表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
70/80

相応流儀 2

 

「……ス……セス……!」

 

 セスは、体が揺さぶられるのを感じて、目を開く。

 手を握っていたティファは、未だ床に臥せっていた。

 目も伏せており、起きる気配はない。

 

(あれは……幻であったのか……)

 

 確かに、ティファを抱き締めた。

 ぬくもりすら感じられたのだ。

 とても幻だったとは思えずにいる。

 

「ティファは……?」

 

 手には、ぬくもりがあった。

 生きているのは間違いない。

 けれど、危険な状態なのかどうか、セスには判断できないのだ。

 向かい側に座り込んでいるジークの顔を見た。

 

「ま、2、3日は起きらんねーだろーな」

「では……2、3日もすれば……」

「起きるってことだ」

 

 体から力が抜ける。

 が、ティファの手を握った手には、自然と力が入った。

 ジークが言うのだから、ティファは数日後には目を覚ますに違いない。

 助かったのだ。

 

「お前、行ったのか?」

「行った?」

「ティファと会ったのかって、訊いてんだよ」

「あれが本物であったかはわかりませぬが……」

 

 ジークの口元に笑みが浮かぶ。

 それから、肩をすくめた。

 

「どういうことでしょうか?」

「やっぱりティファは母上に似てるってことサ」

「お祖母様も黒髪、黒眼でしたが、あの力は持っておられなかったはずです」

「けど、魔力顕現(けんげん)したのは、ティファと同じ16ン時なんだぜ?」

 

 ソルには初耳だったのか、驚いている。

 セスにとっては、初耳以前に、話がまるでわからない。

 

「魔力は万能じゃない。人の心を操ったり、覗いたりすることはできねーって言うだろ? けど、例外があるみたいなんだよな」

「例外ですか?」

「父上は、母上の心ン中に入ったことがある、って言ってた」

 

 ということは、あの暗闇は、ティファの心の中だったのだろうか。

 だが、セスは、ジークの父とは違い、魔術は使えないのだ。

 なぜだか、ジークが、くくっと笑う。

 

「お前は、ティファに引っ張られたんだろうぜ」

「ティファに?」

「そんくらい会いたかったんだろ」

 

 ティファの手に額をつけた時だった。

 引っ張られるような感じを受けたのを思い出す。

 ふっと、セスも笑った。

 そうか、と思う。

 

 手を伸ばし、ティファの頬にふれた。

 そのぬくもりが、愛おしい。

 

(強情っぱりな女だが……時には、素直になれるのではないか)

 

 ティファに呼ばれ、自分は、あの場所に行くことができている。

 そして、ティファが、心の(うち)に入れてくれたから、抱き締めることもできた。

 あれは、幻ではなかったのだ。

 

「絶対防御で繋がってたってのもあるだろうけどな。元々、それは、ティファが、お前を守るためにかけた魔術なわけだしサ」

「女性に守られているようでは、先が思いやられます」

 

 ソルに嫌味を言われる。

 セスも、その通りだと思った。

 視線をソルに向けて、うなずく。

 

「今後は、より注意深く備えることとする」

「そうとも。万が一に備えるのは、大事なことだ」

 

 ソルが、小さく息をついた。

 ティファが助かったからこそではあるのだろうが、許してもらえたらしい。

 近くに置いていた香炉を手にして、セスに差し出してくる。

 

「壊れてはいない……なぜ、これが役に立つと思ったのかね?」

「よくわからん。理屈などなかった」

「呆れたものだ。それで、よくテスアに帰るなどと言えたな」

「だが……少しばかり気になることはあったのだ」

 

 ジークが、ティファとの婚姻に際してテスアに来た時に、ゆっくり話すつもりでいた。

 あの時は、香炉の秘密まで打ち明ける気はなかったが、確かめたいことがあったのだ。

 

「これを思い出した」

 

 セスは、香炉を引っ繰り返す。

 底の部分に模様が刻まれていた。

 

「これは……どう思われます……?」

「ウチの紋章……か? かなり似てるな……」

 

 ジークからもらったカフスリンクスに、セスは、既視感を覚えている。

 ティファが死に瀕していると悟り、頭に浮かんだのが、そのカフスリンクスだ。

 この香炉に刻まれている紋様と、酷似していた。

 

 中央に嘴を突き合わせた鳥が2羽。

 周りには、草のような植物の模様。

 

 香炉のほうが「雑」であること以外、ローエルハイドの紋章と同じだと言っても差し支えない。

 セスは、香炉を脇に置く。

 ティファを助けるためなら、壊れてもかまわないと思っていた。

 だが、持ち(こた)えてくれたことに、感謝もしている。

 

「そいつは、かなり高度な魔術道具だ。そうだろ、ソル?」

「そうですね。天候を複雑に管理して、かつ、魔力疎外もかけているようでした」

「けど、3百年前からあったってなら、父上が造ったものじゃねーな」

「ローエルハイドの祖、ということでしょうか?」

「たぶん、そーだろ……ただなぁ、よくわかんねーんだよ、ウチの家系って。父上の代からは資料があんだけど……大昔は、ここいらにいたのかもしれねーなぁ」

 

 ふと考える。

 もし、テスアとローエルハイドの間に繋がりがあったのだとすれば、そもそも、ティファが飛ばされた理由も、そこにあるのかもしれない。

 大陸のどこに飛ばされてもおかしくない状況で、わざわざ雪嵐の酷いテスアに、飛ばされてきたのだから。

 

「まぁ、いいさ。繋がりがあろうがなかろうが、これからは、繋がってくんだ」

「非常に不本意ですがね」

「お前、まだ拗ねてんのかよ。大人げねーな」

 

 ふいっと、ソルが、そっぽを向いた。

 一応、許してもらえたものの、ソルから信頼を得るのは、まだ先になりそうだ。

 今回のことで、採点は辛くなっているだろうし。

 

「セス」

 

 急に、ジークの声音が変わる。

 すくっと立ち上がっていた。

 隣で、ソルも立ち上がっている。

 

「お前ンとこの民が、1人、ロズウェルドで捕まった」

 

 言葉から、すぐに気づいた。

 捕まったのは、イファーヴに違いない。

 

 セスが毒を受けた場所は、庭の入り口に近い場所ではあった。

 おそらく後をつけてきていたのだろう。

 だが、引き返そうとしても、引き返せなかったのだ。

 イファーヴには正しい道を行く「資格」がない。

 

「本当は、お前に引き渡すのが筋なんだろうがな」

 

 ジークのブルーグレイの瞳は、限りなく冷たい。

 これが「人ならざる者」の系譜である、ローエルハイドなのだ。

 

「オレらには、オレらの流儀ってのがある。それは曲げらんねえ」

 

 ティファを狙ったのだとしても、ティファは、じきに王妃となる。

 国王の命を狙ったに等しい。

 もとより、自分の甘さが、ティファの命を危険に(さら)している。

 イファーヴにかける情けは、すでに捨てていた。

 

「あの者は、最早、俺の臣下にあらず。引き渡しの必要はございません」

 

 どちらが出したのかはわからないが、点門(てんもん)が開かれている。

 その向こうに、ロズウェルドの王宮が見えていた。

 ジークが、にひっと笑って、手を振る。

 

「また来る」

 

 そして、2人は、点門の向こう側に、消えた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