地獄の薔薇は天上の薔薇を愛す
『地獄の薔薇は天上の薔薇を愛す』
私が生きている中で唯一生き甲斐を与えてくれた小説。
この話は今流行りの悪役令嬢モノ。
悪役令嬢であるイレーナ・クラウゼとその家族、クラウゼ伯爵家は本当に腐った人達だった。
使用人達の扱いも酷く、事ある毎にいちゃもんを付けては罰を与え、食事も給与も最低限度。
使用人達はクラウゼ伯爵家から援助を受けている家が大半。その為、辞めたくても辞められず耐えるしか無かった。
ある日、イレーナは弟のラルフと一緒に街に行く事になったが、この姉弟は公衆の面前で使用人を罵りだした。
そこへ騒ぎを聞きつけた美しい騎士団長ジークフリート・シュトロイベルがやって来た。
イレーナはその美しいジークに一目で恋に落ち、父親でもあるクラウゼ伯爵に縁談を進めてもらうよう頼んだ。
しかし、ジークからの返事はNO。
それもそのはず、目の前で使用人を罵る令嬢を誰が嫁に欲しいと思うだろうか。
でも、一番の理由はジークには好きな人がいたから。
その好きな人がヒロインであるニーナ。
この時ニーナは既に第二王子と婚約が成立していた。
しかし、ジークは「生涯愛する方はあの人だけ」と譲らずイレーナとの婚約は成立しなかった。
これに腹を立てたイレーナは事もあろうに、ニーナの殺害を企てた。
闇市で暗殺者を買い付け、ニーナを亡き者にしようと企んだ。
しかし、いち早く気づいたジークに阻止されニーナの殺害は未遂に終わった。が、この計画が全て第二王子に伝わり首謀者だったイレーナは当然の事、その計画に加担したとしてクラウゼ伯爵家は爵位返上の上、領地没収、公開死刑となった。
その後、ニーナは無事第二王子と結婚。ジークはニーナの専属騎士となりハッピーエンドを迎えた。
今思えば何故こんな小説を読んでいたのか不思議に思う。
──あの当時は加害者であるイレーナが断罪されるのを楽しみに読んでいたのかもね。
しかし、実際私がイレーナになったとなれば話は別。
生まれ変わっただけでも驚きなのに、まさか今回も人生詰んでるなんて冗談じゃない。
(せめてもの救いは私が読んでいた小説の中って事ね)
「ふぅ」と一息付き、改めてイレーナの家族を目にする。
父親のクラウゼ伯爵は野心家で様々な事業を手掛けている。
外面はいいし、口も上手い。そのお陰でこの家族は性格破綻者なのにも関わらず、伯爵と言う爵位を維持出来ている。
まあ、貴族界では嫌われているのも事実だけど。
そして、母親のクラウゼ夫人。この人は歳をとってもその美しさは衰えず、寧ろ色気が増したと言われるほどの美貌の持ち主だ。イレーナはこの母親の血を強く受け継いでいるんだなと、つくづく思う。
最後は弟のラルフ。たしか小説の中では16歳位。頭もよく容姿端麗。性格に難がある事を除けばとても優良物件だと思う。
チラッ
私は使用人達の方を見た。
すると、私の視線に気づいた使用人達はビクッと震え、顔色を悪くして俯いている。
それは使用人のトップである執事も同じ様に……
(ここまで怯えるなんて……)
小説では一部の事しか書かれていなかったが、それでも恐れるには十分過ぎる程の事が書かれていた。
例えば、床に髪の毛が一本落ちていただけで掃除担当の侍女の髪を切り落としたり、野菜の切り方が気に入らないと料理長を鞭打ちにしたり、庭の落ち葉が落ち過ぎだと言って庭師に落ち葉を全て片付けるまで水分も食事も取らせなかったり……
考えれば考えるほど有り得ない。
でも、虐めをする奴からすればそれは普通の事。
くだらない理由でも虐めを楽しみたい奴からすればそれはいい餌となる。
(本当、反吐が出る)
虐められる人間の気持ちは虐められていた私が良く知っている。
(まさか私が加害者側になるなんてね……)
運命とは残酷なものだ。
しかし、このまま加害者側にいるつもりはない。
私は使用人達の目の前まで行き、ジッと見つめた。
使用人達はまた何かされると震えていたが、そんな事は気にせず私は深々頭を下げた。
私はまずは、ここの使用人達の信頼を取り戻すことが先決だと判断したのだ。
(まあ、信頼など最初からなかったのかも知れないけど)
「イレーナ!?」
私が使用人に頭を下げている姿を見て、父であるクラウゼ伯爵が声をあげた。
母親も「やめなさい!!」と止めに入ってきたが、私は頭を下げたまま動かない。そして……
「今まで酷いことをしてごめんなさい」
私が謝罪の言葉を口にして、皆同様に時間が止まったかのように動かなくなった。
「今すぐ許して欲しいとは言わないわ。でも、謝罪だけは受け取って欲しいの」
頭を下げたまま付け加えると、先に現実に戻ってきた執事が私に頭をあげるよう言ってきた。
次に弟のラルフが「姉様!!こんなゴミみたいな奴らに頭なんか下げる事ないよ!!」と私を非難してきた。
それに同調するように両親も口々に「謝る必要は無い」と言ってきた。
その家族の言葉を聞いた使用人達は一度は上がっていた顔を再び俯かせてしまった。
そこで私は気づいた。
いくら私が誠心誠意謝っても、家族がこのままではこの家は変わらない。
いつまで経っても私は加害者のままだと。
そして、行き着く先は公開死刑。
これは私に下された試練なのかもしれない。
いくら人生に嫌気がさしたとしても、命を自ら絶った事は許されない。
小さい頃読んだ絵本にあった。
自ら命を絶ったものは地獄に落とされると。
そして、私は地獄ではなくこの小説の中に転生した。
これは何を意味するのか……
「……神様も酷な事をする……」
ボソッと呟き、私は心に決めた。
この家族を、このクラウゼ伯爵家を性格矯正する事を。