相応流儀 3
じわぁ…と、本当に、ゆっくりティファは目を開いた。
まだ視界が、ぼやけている。
焦点が定まっていないのだ。
「目が覚めたか」
セスの声がする。
周りも真っ暗ではない。
あの場所からは抜け出せたのだろう。
ぼんやりと見えている光景からすると、ここはセスの寝所だ。
いつの間にか、テスアに帰ってきていたらしい。
「無茶をしおって」
ティファは、目を、しぱしぱとさせつつも、眉を下げる。
心配させてしまったと、わかっていた。
それも、相当に、だ。
ティファも、セスが死にかけた時、味わっている。
あの恐怖と絶望感に、セスも晒されたはずだ。
セスを救いたいと思ったのは、ある意味では、ティファの身勝手に寄る。
そのせいで、セスは、身がすくむほどの心配を押しつけられた。
「……怒ってる、よね……?」
「怒ってはおらん」
「怒っては……?」
少し鮮明になってきた視界に、セスの銀色の瞳が見える。
ものすごく顔を近づけられているようだ。
心臓が、とくとくと鼓動を速めた。
そんな場合でもないのに。
「お前には、仕置きと躾が肝要と思うておる」
「は……?」
「当然であろう。お前は俺のものだ。勝手は許さん」
おかしいな、点門の事故の日に戻っちゃった?
と言いたくなるくらい、セスは理不尽なことを言う。
セスに甘い言葉を期待したのが間違いだった。
もとより、そういう性格の人ではない。
(でもさ、ロズウェルドにいた時は、もっと甘かったじゃん!)
春先の寒暖差並みに、こうも変わるとはと、ちょっぴりムっとする。
もちろん、自分の勝手でしたことではあるし、心配させたのもわかっているのだけれども。
「お前が、俺に惚れておるのは知っておる。ゆえに、今後、心を伝える際は、別の手立てとするがよかろう」
いよいよ、ティファは、むくれた。
せっかく目覚めることができたのだから、もっと労わってほしい。
もう少し感動的な目覚めがあってもいいはずだ、と思う。
「やはり怒っているのではないですか?」
ティファが使ったのは、テスアの言葉だ。
セスは、ロズウェルドで、テスアの言葉を使わずにいた。
民言葉まで含め、ちゃんとロズウェルドの言葉で話している。
それを思うと、自分もテスアの言葉を使うべきだと思った。
ここはテスアなのだから。
「怒ってはおらんと、言うたであろうが」
「そうは思えないので、訊いています」
わずかにトゲトゲっとした言いかたをしてしまう。
本当には、ティファだって、素直な気持ちを口にしたかった。
なのに、セスが理不尽な物言いをするので、反抗心が刺激されている。
「お前は、俺が見えておらんようだな」
言われて、ゆっくりと何度か瞬きした。
時間も経ったせいか、かなり鮮明に見えてくる。
「あ…………」
焦点が合ってきて、初めて気づいた。
セスは、怒ってはいない。
その口元には、笑みが浮かんでいる。
とても優しい瞳をして、ティファを見つめていた。
きゅ。
セスが、ティファを抱き締めてくる。
暖かくて、安心した。
自分の「生」を実感する。
「俺は、お前に、命を放り投げることを、許してはおらんぞ?」
言葉がうまく出てこなくなって、ティファは、小さく、こくっとうなずいた。
セスの胸に、顔をうずめる。
「お前は俺のものだ。俺のものである限り、隣におらねばならん。俺を独りにせぬのが、なによりの務めと心得よ」
ティファも、セスを失う恐怖は、2度と味わいたくない。
セスの隣にいて、笑っていたい、と思った。
(テスアの言葉も、もっと勉強して、たくさん話せるようになろう)
話す、ということは、自分の気持ちを相手に伝える、ということだ。
単純で、あたり前みたいなことだけれど、あの暗闇に落ちるまで無自覚だった。
心の内側は、目には見えない。
見えないからこそ、言葉にしなければ、なおさら伝わらなくなる。
もちろん、言葉だけでも、駄目なのだ。
態度や行動で示して初めて、言葉は真実と成り得る。
そのためには、まずはテスアの言葉を扱えるようになり、言葉と態度で、自分の想いを伝える、と決めた。
ティファの想いも、言葉も、受け止めてくれる人がいるのだから。
「だが、俺のものを放っておくこともできぬゆえ、幾度でも、俺は、お前を迎えに行くのだろうがな」
セスが、ティファの頬を撫でてくる。
そして、ふっと笑った。
「なんだ、言わんのか?」
「悪態はつきません」
「そうではない」
ついっと、セスの眉が持ち上がる。
ニっと笑われ、頬が、ぶわっと熱くなった。
自分で言った言葉を思い出したからだ。
あの暗闇で、ティファは言った。
『……セス……大好き……』




