって心配するでしょう。愚弟が腑抜けになって、仕方ないの」

「お兄様が……?」


 私が2日間も寝ていたって、お兄様は心配などしないでしょうに。

 お姉様は私の体調に異常がないかを確認すると、クローゼットから着替えのドレスを投げて寄越す。


「第二皇子が会いたいって大騒ぎして、1時間毎に手紙を送ってくるの。目が覚めたなら中身を確認して、返事を認めなさい」

「一時間毎……?」


 魔法を使わない限りは、王都からでは一時間枚に手紙を送ってくることなど難しいはずなのに。

 そもそも、たった2日で私を特定したの?早すぎるわ。

 待ってるなんて、言わなければよかったかしら……。


 寝起きの身体にムチを打って着替えた私は、お姉様に諭されるがまま山積みになっているであろう手紙を探すけれど、私の部屋には見当たらない。

 返事を認めなさいと命じられても……中身が確認できなければ、難しいわよね……?


「おい」

「お兄様?」

「ちょっと来い」


 私が着替えている間に、お姉様はお兄様に私が目覚めたことを伝えてくださったみたいだわ。

 不機嫌そうに私を睨みつけたお兄様は、私をお兄様の部屋に引き摺り込んだ。


 珍しいわね。お兄様は、自室に入られることを嫌がるのに……。

 お兄様は私をベッドの上に座らせ、私を睨みつけた。


「姉貴は手紙の返事を書けって、てめぇに命じたんだってな」

「ええ。手紙の内容に目を通そうとしたのだけれど、見当たらなくて……」

「目を通す価値もねぇ。気持ち悪ぃ手紙は燃やしてやった。感謝しろよ」


 お兄様が気持ち悪いと称する手紙の内容は……愛の告白に違いないわね。2日を時間に換算すると、28時間。28枚の手紙にびっしりと愛の告白が認められていれば、気味悪がって処分してしまうのも頷けるわ。


「手紙の差出人は殿下で、宛先は私だったのでしょう?私の許可を得ず勝手に処分するのは、どうかと思うわよ」

「婚姻する気はねぇんだろ。俺がてめぇの代わりに処分してやったんだ。感謝されることはあっても、文句を言われる筋合いはねぇな」

「お兄様ったら……」


 自室の椅子に座り、ふんぞり返ったお兄様は、貴族の息子とは思えぬ立ち振舞いをしている。

 お姉様、お兄様、そして私──礼儀がなっていないのは、カフシー家の伝統かもしれないわね。


「お兄様、体調は?」

「魔力回復薬を一気に二本。ラッパ飲みなんざしてねぇから、問題ねぇよ。教会の方も、静かなもんだ。王都が荒れてるかんな。こっちまで迷い込んでくるのは、1週間くらい掛かるだろ」

「それを聞いて安心したわ。国と領地が平和であることは、心から喜ぶべきことだもの」


 殿下にも、困ったものだわ……。

 第一皇子の件が公になって荒れる王都など目もくれず、星空の女神探しに夢中だなんて。お兄様は私が眠っている間の新聞を取っておいたようで、私に見せてくれる。


『第一皇子アルビス・アルム殿下、廃嫡!跡継ぎは沈黙の第二皇子に内定』

『揺らぐ王家。第二皇子に国を任せて良いのか?』

『第二皇子は、王都のことよりも妃選びに夢中?』


 三流ゴシップ新聞ならともかく、王立新聞で堂々と第二皇子の悪口を書いて配布するなんて……第一皇子派の嫌がらせかしら?

 彼も苦労するわね。

 一時間枚に手紙を送付してくる辺り、全く気にも留めていなさそうな姿が目に浮かぶわ。


「殿下にバラして、どうすんだよ」

「うちの家業についてはバラしてないんだから、いいじゃない。あちらには嘘を見抜ける従者が居るし、私が変身魔法を使えることは、隠しきれなかったわ」

「従者と第二皇子が入れ替わってた話は、てめぇを諦めさせる脅し文句にはもってこいだが……」

「2日前と、言っていることが違うわ。私には殿下の元へ、さっさと嫁げと言っていたじゃない。どうしたの?」

「気が変わった」


 お兄様は、これがあるから困るのよね……。

 私の味方になってくれるなら、これほど喜ばしいことはないけれど。お兄様は気まぐれ。またいつ手のひらを返して、私を裏切るかなどわかったものではないわ。あまりお兄様に頼り切らないよう、適度な緊張感を持って接しないと。


「あんな頼りねぇ奴に、てめぇを預けるわけがねぇだろ」

「泣き虫皇子だってことは、私とお兄様だけの秘密よ。お兄様が地獄耳の魔法を使えることは、まだバレていないのだから」

「言い触らしたりはしねぇよ。改善されねぇ限り、てめぇを嫁がせたりはしねぇけど」

「殿下に嫁ぐ必要がないと言ってくださるのなら、私が生涯独身を貫き、カフシー家の当主として家業を継ぐ件も──」

「それは認めねぇ」

「お兄様!」

「あのいけすかねぇ第二皇子との婚姻は阻止するが、俺の認めた男とは婚姻しろ」

「お兄様が認める殿方など、何処にいるのよ!?」

「ここにいるだろ」


 お兄様は当然のように言うけれど、カフシー家にお兄様が認めた殿方など居ない。居るとすれば、それは……。


「俺は、俺のことしか認めてねぇ」

「冗談で私の夫に、立候補してこないで」

「……はっ!ありがたく思う所だろ」


 お兄様は鼻で笑い飛ばすと、苦しそうに視線を外した。

 その反応が気掛かりで、私はお兄様の視線を追う。


 これは……冗談で処理して、いいのよね?

 お兄様は私が生まれた時からこの屋敷で暮らしていて……お父様にそっくりな容姿をしている。

 養子や、血が繋がっていないとか……そんなおとぎ話のような話が、あるわけないわよね?


「……ありがたく思ったら、どうするつもりだったの?」

「ありがたく思ってねぇ奴に、教える筋合いはねぇな」

「お兄様と私は、血の繋がった兄弟でしょう?お姉様だって……。私達は三姉弟……よね……?」

「当たり前だろ」


 お兄様は一度目を閉じてから、歯を見せて笑った。キラリと光る八重歯に誤魔化されたけれど……これは、はっきりさせておかなければならない問題ではないかしら?


「お兄様。私と殿下の会話内容は──」

「泣き虫殿下だってこと、従者と入れ替わったこと以外は報告してある。親父とお袋にも、ちゃんと顔見せに行けよ」


 部屋へ連れ込んだのは、お兄様よね?

 もう……自分の都合が悪くなると、さっさと出ていけって態度を取るんだから……。

 私は渋々お兄様の自室を後にすると、両親の執務室を目指した。

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