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|命(つるぎ)に誓って  作者: 朝霧 華月
第一章 思いの在処
2/6

2 いつもと変わらない朝

 ガーナット大陸。この世界にある五つの大陸のうち北に位置し、一番大きな大陸である。主に人間種が治める国が多く、人口のほとんどは人間だ。その大陸の北端を収める大国“ロウワット王国”。そのさらに北にある森と山脈に挟まれた辺境の小さな村“ローグ村”。そこに住む少年は、家族と三人で暮らしていた。


 小さな村にある木でできた二階建ての家。三人で暮らすには少し大きいその家で、いつものように目を覚ます。年中雪が降るような雪国では珍しく、前日の吹雪が嘘のように静まり返っている。少しまだ薄暗さを知らせる窓の光を眺め、少年はベッドの上から飛び降りる。


「んっ――……っはぁ、よし!」


気持ちのいい伸びをし、自身のコンディションを確認すると、服を着替え、リビングへと階段を下る。寝息を立てる男女の声を耳に聞き流しリビングについた少年は、家の裏口へと出る。まだ薄っすらと残る眠気を井戸の水で洗い流しリビングに戻ると、近くの壺に入った塩漬けされた干し肉を咥える。ガチャリ、扉の開く音が聞こえた。


「あら、ユウ君。起きていたのね……ふぁぁ」

「おはよう母さん。早いな?まだ寝ててもいいのに」

「うーん、なんだか早く起きちゃってね」


そう言ってもう一度欠伸をしたのはユウの母ネイアだ。ユウの身長より少し高い彼女は、純白のネグリジェを身に纏い、その長い栗色の髪をかき上げる。眠気の消えないその潤んだ瞳は妖艶で、村一番の美人との評判を裏付けするにたる所作だった。それを天然でこなしているのだから村の男どもは堪ったものではないだろう。

 ネイアは、軽く首を振るとユウのほうを見る。


「今日もあいつのところに行くの?」

「ああ。まぁ日課だし、怠るとすぐに鈍ってしまうからな」

「そう?私は剣のことなんて全くわからないけど、無茶だけはだめよ?」


ユウは噛んでた干し肉を飲み込むと、壁に立てかけてある鞘に納められた鉄の模擬剣を手に取り、玄関のドアを開ける


「大丈夫。無茶や無謀は使い方次第ってね?行ってきまーす!」

「あ、ちょっと……!……もう」



――


 一面を白銀に染め、木々に囲まれた中に建つ家並み。この世界に一人しかいないと錯覚させられてしまうほどの静けさに心地よさを感じながら歩く。日が昇り始め、澄んだ青空が背筋を透き通り身を震わす。吐く息は白く周囲を暖める。ユウはいつもより少しだけ気分がよかった。


「さて、今日は何が起こるかな?」


弾む心をそのままに、ユウは集落のはずれ、森の中へと歩み始めた。


 住む者たちの家が立ち並ぶ村の端、獣道を進んだ先にある吹き抜けた空間。そこだけが別の異界であることを示すかのように神秘的だった。周囲を木の柵で囲んだその内側には草原が広がり・・・・・、白銀の花が咲いた花壇が飾られていた。自家栽培をしているのか、中央に建つログハウスの横には畑が耕されており、そこに人が住んでいることを教えていた。


 レンガで舗装された道を歩く。その姿は物語の中に入り込んだかのように幻想的に映り、景色に溶け込んでいた。


 ログハウスまでの道、その半ばまで足を進めると、ユウは不意に背筋に悪寒が走るのを感じ立ち止まった。すると、すぐ目の前の空を鋭い何かが貫いた。地面に埋め込まれたそれはユウの首下まである研ぎ澄まされた氷柱・・だ。それを確認することもなくユウはその場を飛び退いた。瞬間、氷柱に魔法陣が現れ、次々と地面を貫き放たれる幾百の氷の礫を生み出した。それをユウは空中で身を翻して躱し、着地すると同時に自身の持っていた模擬剣を鞘から抜き放つと、一気に雹の壁の中へと踏み込んだ。今なお放たれ続ける氷礫を紙一重で躱し、目の前にある氷柱を両断する。降り続ける雹は霧となり消えたが、空気を焼く臭いを感じその場で半身になる。そこへ畳みかけるように、両断した氷柱の隙間から紫紺のいかづちが迫りユウの頬を撫でる。前方に設置された魔法陣が役目を終えたのかパリンッと音を立てて砕け散る。前方の風景が揺らぐのを見つけたユウは氷柱を足場に蹴り壊し加速し、空間の歪みに突撃する。


