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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

あの、私のあばら知りません?

作者: aqri

 ガタガタ、と大きく揺れた。地震だ。


「ぎゃああああ!」


 私は悲鳴を上げる。地震大っ嫌い、トラウマ。何で日本は地震があるの!? それは四つのプレートの上にあるからね! 奇跡じゃない? そんなにプレート重なってるの。


「ちょちょちょ、ちょっと待って! 大きすぎ!」


ひいい、と悲鳴を上げて耐えようにもどうにもならない。




 どうも。骨格標本の昭子です。


 骨だけだとね、糸とかネジとかで固定されてるわけよ。ゆらゆら揺れるったらないわ。それだけならいいんだよ? それだけじゃな……


「ぎゃん!?」


 がっしゃん! という音と共に私は崩れ落ちた。ほらまた! また崩れた! ぼろいんだから私の体! 固定が甘いの!! 前の地震の時も崩れたんだから! ああ、嫌な思い出がよみがえる……。

 揺れはおさまったけど私は地面になんかこう、ざっくばらんな感じで転がっている。酷い。RPGゲームのダンジョンで「ザ・風景の一部」みたいな残骸にしか見えない。しくしく。

 嫌な思い出、それは前回の大地震。地震だけならまだしも、津波がここにも来た。幸い住民は避難してほぼ無事だったらしい。私は残念ながら骨のいくつかが流されてしまった。

 私がこの小学校にきてもう50年くらいかな。大切にされてきた。上は60代、下は現役小学生、卒業生たちまで駆けつけ、私を見てなんてことだと嘆いた。

 理科室に飾られてて、皆きゃーこわーいと言っていたが最終的には昭子ちゃん昭子ちゃんと声をかけてくれていた。毎年、違う学年の違う子供たちみんな。伝統なのかと言いたくなるくらい……とっても優しい子供たち。

 私の体を復元するため、卒業生たちがお金を出し合って私の骨を発注してくれた。出来はとてもよく軽くてつやつやしてて。私の体(骨)のあちこちが古ぼけてたり新しかったりでちぐはぐだったけど嬉しかった。それと同時に地震大っ嫌いになったけど。

 新しい骨はいいけど古い骨はガッタガタ。ボルトが緩み無茶苦茶微妙なバランスで繋がってる。ボルトを新しくすると骨が折れたり欠けたりしそうだから手を出せないんだとか。

 ああ、欠けてないかな私の体。今日は生憎土曜日、そして次の月曜は祝日。三日間放置プレイ。ハッピーマンデー作った奴、表出ろ。

 まあいいか、三日待てば先生たちが気付いてくれる。昔は守衛さんとかいたけどなあ、今はいないんだよなあ。寂しい。ふう、と静かに待っていると。

タタッ、タタッと軽快な音が聞こえる。これは、動物の足音? 理科室の前で止まると中に入ってきたのは柴犬だった。


「あら可愛い」


 野良? 脱走した飼い犬? わからないけど。地震でパニックになって迷い込んじゃったのね。可哀そうに。


「怖くないよ、おいで」


 犬はくぅんと鳴くと私の傍に寄る。犬見たのひっさしぶり! 昭和最初の頃は教室に犬とかトンビとかよく飛び込んできて授業どころじゃなかったけど、今は来なくなっちゃったからね。おお、癒し。


パクッ


「え」


犬は私のあばら、第二肋骨を加えるとタタタっと走り去ってしまう。


「おいこらああああああ! それ、私のあばら!」


 よりによって新しい方を持って行くだとぉ!? テメ、わんころ! ざっけんな歯磨き用の骨ちゃうぞ! それいくらしたと思ってんだ! 最初の卒業生たちが年金切り崩して捻出してくれたんだぞ! あ、だめちょっと泣きそう。涙出ないけど。

 これ以上私の骨がなくなってたまるかあ! ぬぐぐぐ! と踏ん張りなんとか手を動かし、糸を引っ張りボルトを締めてやっと左腕完成! いたたた、痛い! 無理やり動かすと痛い! これが五十肩ってやつか!

 ようやく全身つなげ、ふん! っと一歩踏み出す。よたよたと歩き、急いで犬を追う。夜で良かった、昼だったらバズりまくりだ。SNSのトレンド載っちゃう。

 急いで追いかけるが見当たらない。くっそ、足早いな犬だけに。どうせなら本物の方の骨もってけや! いやそれも困るんだけど。どこ行った~。

 さすがにこの格好じゃまずいと先生たちが使う雨合羽を拝借した。良い感じに全身覆えるし骨は見えないはず。

 それにしても外に出るのってなんか新鮮。街並みすごく変わったなあ。私が外出たのって津波で外に散らばった時以来だ。きれいになったなあ。

 私はそのもっと前、昭和初期の街並みを知っている。以前は道幅が馬鹿広くて、なんていうか結構平面な街並みだった。2Dみたいな感じ。歩いて行くとなつかしさもあり、真新しさもあり。


何故知っているか? それは私が生きた人間だったから。


 戦後、町も人もあらゆるものが元に戻るよう皆必死だった。焼野原の中を生きようと必死で。そんな中、子供の教育を急ごうと学校がたくさん作られた。足りなかったのだ、骨格標本が。資材なんてありゃしない、お金もない。需要と供給が生まれた。標本が欲しい学校と、お金が欲しい人。戦後でも亡くなる人は多く、身元がわからない仏さんは骨が磨かれ標本となった。昔はお金稼ぎとしては普通に行われていた事だ、今は倫理的にやばいけどね。

