4 これから
くぅ~という音が部屋に響く。
空腹を知らせるそれが、誰から発せられているのか。顔を見渡すまでもなく犯人を察する。硬直し、頬を染めるリリスにマナトは思い出したように言う。
「あぁ、そういえば昨日からまだ何も食べてなかったね。ちょうどいい、朝ご飯にしよう。昨日のことや詳しい話は僕もまだ聞いていなかったし、食べながらでも聞こうじゃないか」
「さんせーい」
「……二人も食べるのかい?」
「当たり前だろ?、朝は干し肉かじってきただけだぞ」
「僕も、今朝はまだ何も食べてきていません」
「またお前らは、ちゃんと食べて来いよ……」
二人の追随する返答に、あきれた目を向けるマナトをよそに、二人はせっせと壁に立てかけられ折りたたまれた木の机を準備する。
「「マナト(師匠)の作った飯がうまいのが悪い」」
息ぴったりで合わさる二人の回答に、マナトは苦笑いをしながらもまんざらでもないのか、台所へと足を運んだ。
「……えっと」
「ん?、どうした?」
「いえ、その……これから私は、どうしたらいいのか、わからなくなって」
リリスは自分の現状が、マナトに保護されているものだということは理解した。しかし、保護されるだけで何もしないというのも落ち着かないものだった。だからか、自分にできることはないかと二人に尋ねてみた。
「リリスはどうしたいんだ?」
「……わたし、は……」
そのとき、リリスの脳裏をよぎったのは、自身の里を壊滅に追い込んだ黒い嵐。血を啜り、仲間を、両親を惨殺し悦楽に浸るその牙を歪める、災禍の権化たるその怪物。
今、自分のうちに灯ったドロドロとしたどす黒い焔を自覚した。それと同時に、無意識に内からこぼれ出てしまった。
「……殺したい」
言葉にするとしっくりする。無意識にこぼれ出たそれが、自分の中にある復讐心なのだと。
「あいつを……、わたしから、何もかもを奪っていったあの化け物を……」
リリスの紅い瞳が、呼応するように熱く、幽幽たる光がさすのを感じた。
リリスが灯したその意志は、暗く彼女を歪め、敵を、復讐を遂げろという叫びと共鳴し、沸々と湧き上がる怒りを叫んだ。
ギリギリと鳴る拳を握りしめ、何もできなかった自身に懺悔するかのように、その願いは紡がれた。
「わたしは、強くなりたい。あいつを、あの化け物をこの手で殺すために」
ユウとテルは、彼女の答えを黙って聞いていた。彼女の身に何が起きたのかは知らない。しかし、彼女の強い意志は、何よりも雄弁にその願いの覚悟を語っていた。
ユウはリリスの願いを聞くと、笑って言った。
「いいんじゃね、それ」
「うん。いいと思うよ」
同意されると思っていなかったのか、驚いた顔でリリスは戸惑った。
「……いいの?」
「それが今、君が一番したいことなんでしょ?」
「ええ」
「なら、僕たちが止めることはないさ。だって、何もしないでただ生きてるよりも、復讐でもなんでも、生きる理由はあったほうがいいからね。今の君は特に」
「そうだな。ま、安心しろよ。リリスの願いを叶えるのにここはうってつけだぜ?」
「あぁ、そうだね」
先ほどまで殺し合いのようなことをしていた二人のことを思い出すリリス。あの二人の師匠であるマナトのほうに視線を向け、リリスは頷く。
「……そうね、そうさせてもらうわ」
これから何がしたいか、そのモヤモヤに答えを得たリリスは、すっきりした笑みを浮かべる。すると、タイミングを見計らったかのようにマナトが料理を運んできた。
「それじゃ、食事にしよう」
湯気の立つ皿から香る、少し甘い匂いに生唾を飲み込む。よほどお腹が空いていたことを自覚し苦笑をこぼす。四人は椅子に座った。