異邦人
宜しくお願いします。
もう、うんざりだ。何もかもイヤなんだよ。友達も恋人も家族も会社も僕自身も。
目覚ましが鳴っている。
僕は、百貨店で買った、赤くて、丸い、アナログの、僕のお気に入りの、目覚まし時計をむんずと手で掴み、壁に投げつけた。
目覚まし時計は、プラスチックの部分が割れて、中から電池が飛び出し、止まった。
僕はしばらく真っ白な天井を見つめていた。
耳を澄ますと、小鳥のさえずり、車の走る音、人の話し声が聞こえる。
何だか今日は、そんなもの全てがしらじらしく聞こえる。
僕はベッドを降りて、キッチンに向かった。
キッチンでトーストを焼き、コーヒーを入れた。
それを食べながらテレビを見た。
今日はテレビのキャスター達も皆、嘘くさく見えた。
「笑っちゃうよな」
そんな言葉が漏れた。
僕はスーツに着替え、家を出た。
近所の住人達が何人か、僕に挨拶したが、それには答えなかった。怪訝な顔で僕を見つめていたが、そんなことかまうものか。何だか今日は気分がいいんだ。いつもと違う。生まれ変わったような気がするんだ。
しばらく歩くと前方から、男性の老人(年の頃は80くらいだろうか)が僕に道を尋ねてきた。
僕はその場所を知っていたが、そこは教えずに、僕が作り出した架空の道を教えた。
老人はたいそう深く頭を下げて礼を言い、僕は笑顔で「いえいえ」と言って別れた。
今日はやけに陽射しが強い。太陽がぎんぎんと僕を照らしている。僕は汗まみれになって歩いていた。しばらく歩いて僕はやっと気付いた。太陽が僕に話しかけているってことに。
僕はゆっくり太陽の方に顔を上げた。眩しかった。
「何だい? さっきから僕に話しかけているだろう?」
キミニキヅイテホシカッタンダ
「何をだい?」
ボクガヒトリデコドクダッテコトニ
「ふーん、それで?」
トモダチニナッテホシインダ
「君、僕と友達になりたいの?」
ウン キミナラボクヲワカッテクレル
「分かった。今から君と僕は友達だ。これでいいんでしょ?」
ウン ボクハモウヒトリジャナイヨネ?
「一人じゃないよ。安心して」
ウン アリガトウ
「よろしく」
ヨロシク イツデモキミヲミテイルヨ
こうして僕は“太陽”と友達になった。
しばらく歩くと僕の携帯電話が鳴り出した。
会社からだ。
課長は「会社はどうしたんだ?」と言ったが、僕はさっき“太陽”と友達になったことで頭がいっぱいで「太陽が、太陽が」としか言えなかった。課長はあきれて電話を切ってしまった。
僕は自分の携帯をへし折った後、“太陽”を見上げて、力なく笑ってみせた。
彼も優しく微笑んでくれた。
コンビニに入った。“太陽”は僕がコンビニで隠れてしまうのを寂しがったが、仕方なかった。コンビニがガラス張りになっていればよかったのにと思った。
僕は「チョコレートを借りよう」と思って、3個のチョコレートをポケットに入れて、店を出た。
“太陽”は勝手にいなくなった僕に怒り、さっきよりもっと強く、僕を照らした。
僕は「そんなに強く照らしたらチョコレートが溶けちゃうよ」と言ったが、“太陽”はそんなこと、おかまいなしだった。
僕等は海に行くことにした。海なら僕と“太陽”を邪魔する者はいない。
僕等は電車を乗り継いでビーチへと辿り着いた。電車の中では“太陽”が寂しがるといけないので僕はずっと窓から“太陽”を見つめていた。
ビーチには誰もいなかった。僕と“太陽”の二人だけだ。
僕等は一緒に昼寝することにした。
随分長いこと寝た気がする。起きた時、“太陽”が少し元気のないのに気付いた。
僕を照らしていた陽射しがとても弱くなっていた。
僕は慌てたが、“太陽”はどんどん弱弱しくなっていった。
そして、真っ赤に燃えたかと思うと僕を一人残して、消えてしまった。
あたりは真っ暗になってしまい、僕は怖くて震えていた。
そして、消えた“太陽”を求めて、海へと駆け出した。
FIN
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