機改
第五支部に入った俺は、すぐに精密な検査を受けることになった。
レントゲン、CT、MRI等だ。
「うん、やっぱり機械の体だねー」
写真を見たアンナさんが言う。
「……」
俺はその写真を見て、別の誰かのとすり替えられた、そう思って逃避していた。
しかし、目の前に映る写真は、確かに人間の骨ではなかった。
「しかし、見たことない構造設計だな……ふむ」
一緒に検査をしていたリトが呟く。
「あの、リトさん」
「あー、僕の方が年下な容姿だし、年齢だし、呼び捨てで良いよ」
そう言ってリトは大きくあくびした。
「じゃあ、リト」
「何だい?」
「……人間である可能性は、本当に無いのか?」
リトは少しだけ唸った後。
「まぁ、これだけ証拠が出そろったら、君には残念だが、人間ではないね」
と、ざっくり言われた。
「あ、オオルリは、さん付けのままで良いよ、こう見えて彼女25歳」
あはは、と笑うリトの頭を、アンナさんがスパーンと叩いた。
「レディの年齢軽々しく教えるなバカ!」
そう言って、アンナさんは次の検査だといい準備を始めた。
「これは人工皮膚が何で出来てるかの検査。そのために少しだけ切り取らせてもらうわ」
「はい……」
半分自暴自棄になった俺は、右手を差し出した。
そうして、アンナさんが俺の手の甲にメスを軽く入れた瞬間。
「っ! 痛い!」
俺は痛みに顔を引き攣らせながら、手を引いた。
「え? 痛いって……」
そこまで言って、メスの刃先を見たアンナさんが黙り込んだ。
「どうしたんだい? オオルリ」
と、同じくチェックしたリトが、血相を変えて、俺の右手を見だした。
「これは、血!?」
アンナさんが驚いた様子で言う。
「あぁ、これは人工じゃない、人間の皮膚だ」
リトが頭を掻きながら言う。
俺は、少しだけ未だ痛む手に、顔をしかめたままだ。
「痛覚も、これは演技にはとても思えない……、どうして本物の皮膚が、老化もせずに?」
リトとアンナさんが話し始める。
「オオルリ、これは僕たちの考えているよりはるかに高度な技術が用いられている」
「そのようね、ちょっと他の検査をしましょうか」
アンナさんがゴソゴソと何かを漁り出す。
「ごめん、痛かっただろう」
リトが、頭を下げて謝る。
「痛かったけど、俺は人間じゃないんだろ?」
「その件も、少し考え直す必要がありそうだ」
どういうことだ? と俺が考えていると。
「それより、絆創膏を……一度消毒もするね」
と、今までとは打って変わって人間への対応のようなことをリトが始めだした。
「これでよし」
俺の手に絆創膏を付け終えたリトが言う。
「つぎはどういう検査なんだ?」
俺が聞くと、リトは。
「ファイトドールなのか、人間なのかはおいて置いて、胸にあるコア、動力炉がちょっと気になってね」
「俺の体はどういう事になっているんだ?」
「済まない。僕も彼女もかなり混乱している、君みたいなケースは初めてなんだ」
そう言って、リトは何かをポケットから取り出し、そして咥えて火をつけた。
「……タバコ?」
リトは大きく煙を吐いた後。
「そうだよ。これが無いと落ち着かなくてね」
「未成年が吸うのは駄目だろ?」
「……それも君の時代の記録か」
またしても、俺は無意識にそんなことを口にして、リトに言われた。
「まぁ、細かいことは気にしない方が良い。今いる人間の何人が、汚染された食料に口を付けて死んだと思う? それに比べれば、こんな毒、全然大したことない」
そう言って、リトはもう一口吸った。
「背中がむき出しの機械状態なのは確かなのよね」
謎の管と、メーターの付いた機器を取ったアンナさんが俺に近づいて来た。
「って、リトは……臭いっての」
「ははっ、済まない。だがここは僕の管轄だ。好きにさせてもらうよ」
リトがそんな事を言うので。
「リトがここのリーダーなのか?」
「あー、言ってなかったね。その通りだよ」
意識して無くて気が付かなかった灰皿に吸殻を放り込んだリトが言う。
「やっぱり……」
俺の背中を見たアンナさんが言う。
「どうしたんですか」
「形状は違うけど、電力供給、又は共有装置がついてるんだよ、あなた」
「それってどういう?」
「これだけ見ると機械確定なんだけどねえ」
と、アンナさんも悩んだ顔をする。
「どれ、ここは頭の冴えた僕が」
リトが即興で、何かを取り出す。
「これで、はまるんじゃないかな?」
「形状あわせるの早過ぎよあんた……」
アンナさんがドン引きしていた。
「電力MAXが1000だよ、これはここの画面に分かりやすく映すよ」
そう言って、俺の前にリトが画面を置いた。
「んー、キルモード? っていうかレイドが強引に起こして暴走したから結構減っているかも……」
そう言ってアンナさんは画面をじーっと見つめる。
「まあ、刺せばわかる、痛かったら言ってくれ、やめるから」
「……了解」
少しの金属音の後、画面上の数字が動き出した。
「おー、どれどれ?」
三人でじっと画面を見つめる。
「……どういうこと」
「これは一体?」
アンナさんとリトが声を上げる。
画面には∞と書かれていた。
「なんなんだこれは? 1000がMAXって言っていたのに」
「……君の体に刺して、この機器のOSが書き換えられた、そしてその結果」
リトがそこまで言って。
「永久機関……」
アンナさんは信じられないといった声で呟いた。
「僕もこれはお手上げだよ……」
そう言って、リトがタバコを取り出す。
「あたしもお酒飲もうかな」
「ちょ、ちょっと、置いてけぼりなんだが!?」
俺が言うと、アンナさんは後はリトに任せると言って去って行ってしまった。
「君の体は、こうだね」
画面にはデカく機械と書かれていた。
「そうなんだろう? 散々今まで言ってきたじゃないか」
「でも、こういう可能性もある」
そう言ってリトが画面の文字を書きかえた。
「機……改?」
画面には機改と書かれていた。
「一説に過ぎないが、人間から作られた、機械に改められた可能性を含め、今僕が考えた言葉だ」
リトは煙を吐くと。
「それを略すと、機改」
そう言って、俺の背中から機器を抜いた。
「君には、ここにいる限り基本的人権を与えることとする、ただし……」
「ただし?」
「正直言ってエネルギーはほとんど無くてね、君の体の力を運営に回したい」
「……よく分からないけど、充電とかそう言うことか?」
リトは吸いかけのタバコを突き出して。
「そうだよ!」
「危ないな、当たったらどうすんだよ」
「失敬、まぁこれからよろしく頼むよ」
そう言って、リトは再びタバコに口を付けた。