「ちょっ!?まっ―――」

「問答無用っ!!」


制止する声を無視し、歪んだ境界を切り裂く。だが、返ってきたのは空気を切り裂く音だけだった。


「しまっ―――」

「――かかったね?」


背後から聞こえる声を振り向きざまに切りつけようとするも、襲撃者のほうが一手速く、ユウの首元に長い杖が突き付けられていた。その顔は悔し気なユウとは正反対に、爽やかな金の髪を揺らし、満面の笑みを浮かべていた。


「勝負あり。僕の勝ちだね、ユウ?」

「くっそーっ!また負けかよっ!?」

「はっはっはっ、魔法を使わないからだよ」


悔し気に唸る敗者を横目に、涼し気な顔をして佇む少年にユウは不貞腐れていると、ふと、ログハウスの窓に映る少女の人影を見つける。すぐに見えなくなったその人影を不思議に思ったが、直後、ログハウスの扉が開かれたため。意識から外した。出てきたのは青みがかった黒髪の青年だった。


「その様子だと、またテルに負けたみたいだね。ユウ」

「マナト……」


ローブを纏い、いかにも魔法使い然としたこの青年はマナト・カナミ。襲ってきた金髪の爽やか少年テルと、ユウの魔法と剣の師匠だ。


 この襲撃は日課であり、早く来たほうが遅れてきた者を奇襲するという、瞬発力や対応力を鍛えるための修行である。一歩間違えれば命を取られかねない修行だが、本来これは魔法師同士での修行を想定している。魔法師は常に自身に対して結界を張っているので、初めの奇襲で相手の結界を壊せるか、または防げるかが基本となる。しかし、


「ユウは魔法が苦手だからね。だから僕の隠蔽や言霊の魔法が見抜けなかったんだよ」

「くっ……何も言い返せない……。でもお前、あれはないだろう!?あの電撃はっ!!ちょっと痛かったし、危うく死ぬとこだったぞ!?」

「いやいや、あれは当たってもちょっと痺れて動けなくなる程度だったからそこまでの威力はないよ。それよりも僕は、君があれを避けたことに驚いてるよ……。まったく、どんな反射神経してるんだか」

「はぁ、化け物みたいな会話しかしないな、君たちは。普通、反射神経や五感、直感のみで相手の使う魔法を察知して対処なんてできないし。自分で生成した魔法に魔法を撃たせるなんてできないんだよ」


そう、ユウはその優れた直感と身体能力をもってして、魔法というこの世の神秘の恩恵に立ち向かっていたのだ。結果は敗北してしまったが、十分に化け物である。魔法を放ったテルも、類まれなる魔法の才を遺憾なく発揮し、ユウを翻弄した。


「あぁ、あれは惜しかったですね。初見で全部見切られてしまいましたし、改良が必要ですね。まぁ、距離を空けるのには使えそうですね」

「いやいやいや、あれだけでも十分脅威だからな?!初見で回避できるのなんて極一部くらいだろうさ」

「その極一部に当てられるようにしないと意味ないじゃないですか?」

「はぁ、ストイックなんだか、なんだかわかんなくなるな」


頭を抱えるマナトを不思議そうに眺めるテルは、そんなことはどうでもいいとばかりに、すぐに自身の思考の海へと意識を変えた。

 ユウは、その姿に一層闘志を燃え上がらせる。


「次は負けねぇ」

「言ってな?次も僕が勝つ」

「てめぇ、午後は覚えとけよ!絶対泣かせてやる!」

「はっはっはっ、それは楽しみだね?」

「このっ――」


取っ組み合いを始める二人に呆れる視線を向けるマナト。これからのことを不安に思うのであった。



 





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