理不尽陛下の甘やかな囁き 4
7日前、テスアに帰ってきた。
縁杯の儀と呼ばれる婚姻の儀式は、いよいよ明日。
儀式は、割と難しい。
そのために、テスアの言葉を、たくさん覚える必要があった。
ほとんどはセスと同じ内容を繰り返すだけだ。
ただ、セスがこれまでの感謝を民に述べるのに対し、ティファは受け入れられたことに対する感謝を述べる。
この部分は、自分で考えなければならなかった。
「なんだ。まだ悩んでおるのか?」
「大事な儀式にござりますゆえ、悩むのも必然にござりましょう」
セスが、ふっと笑う。
やはり、セスの、この笑いかたが好きだな、と思った。
日頃の理不尽で尊大な物言いが信じられないほど、優しい顔になる。
「2人の時は、無理をせずともよいと言うたであろう?」
「使うておらねば覚えぬと、陛下が仰せになられました」
わざと堅苦しさ全開で言うと、セスが、今度はムっとした顔になった。
そして、ふんっと鼻を鳴らす。
婚姻前であろうと、セスは変わらない。
理不尽で、ちょっぴり意地悪で、けれど、優しいところも見せる。
「仕置きがされたいのなら、そう言え。お前、あれが気に入ったのであろう?」
「ちが……っ……」
「そうかそうか。ようわかった。それほど気に入るとは誤算であったな。あれは、仕置きにならんようだ」
ぶわわっと、顔が熱くなった。
口づけをされたくて、我を張っているなんて思われたくない。
されたくないわけでもないが、それはともかく。
「もおっ! セスが変なこと言うから、明日、なに話すか忘れちゃったじゃん!」
「思うたことを話せばよいだけではないか。なにも難しくはなかろう」
「人前で話すってだけでも緊張するの! 頭、真っ白になりそう……」
ティファは頭をかかえているのに、セスは知らん顔。
王妃としての最初の公務だと言い、手伝ってはくれないのだ。
ティファも手伝ってもらおうとは思っていないが、助言くらいしてくれてもいいのではないか、とも思う。
正真正銘、最初で最後の儀式になるのだから。
今は、寝所に2人きり。
夕食もすませ、湯にも浸かり、寝巻にも着替えた。
あとは、明日を待つばかり。
そのギリギリになっても、まだティファは悩んでいるのだ。
「あ~……今日は寝れないかもしれないなぁ……」
「羊を十匹も数えぬうちに寝ておるだろうよ」
「今日は、いつもと違うもん! 何匹だろうと、寝られそうにないんだって」
「さようか」
セスは、まったく信じていない。
もちろん普段のティファなら、そう言われてもしかたがなかった。
羊など、もうほとんど数えていないのだ。
数えなくても、知らないうちに、すやりとしている。
「ティファ、こちらに来い」
セスが立ち上がり、窓のほうに向かった。
ティファも後ろについていく。
開け放たれた窓の向こうに、町が見えた。
とはいえ、夜なので、灯りがぽつぽつ、といった具合だ。
家や田畑は、月明りにぼんやりと見える程度だった。
「お前は、あの森の家が好きか?」
「え? うん……好きだよ」
「あそこは、テスアの雰囲気に似ておったな」
言われてみると、そんな気がする。
自然が自然なままに広がっているところが、テスアに似ているかもしれない。
王都や貴族の屋敷では、人工的な物も少なくなかった。
灯りすら、魔術道具を使っている。
それが嫌だというわけではないが、少しせわしなく感じるのだ。
快適さは、居心地がいい。
けれど、どこか落ち着かない気持ちになることもあった。
「俺は、国王との立場でなくとも、この国を愛おしく思うておる。それゆえ、国王として、なおさらに、この国を、あるがままに残していきたいのだ」
セスの言葉が、胸に響く。
ティファにも、わかるような気がしたからだ。
この国には、変わってほしくない、と感じる。
人々の暮らしという面から考えれば、便利になったり、快適になったりするのは悪いことではない。
だが、文化や風習など、テスアにしか残されていないものもたくさんあるのだ。