 私もその一人。子供たちから昭子ちゃんと呼ばれているのは私が納品された時、納品タグに昭子と書かれていたとかいないとか。私の本名が昭子だったもんで、言霊というのかな。皆が呼ぶたびに私は私になり、意識が芽生えた、というか戻ったって言うべき? 人間だったころの記憶と自意識が戻った。


 今歩いている道は生きていたころよく通った道だ。あそこ本当は豆腐屋あったんだよね、いつもお客さん絶えなかった。あっちは田舎から服や小物を売りに来た商人が地面に売り物並べてた。犬を探さなきゃいけないんだけど、ペタペタと町歩きが楽しくなってきた。

 良かった、桜並木は残ってた。満開の桜きれいなのよ、桃源郷かと思うくらい。ふんふんと鼻歌を歌いながら歩いて行く。私の思い出を辿りながら、思い出を探しながら、ついでに骨を探して。いやついでじゃない、そっちが目的だった。


 すると奇跡が起きた。わんわん、と犬の鳴き声がしたのだ。はっとして早歩きをすると、あの犬が骨を地面に置いて座っていた。こんにゃろ! と思ったけど、あれ、と違和感に気づく。犬は逃げる様子もなく、じっと私を待っている。まるで、最初から私をここに導きたかったかのように。

 骨が置かれた場所は、とあるボロアパートの前だった。築何年よ、と言いたくなるくらい古い。人住んでるのか謎なくらいボロッボロ。

 私が骨を拾うと、犬がわんわんわんと吠え始めた。え、ちょっと待って、そんな吠えたらさすがに人来るでしょ! 慌てて物陰に隠れる。するとアパートの扉がガチャンとあいて老人が出てきた。


「うるせえ! このクソ犬!」


 犬はタタタっとどこかに走って逃げていく。出てきた老人はまだ何かギャイギャイ騒いでいる。犬一匹にそんな目くじら立てんでも。バタン、と扉が閉まった。


「……」


 私は扉の前に立ち、ノックをした。



 夜だというのに扉をノックされる。トントントン、トントントン。何度も何度も静かに、リズミカルに、何度も。老人は苛ついて大声で怒鳴った。


「うるせえんだよ! 誰だあ!」

「すみません夜分。探し物をしていまして」


 女の声だった。そんなもの知った事かと無視しようとしたがノックは続く。やかましい、と怒鳴ってもノックはやまない。我慢の限界を超え玄関に向かう。女子供は怒鳴ると怯えて逃げていく。体力がなくなった体でもまだ勝てる相手だ。

 勢いよく扉を開けると全身レインコートに身を包んだ女が立っていた。フードをかぶり顔が見えない、声を聞いていなかったら女かどうかもわからない。雨も降っていないのにと不審に思うと女は問いかけてくる。


「探してるんです、私の……」

「知らねえよ! 誰だおめえは、迷惑だ!」

「ご存じないですか? 知ってるはずですけど」

「知らん! さっさとどっか行け!」


 玄関に置いていた置物を持つと女に向かって投げつけようとする。しかしガシっと腕を掴まれた。その力は強く激痛が腕に走る。


「い、いいい!?」


 痛さに悲鳴を上げるが女は腕を放さない。ゆっくり、一歩、部屋の中に入る。自分の腕を掴んでいる女の手を見て男は悲鳴を上げた。

 骨なのだ、女の手は。ありえない、一体何が起きているのか理解ができない。


「知ってるはずです。私を殺したのは貴方なんだから」


ゆっくりフードを取る。その姿を見た男が悲鳴を上げた。

何十年前だったか、まだ男が若かった時。戦後まもなく金もない、働き口もない。苛々していた。

夜道を歩く女が一人目に入る。

襲い掛かった。いろいろな目的で。


 殺した後売った、買い取る者がいたから。そんなことをすっかり忘れていた。だが鮮明に思い出した。

 女の顔は当時のままだ、首を絞めて殺した時と同じ、怨嗟に満ちた顔で真っすぐ男を見ている。


「返して下さる? あなたが、記念品として切り取った私のあばら骨。貴方の体で」


 女は男の口を左手で押さえると掴んでいた腕を放しゆっくり男の胸に突き刺した。悲鳴を上げることができずバタバタと手足を動かす。ごぼごぼと鼻から血が溢れた。

 ゴリゴリと中を探り引き抜いた。女は骨をみて小さくため息をつく。


「ああ、駄目ねこれは。細くて使い物にならない。80過ぎの老人の骨じゃ仕方ないか」


 ポイっと骨を投げ捨てた。ついでに掴んでいた男を床に落とす。ビクビクと陸に上がった魚のように体がはね、やがて動かなくなった男を冷たく見下ろし、女は部屋を出た。



「うわああ!?」


 朝出勤してきた校長先生が悲鳴を上げる。そりゃそうだ、私は教員用入り口で倒れていたのだから。しかも雨合羽を着ていたから人が行き倒れていると勘違いしたっぽい。フードをめくったら骨だったもんで叫んだみたいだ。


「誰だ、こんないたずらしたの! まったく、古い物なんだから大切にしてくれ!」


 ぶつぶつ言いながら私を丁寧に持ち上げると理科室へと運ぶ。サンキュー、助かった。いやあ、あれから頑張って帰って来たけど力尽きちゃったよね! それがもう行き倒れてるかのような姿で地面に落ちていたもんだから盛大にびっくりさせてしまった。

 私をもとあった場所に立ててバランスをチェックして、うん、と頷いた。


「よし。完璧。傷もないみたいだしな、良かったな昭子ちゃん」


 ありがと。まあしかし、先生からゲンコツもらう回数ナンバーワンであり廊下に立たされる回数ナンバーワンだった宮内君が母校の校長だもんなあ、感慨深いわ。長生きするもんだね。


 会いたい人にも会えたしね?


END

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