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 め・か・け。

 

 そう聞こえた気がする。

 いや、気のせいに違いない。

 が、そう聞こえた気がする。

 

「貴様のごとき不器量な女子(おなご)、そうはおらぬ。憐れに思うて、俺が拾うてやる」

 

 ()(ぱた)いてやりたい。

 が、両手を掴まれていて、身動きが取れなかった。

 言葉もうまく通じないし、とにかく、なにもかもに腹が立つ。

 傷心中の女性に、なんてことを言うのか、と。

 

(いくら国王だからって、こんな理不尽は有り得ない! いきなり妾って! どうやったら、そんな発想になるわけ?! 妾って、あれだよね、ロズウェルドで言う愛妾ってことだよね?!)

 

 無駄とは知りつつ、手をグイグイ引っ張ってみた。

 やはり、びくともしない。

 

「どうせ、足蹴にされておるのであろう。なれば、惚れた男と結ばれようなぞとは考えぬがよい。池に映った月を取ろうとするに等しき愚ぞ」

 

 どこまでも失礼な男だ。

 比喩までもが失礼だ。

 なまじ言葉を理解できるがゆえに、なおさら腹が立った。

 手を離しそうにもないし、振りほどけそうにもないので、ギっと睨みつける。

 

 銀色の瞳が、ティファを、じっと見ていた。

 怒っているようでもあり、無関心なようでもあり。

 ひどく不思議な色に変化している。

 視線を絡めとられているような気分になった。

 

「ルー……、下がれ」

 

 唐突な言葉にも、側近の男は頭を下げ、体を返す。

 ティファは、大きな焦燥感に駆られた。

 腹を立てていたのも忘れる。

 

 このまま、あの側近が出て行ったら、自分はどうなるのか。

 この理不尽な国王に好きにされてしまうのか。

 

「待って、ルー!」

 

 ぴたりと、側近が足を止め、振り返った。

 が、しかし。

 

「下がれ」

 

 低い声で、ひと言。

 

 背筋が、ぞぞっとするような声だ。

 半端な威圧感ではない。

 室内の温度が下がった気さえする。

 本能的な恐怖を、無理矢理に引き出すような声音だった。

 

 側近の男が、黙って去って行く。

 その背中を見ていたティファの体が、ぐいっと引っ張られた。

 

「どこを見ておる」

 

 銀色の瞳が、すうっと細められる。

 綺麗だと思った色が、ひどく冷たく見えた。

 殺されるかもしれない、と思う。

 相手は、国王なのだ。

 絶対的な権力者であり、異国の女1人、どうにでもできる。

 

「なぜ、ルー……を呼ぶ? 呼ぶのであれば、俺の名であろうが」

 

 だって、正確に呼べないもん。

 

 とは、言えない。

 

 銀色の瞳に捕らえられ、ティファは、また視線を外せない状態になっている。

 心臓が、ばくばくして、まともに口もきけずにいた。

 もちろん、その「ばくばく」は、極度の緊張感からくるものだ。

 わずかな不快を感じるほどに、鼓動が速い。

 

「なぜ呼ばん? 呼べ」

 

 うまく呼べる気がしないから、とも言えなかった。

 端正な顔立ちで凄まれ、体がこわばる。

 そうしている間にも、国王の顔つきが険しくなってきた。

 いよいよ殺されるかもしれない、という危機感に襲われる。

 

 ティファは、勝気な性格だし、身を守るすべをまったく知らないわけではない。

 剣術や武術も習ってはいた。

 魔術師が使えないからだ。

 剣については、そこそこの腕前でもある。

 

 とはいえ、武器はないし、完全に捕まっていた。

 相手のほうが格段に力が強く、身動きが取れない。

 少しでも間合いがあれば打撃を加えて、逃げる隙を作れたかもしれないけれど。

 

(お父さま、ソル、助けて……っ……!)

 

 心で2人を呼び、ティファは、ぎゅっと目を閉じた。

 それが、無理だとわかっていても。

 

 ばふん。

 

 急に、顔に(かた)やわらかいものがあたる。

 そろりと目を開くと「肌色」が見えた。

 抱き寄せられ、あの大きくはだけた胸に頬があたっている。

 気づいて、一瞬で、顔が熱くなった。

 

 こういう状況には慣れていない。

 テレンスと「デートっぽい」ことをした経験はあるが、手も繋いでいないのだ。

 ましてや、よく知りもしない男性に抱き寄せられたことなどない。

 その、ティファの背中が、ぽんぽんと軽く叩かれる。

 

「それ、呼んでみよ。顔を見て呼ぶのが恥ずかしいのであろう? こうしておれば、見えはせぬゆえ、案ぜずともよい」

 

(……なにそれ、ものすっごい勘違いなんだケド……)

 

 ティファは、国王に抱きしめられていた。

 そして、子供のように、あやされている。

 そんなことで、とは思うのだけれども。

 

(殺す気じゃなかったのか……なんだ……)

 

 ちょっぴりホッとした。

 声も穏やかに聞こえて、体のこわばりがほどける。

 

「呼べ、ティファ」

 

 ティファは、少しだけ顔を上げ、ちろっと国王の顔を見てみた。

 銀色の瞳が、また「綺麗」だと思える。

 

「…………セス……」

 

 怒られても、そうとしか聞き取れなかったのでしかたがない。

 説明する時間を与えてももらえなかったし。

 

「それで良い。貴様は、俺のものぞ? ほかの男の名を呼ぶことはまかりならん」

 

(いや、それ、ちょっと横暴過ぎじゃない……? ほかの人には話しかけるなってこと? ていうか、あなたのものになるなんて言ってないし……)

 

 テスアは未知の国過ぎて、風習も文化も、よくわからない。

 この国では、こういうことがあたり前なのか、それとも国王だから許されているのかも知りようがなかった。

 どの道、ティファの現状が変わるわけではないのだが、それはともかく。

 

(そうだ! なにもテスアの言葉じゃなくてもいいんじゃん!)

 

 最初に、この国の言葉で話せ、と言われたので、無理をしていた。

 が、なにもテスアにこだわる必要はなかったと、気づく。

 ティファは、北方の言葉であれば、もう少しマシに話せた。

 テスアが北方諸国のひとつである以上、国王だって北方の言葉は話せるはずだ。

 

「あの……私、北方の言葉なら、話せます」

「そうか。だが、我が地の言葉も話せないことはないだろう?」

「それはそうですけれど、こちらのほうが、話し易いです。それに、意思の疎通もできるではないですか」

 

 実際、国王が北方の言葉で話し出したとたん、ものすごく通じ易くなっている。

 これなら、さっきの「妾発言」にも抵抗できると思った。

 のだけれども。

 

「貴様は、俺のものと言うておろう。俺のものである限り、我が地の言葉を使え」

「いや、ですから、それですと、話が……」

「早う覚えよ。さすれば、話が通じぬこともなくなろう」

 

 国王は、さっさとテスアの言葉に戻している。

 いつまでもここにいるつもりのないティファとしては、覚える必要を感じない。

 さりとて、覚えなければ、また凄まれる気がした。

 切れ味の鋭い剣のような色に変わった瞳で見られたくはない。

 

(ウチの国王陛下とは、まったく違う。この国の王様って理不尽過ぎるわ……)


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