あれやこれやがありまして 3
3日後、と言われてしまった。
3日後の朝には、ロズウェルドに戻ることになる。
もう少しテスアで、のんびりしたい気持ちもあったが、これも自分のためだ。
ティファは、小さく息をつく。
セスは、目通付に行っているので、今はいない。
寝所の中には、ティファ1人だ。
1日3回の食事は、一緒にとっている。
だが、セスには公務に戻るよう頼んでいた。
ロズウェルドに、セスが来てから半月。
その後、あんなことになってしまい、テスアに帰ってからも、丸々3日、セスはティファにつききりだったのだそうだ。
目覚めたあとだって、なにかとティファの面倒をみてくれている。
(結局、迷惑かけ倒してるよね、私……ロズウェルドでも、みんな、心配してるんだろうし……ああ……なんでこうなっちゃうかなぁ……)
婚姻を機に、セスを支えられるようになろうと、ティファは思っていた。
なのに、この有り様だ。
本当に、自分で、自分にがっかりする。
そのせいで、ここのところ悩み深くなっていた。
こんな調子で「王妃」になってもいいものだろうか。
ちらっと、香炉に視線を投げる。
セスは、ティファのおかげで助かったと、言ってくれた。
けれど、おそらく、それは結果論なのだ。
ティファは、魔力顕現しておらず、魔術が使えなかったからこそ、魔術道具には少しばかり詳しく学んでいる。
魔術の代わりになるので、便利な物が多かったからだ。
あの黒縁眼鏡も、実は、魔術道具の一種だった。
街では売られていない。
ソルが、ティファのためにと、造ってくれている。
あの眼鏡をかけていると、伝達系魔術である即言葉の下位魔術、早言葉が使えるのだ。
即言葉とは違い、お互いに声が遅れてとどくのだが、それでも、十分に便利。
ソルには、なにかあれば、連絡しろ、と言われていた。
テレンスに叩かれた日。
もし、ティファが眼鏡を使い、ソルに迎えに来てもらっていたら、すべての事態は避けられたのだ。
そもそも、テスアには来ていなかっただろう。
が、それは、セスには会えていなかった、ということも意味する。
(そりゃあ、今は、セスに会わないほうが良かったなんて、絶対に思えないけど。それも、結果論なんだよなぁ。元々、会うことがなかったら、こんなふうに思ってないもんね。それに、私が、セスに恋しなかったらテスアを危険に晒すことだってなかったってことじゃん)
魔術道具には、魔力の供給が必要だとは知っていた。
そして、過剰に供給すると、道具そのものが壊れてしまうことも、知っている。
自分の暴走した魔力が、どれほどの大きさだったのかともかく、大きかったのは間違いない。
なにしろ「人ならざる者」の力なのだ。
小さいわけがない。
つまり、香炉が過剰供給に耐えきれず、壊れていた可能性もある、ということ。
ティファも助からず、雪嵐も消える、という最悪の状況も起こり得た。
(そうなって、1番、苦しむのは、セスなんだよね……)
セスの命を助けたくてしたことだが、助けたことになっていたかどうか。
はなはだ疑わしい。
雪嵐が消え、テスアが他国に攻め滅ぼされでもすれば、セスは後世にまで、その名を遺すことになっていた。
テスアを滅亡させた最後の国王として。
なにより、セス自身が、そんな己を許せたはずがない。
ティファは、立ち上がり、窓を開ける。
セスがしていたように、その桟に座ってみた。
眼下には、テスアの町が広がっている。
昼間なので、遠くまで、よく見渡せた。
家が建ち並び、遠くには畑もある。
そこで、暮らしている民がいるのだ。
当然だが、当然ではない。
「ヤンヌ、ルンダ……モレド……」
1人1人に名があり、各々の暮らしが存在している。
けして「民」と、ひとくくりにしてはならないのだ。
少なくとも、この国テスアでは。
もちろん、以前、セスに言った「すべての民を救うことはできない」との言葉は今もティファの中にある。
だが、それをあまりにも前提とし過ぎるのも良くない、と思い始めていた。
ここはロズウェルドとは違うのだ。
貴族だの、平民だのといった言葉ではまとめきれない人たちがいる。
セスが、どうして、こんなふうに座るのか、少しわかる気がした。
町並みを見ていると、自分の無力さに、切なくはなる。
と、同時に「しっかりしないと」とも思えるのだ。
まだ、この国に嫁いでもいないのに、民を愛おしく感じられた。
「帰ったぞ」
「ぁわ……っ……」
思わず、変な声が出る。
あげく、窓の桟から転がり落ちた。
すぐに、セスが駆け寄って来る。
ティファの体を支え、起こしてくれた。
「なにをしておるのだ、お前は」
「あ、や~ちょっとね……」
曖昧に笑ってみせる。
そのティファの頭が撫でられた。
「それなりでよいと言うたのは、お前ぞ? であろう、ティファ?」
このまま王妃になってもいいのか、悩んでいることを悟られていたらしい。
セスは、ティファの頬に手をあて、瞳をじっと見つめてくる。
ティファも、セスの銀色の瞳を、じっと見つめ返した。
この瞳に、恋をしたのだ。
とても印象的だった。
セスの感情により、複雑に色を変える。
そして、ティファを正面から見つめ、けして目をそらせない。
目をそらせたのは、1度だけ。
ティファがロズウェルドに帰ると言い、ソルが来た日だ。
あの時のセスの姿を、ティファは、今でも覚えている。
「そうだね。それなりに……でも、できるだけのことはする」
「お前は、そういう女だ。わかっておる」
いろんなことで、これからも迷惑をかけるかもしれない。
役に立てることなんて、ほんのわずかかもしれない。
だとしても、セスと一緒なら、自分にもなにかできそうに思える。
一緒に、テスアという国を守っていきたかった。
「婚姻したら、行幸に出るんだよね?」
「そうだ。テスア国内の、すべての土地を回る」
「楽しみだなぁ。ほかの区画も、ああいう感じ?」
「似てはおるが、土地柄というものもあるな」
「そっか……ロ……うん。その土地ならではっていうのを楽しみにしてるよ」
ロズウェルドでもこうだった、とか。
ロズウェルドではこんなふうだ、とか。
もう引き比べるのはやめようと思う。
ここはテスアで、自分は王妃になるのだから。
と、思ったのだけれども。
「あ! ヤバい! じゃなかった!」
「いかがした? 突然……」
「私、ずっとテスアの言葉を使っていませんでした! 失敗です!」
窓の桟から転がり落ちたせいかもしれない。
テスアの言葉を話す、ということが頭から飛んでいた。
いたらなさ過ぎると、がっくりする。
そのティファに、セスが、ふっと笑った。
「俺とお前だけに通じる言葉も悪うない。寝所では許すといたそう」
ティファは、目を真ん丸にする。
あのセスが、こんなことを言うなんて、という感じだ。
ティファの内心を見透かしたように、セスが目を細めた。




