なにがどうしてどうなって 3
目の前には、男性が2人。
白い服の男性と、灰色っぽい服の男性だ。
白い服の男性が、どうやら「陛下」らしい。
薄手の服の襟元は大きく開いていて、胸元が丸見え。
ティファは、慌てて目をそらせる。
男性の体なんて、半裸だって見たことはない。
ロズウェルドの貴族服は、もっとかっちりしたものなのだ。
それに、男女を問わず貴族間では、肌の露出は避けられている。
女性の夜会服のほうが、よほど露出度が高いと言えるくらい、貴族の男性は肌を見せるのを好まない。
言いかたに語弊はあるかもしれないが「下品」とされているのだ。
平民は動き易さを重視するため、貴族ほど、きちきちした服ではなかった。
が、民服と呼ばれる服装も、ここまで大きく広く胸元は開いてはいない。
たいていは編み上げになってもいるし。
ティファは、彼らの服装に気後れしつつ、頭の中で焦っていた。
言葉が通じないことにしてしまえば良かったのに、それもできなくなっている。
2人の会話を理解していることが、バレているからだ。
(テスアの言葉、ややこしくて難しいんだよ! 普通の北方言葉なら、私だって、もう少し、マシに話せるんだってば!)
相手の話していることは、ほとんどわかる。
訛が酷いものの、北方の言葉と文法は同じだからだ。
それに、ティファは、テスアの本も読んだことがあった。
いくつかの、年代物のおとぎ話と歴史の本だ。
そこに書かれていた単語と、ほとんど同じものが使われている。
さりとて、自分が話すとなると別。
文法はともかく、ものすごく発音が難しかった。
本から得られる情報では、とても追いつかない。
「ええと……」
言いかけて、はたとなる。
このまま自分の素性を明かしていいものか。
変に疑われ、罪に問われでもしたら、無事ではいられないのではないか。
そんな不安がよぎった。
ロズウェルドは、魔術師のいる国なのだ。
どこの国も警戒している。
そもそも、魔術に関しての詳細な情報は、王宮内に留められていた。
他国には、ほとんど知られていない事柄だ。
魔術師になれる者と「持たざる者」がいると、知っているかどうかも怪しい。
商人などを介して取引のある国であれば、知っている。
が、テスアは鎖ざされた国で、ロズウェルドとの交流も、いっさいなかった。
おそらく、相当に、外から入ってくる情報は少ないだろう。
となると、下手にロズウェルドの者だと言うと警戒されるかもしれない。
「陛下が問うておられることに、早う答えぬか」
うぐぐ、と、ティファは、言葉に詰まる。
言うべきか、言わざるべきか。
どちらにしても、長引かせることはできそうにない。
2人の目つきは、とても剣呑だ。
(あれ? でも、あえて訊いてくるってことは、ロズウェルドから来たってことはわかってないの? なんで?)
ティファは、さっき勢いあまって、自国語で怒鳴り散らしている。
それがロズウェルドの言葉であることは、わかるはずなのだ。
と、思ったのだけれども。
(あ~そっか。私、さっき民言葉全開で怒ってたな……字引きに載ってないものも使ってたし、ロズウェルドでも、半分くらいは通じなかったかも……)
そのせいで、ロズウェルドの者だと明確にはなっていないらしい。
ティファは、2人に、再度、ちらっと視線を向ける。
2人の関係は、国王と側近、といったところだろう。
国王のほうが、名を教えてくれてはいたのだけれども。
(よく聞き取れなかったんだよね……なんか難しい名……ていうか、発音が……)
側近は、ルーなんとか。
国王は、セスなんとか。
そんなふうにしか聞こえなかった。
名を間違えたら斬首なんていう刑罰があったら、と不安になる。
ロズウェルドにだって「不敬罪」という刑罰があるぐらいなのだ。
斬首とまではならないが、それはともかく。
「いかがした? なんでもかまわぬゆえ、話してみよ」
国王のほうが、ティファを促す。
腕組みをし、じいっとティファを見ていた。
その瞳に、思わず、ティファは見入ってしまう。
「超キレイ……銀鼠だ……目も髪も、銀鼠……めっちゃイケメン国王だ……」
知らず、ティファだけが知っている言葉を口にしている。
独特の言い回しは「民言葉の字引き」にも載っていない。
それくらいに、印象的だったのだ。
国王が首をかしげ、訝しそうに目を細める。
それがまた、なんとも言えず、目に麗しい。
長い髪も、その風貌に、とてもよく似合っているように感じられた。
鷲っぽい印象なのに、色味的には狼っぽいといったふう。
「へ、陛下……」
「いかがした?」
国王が、隣に立っている栗色髪の側近のほうへ顔を向ける。
側近に、なぜか指をさされた。
「この不器量な女子は、陛下に懸想をしておりまする!」
「懸想……さようか」
ふん、と、国王が鼻を鳴らす。
ティファは「懸想」との言葉を、頭にある他国語字引きから引いている中。
見つけると同時に、頬が、かあっと熱くなった。
懸想:恋い慕うこと、恋心をいだくこと
側近は、ものすごく嫌そうな目で、国王は馬鹿にしたような目をしている。
そんな目をして、ティファを見ている。
瞬間、頭に、カッと血が昇った。
見惚れていたのは事実なので、それが恥ずかしかったというのもある。
「ムカつくッ! ちょっとイケメンだからって、変な勘違いしないでよね! なんなの、その目つき! マジ、ウザい!」
これは、本音だった。
見惚れたのは、国王の髪と目が、めずらしい色をしていたからに過ぎない。
ロズウェルドでは、見たことのない色だったというだけの話なのだ。
けして「懸想」などしていない。
「だいたい、私の好みはソルだもん! あなたなんてお呼びじゃないんだから!」
「気に入らぬな」
「あなたに気に入……」
むぐっと言葉が止まる。
というより、強制的に止められた。
国王に、顎どころか頬ごと片手で掴まれている。
口が、アヒルの口のようになるほどに。
「貴様、今、俺に悪態をつきおったな。不器量な女子をして、俺を愚弄するなぞ、いい度胸をしておるではないか」
不器量は関係ないだろうが。
思ったものの、アヒルの口では言い返すこともできない。
それでも、ギッと国王の目を睨み返した。
貴族に囲まれている時は、なるべく目立たないよう地味に大人しく振る舞ってはいたが、ティファは、勝ち気な性格をしている。
理不尽なことを許してはおけない。
(あ……やっぱり、私……結構、ショックだったんだ……)
テレンスに、頬をぶたれたことを思い出していた。
性格上、本当なら言い返すなり、やり返すなりしていても不思議ではない。
けれど、ティファは、そのどちらもしなかった。
テレンスの言葉を受け止め、すんなり謝っている。
ショックだったからだ。
それを隠したくて、自分でも自分に虚勢を張っていた。
ショックではない、ほんのちょっぴりしか傷ついてなんかいない、自分は平気だと、そう思いたくて。
思い出したら悲しくなってくる。
じわ…と、目に涙が浮かんだ。
(なんで、こんな目にあわなくちゃいけないの? テリーに叩かれた上に、こんなわけわかんない奴に顔を掴まれて、馬鹿にされて……ソルもいないし……)
家に帰りたい。
切実に、そう思った。
そのティファに国王が言う。
「ほう。泣き面で、なおさらに不器量が増しておる」