それらを捨ててまで、変える必要があるだろうか。
おそらく民が望めば、セスは、その望みを叶えようとする。
ただ、ティファの印象として、テスアの民は、快適さを求めない気がした。
新しいものを受け入れないということではなく、古いものを大事にする、という意味で。
(他国の王妃なんて、前例ないもんね。新しいものが嫌なだけだったら、私なんて受け入れてもらえるはずないよ)
町の民たちは、2人の婚姻のため、手を尽くしてくれていたらしい。
専用の衣装のため布を織ってくれたり、お祝いの食事用の器を造ってくれたり。
しかも、すごく急ぎで、なのに、丁寧に、用意してくれたと聞いている。
すぐに礼を言いに行きたくなったくらい、感謝していた。
聞いた時には大変だと思っていた1年がかりの行幸も、今では楽しみだ。
早く各地を周り、自分の言葉で礼を述べたい。
セスが、当然のように行幸について語っていたのも、理解できた。
国や民を知るごとに、愛おしく感じてくる。
「ティファ」
セスが、体をティファのほうに向け、両手を取ってきた。
銀色の瞳が、ティファを見つめている。
静謐さをまとい、凛とした輝きを持つ、冬の月の色。
真剣で、まっすぐなまなざし。
もうセスは「池に映った月」ではない。
「この国の王妃は、負担も大きい。俺の代理を務める者となるゆえにだ。お前は、頑張り過ぎるきらいもある。臣民からの期待や信頼に出来得る限り応えようとするのであろう。むろん、王妃とはさようなものだ」
ティファにも、わかっていた。
この国では、男女の別が、あまりない。
国王が別のことに対処している場合には、王妃が国王の代理をすることもある。
万が一、セスが風邪でもひいて寝込んだりすれば、ティファが公務をこなすことになるのだ。
王妃という立場には、重責が伴うのだと、わかっていた。
「だがな、忘れてはならん」
セスが、ティファの両手を重ねるようにして持ち上げる。
その指に唇を押しあてた。
「お前は、王妃である前に、俺の妻だ。ただひとり、真の妻であると覚えておけ」
胸が、きゅうっとなる。
テスアからロズウェルドに逃げ戻ったあと、セスがどうしていたのか。
それをルーファスが教えてくれた。
いつも難しい顔をして、公務に没頭していたらしい。
なのに、ともすると、遠くを見て、ぼんやりしたりもしていたという。
そして、セスは、ティファに担わせていた役目を廃さなかった。
寝所役を戻すことはなく、膝役も召し替え役も湯殿役も、新たに任じることはなかったと聞いた。
すべて、セスは自分でしていたのだ。
きっと新たな「妾」を考えられなかったからだ、とルーファスは言っていた。
それまで大勢に世話をしてもらっていたセスが、独りで食事をし、着替えをし、自らの手で体を洗う。
独りで過ごしているセスを思い、どれほど胸が痛んだか。
ただひとり。
ティファにとっても、そうだ。
セスは、たった1人の愛する人。
その気持ちひとつで、この遠い地で暮らすことを選んでいる。
ティファは、セスの体を抱き締めた。
抱きしめ返され、その胸に顔をうずめる。
「……セス……大好き……」
精一杯の気持ちを言葉に込めた。
自分にとっても同じだと。
なのに。
「知っておる。お前は、俺に惚れて惚れて惚れ抜いておるからな」
むきっとなりかかったティファの体が、ふわりと浮いた。
セスは窓を閉め、床に向かう。
せっかくいい雰囲気だったのにと、ちょっぴり、むくれ気味のティファを布団に寝かせ、隣にセスが入ってきた。
自信満々で余裕綽々な態度が気に食わないと思いつつ、目を伏せる。
見えてはいないが、セスが、ふっと笑った気がした。
眠りに落ちる直前、セスの甘やかな声が降ってくる。
「まだ1匹も数えておらんのに、なんだ、お前、もう眠ってしまったのか」
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