3 白雪の出会い
二人の取っ組み合いはマナトが強制的に止めるまで続いた。二人の髪はボサボサになり、土の汚れが目立っていた。その汚れを気にするようにはたいて落とすテルと、気にした様子もないユウ。二人の正反対な行動に少し笑みを浮かべながら、マナトは二人に家に上がるように言う。
「二人とも、今日はちょっと事情が違ってね。まずは、紹介したい子がいるんだ」
「……紹介?今日はいつもと違うんですね。すぐに修業を始めるんじゃないんですか?」
「なんだよマナト。好きな人でもできたのか?」
「なんでそうなるんだよ。違うよ、ただ昨日の夜にちょっとね」
見たらわかるというように、マナトは笑いながらそれ以上は何も言わず、家の扉を開ける。マナトに先導されるように二人は家の中に入る。誰かいるのかと少しの好奇心が体を前のめりにさせ、ユウがテルの背中を押すように乗り出す。いきなり体重をかけられたことに驚いて、転びそうになるのを耐えるテルは、恨めし気な視線をユウに送るが、気にした様子もなく受け流す。
家の中を見渡すと、一瞬、時を忘れたように固まってしまった。そこにいたのは、淡雪のように白い女の子だった。自分と同じ年の子だろうか。しかし、幻想的に佇むその姿が、まるで雪の精を思わせ、大人にも子供にも映る。不思議な雰囲気を醸し出していた。何より、彼女にはめ込まれた紅い真珠のような瞳が、吸い込まれるように自身を写し、彼女の神秘性を引き立たせていた。端的に言うと、彼は彼女に見惚れてしまっていたのだ。
時が止まったように動かないユウを訝し気に思いながらも、テルはユウと同じように家の中を見る。すると、テルもユウと同じように固まってしまった。しかし、固まった理由はユウとは少し違う。テルの視線は、彼女の額へと向けられていた。その額には、人間にはない角が生えていた。
動かない二人ににやにやと意地の悪い顔をして見つめるマナト。その視線にハッと我に返ったユウはマナトにわなわなと戦慄の表情を向け、
「……マナト。モテないからって俺らくらいの年下の女の子を洗脳するとか……」
「鬼畜ですね」
「違うわっ!!なんでそうなるんだよっ!?って、なんで君まで引いてるの!?違うからね?僕はどっちかというと年上のほうが……って何言わすんだよっ!!」
的外れた弟子たちの狂言(?)と三人の非難の視線に、ずれた抗議の声を上げるマナト。すすっと距離をとるユウたちにマナトは必死に弁解する。
「いや、違うんだって。マジで、ほんとにっ。この子は昨日、見回りしてたときに偶々倒れてるところを見つけて、助けてあげただけなんだ」
「と、犯人はこのように供述しており――」
「だから違うって!?」
弁解すればするほど引かれていくマナトに、汚物のような目を向ける少女。テルはそんな少女を見つめ溜息をつくと、
「……まぁ、冗談はこの辺にして。師匠、彼女、魔族ですよね?」
「――っ」
「うん、そうだね」
マナトは、何事もないかのように頷いた。テルの言葉に、身を固まらせる少女。テルは、困ったようにマナトに言う。
「どうするんですか?協会にでもばれたら面倒なことになりますよ?」
「大丈夫。覚悟はちゃんとしているよ」
「はぁ……まぁ、別にいいんですけどね。師匠が教会の人間に後れを取るとも思えませんし」
愛弟子の信頼にマナトの口角があがる。そのニマニマとした笑みに軽く引きながらも、テルは何も言うことはなく、ただ溜息をついた。その様子を眺めていた少女は、困惑した表情を浮かべ、二人の会話の意味を咀嚼しようとするが、理解できないとばかりに顔をゆがめる。その様子を見守っていたユウは軽い調子で少女に話しかけた。
「何があったかは知らないけど、まぁ要するに、君は俺たちと一緒にこの村で暮らしていいってことだ」
「……なんで」
その声は、意図せず漏れ出してしまったかのようだった。彼女から初めてかけられた疑問と困惑の声に、ユウは黙って次の言葉を待つ。
「……なんで、魔族の私に、そんなに、優しくするの……。おかしいよ」
「変か?まぁ、変だろうな。俺たちみたいに魔族に対しても普通に接する人なんて、ここ以外じゃいないだろうな」
「……どうして、あなたたちは普通でいられるの?」
「どうしても何も、俺はまだ君自身のことを何も知らない。だからってわけじゃないけど、その人の人となりを知るまでは、変に先入観で判断しないようにしてるだけだ」
「……」
「ほら、あれだよ人それぞれ性格が違うってやつ。マナトが言ってたけど、じゅ、じゅうにんといろ?っていうんだって」
「十人十色ね?」
「そうそれ」
「……十人十色?」
「ああ、人それぞれ性格は違うし、十人いれば十個の性格がありそれぞれ違うって意味だったっけ?」
「あってるよ」
ユウの言葉に少女は顔を俯かせる。これまで出会ってきたどの人間とも違うその考え方に、彼女は驚き、そして納得した。彼らは魔族としてではなく、この世界に生きる人として、自分に話しかけているのだと。そう思った瞬間、彼女の中にある不安が少し軽くなった。
「……」
「納得したか?」
「……ええ、そうね。確かに、あなたの言うことももっともだわ」
「まぁ、すべての人間が僕たちみたいに考えられるかって言われると、疑問も残るけど。少なくとも、この村に関しては、僕が口添えしておくから安心してくれていいよ」
「……ありがとう」
彼女の感謝の言葉に、マナトは安心したように笑う。ユウは二カッっと笑い、右手を彼女の前に差し出す。
「自己紹介がまだだったな。俺はユウ。これからよろしくな」
「……ええ、私はリリス。よろしく」
「僕はテル。よろしくね」
それぞれ握手を交わす三人にマナトは、うんうんと頷き、満面の笑みを浮かべる。
「やっぱり同世代のほうが打ち解けやすいのかなぁ」
三人の様子を、後方から見守る。この関係が、マナトが理想とする世界の縮図のようだと感じながら。