どうもこうもないでしょう 4
ティファは、セスと歩きながら、父のことを考えていた。
正直、セスをどう思っているのか、不安だったのだ。
今日まで顔を見せないのは、会いたくないからではないか、とか。
段取りをつけてはくれたものの、内心は反対しているのではないか、とか。
(でも、悪くない感じだったよね。あんまり話してないのに、打ち解けてるような雰囲気あったしさ。でも……)
思い出して、ティファは、ぷはっと吹き出す。
隣で、セスが、首をかしげていた。
ティファは、セスの「お父さま」発言を思い出しているのだ。
真面目な顔をしていたので、よけいにおかしかった。
「なにを笑っている?」
「いや、セスが……」
くつくつっと、笑いがおさえきれない。
なにを笑っているのか、気づかれたのだろう。
セスが目を、すうっと細めた。
足を止め、ティファを抱き寄せる。
「お前を手に入れるために払った、俺の代償が、わかるか?」
「代償って……あれのこと?」
「一生なのだぞ?」
「そういえば、そうだね。たぶん、会うたびに言われるんじゃないかな」
「せめて人前でなければよいが……そうもいかぬのだろう」
「後悔してるの? 代償が大き過ぎたって」
ふんっと、セスが鼻を鳴らした。
なにやら不満げだ。
「代償についてはかまわん。後悔するくらいなら、もとより、はらうことはない。だが、それについて、お前が、俺を笑うのは許さん」
「でもさぁ……思いだ……」
「黙れ。思い出すな」
くいっと、顎を引き上げられる。
銀色の瞳に、自然と胸が高鳴った。
セスが、唇を寄せてくる。
閉じようとした瞳に、なにかが映った。
「ティファ……っ……」
ぐるっと、体が強引に反転させられる。
反動で、ティファの黒い髪が、ふわりと浮いた。
「え……? なに? どしたの、セス……?」
抱き締められながらも、腕の中から、セスを見上げる。
険しい表情で、セスが、どこかを見ていた。
ティファも、そちらを見ようとしたのだけれども。
「まずいな……これは……」
セスが、小さく呻く。
首元に手をあてている姿に、ひどく不安になった。
いつもとは違う「嫌な感じ」がする。
自分がからかわれたり、恥ずかしい思いをさせられたりする時の前兆ではない。
かくん。
「セス……ッ!!」
セスが、地面に膝をついていた。
慌てて、ティファも、傍にしゃがみこむ。
セスの額に、汗が浮いていた。
冷や汗ではない、苦痛が滲むような汗だ。
顔色も、みるみるうちに悪くなっていく。
「な、なに?! どしたのっ?」
「……毒だ……テス……アの……」
セスの呼吸が荒くなっていた。
言葉も聞き取りづらい。
セスが、なにかを指に挟んでいる。
銀色をしていて先が尖っていた。
「この針に……」
「さわっては、ならん……これは……」
セスは、伸ばしかけたティファの手をかわすようにして、パッと手を振り、針を放り投げる。
あの針に毒が塗られていたのだろうか。
誰が、どうして、と、ティファは混乱していた。
ぐらり。
そのティファの腕の中に、セスが倒れ込んでくる。
咄嗟に支えたセスは、目を閉じていた。
荒かった息遣いが、静かになっている。
ティファの背筋に、悪寒が走った。
「なに……嘘……セス……?」
体を揺すっても、セスは目を開かない。
くっついた体から、ぬくもりは、まだ伝わってくる。
が、同時に伝わってくる鼓動は、とても浅かった。
このままでは、セスは死んでしまう。
直感した。
ティファは、慌てて周囲を見回す。
見えるのは木ばかりで、人の姿はない。
ここには王族しか入れないのだ。
近衛騎士も近くにはいなかった。
大声で叫んで気づいてもらえたとしても、王族でなければ道に迷ってしまう。
叔父と叔母は、2人きりでいさせてくれるため、離れている。
父も、同様に考えていたのだろう、飛んで行ってしまった。
ソルは、セスがロズウェルド入りしてから姿を見せずにいる。
そして、ティファは魔術が使えない。
小さくなっていくセスの鼓動に、体が震えた。
声も出せないほどの恐怖に突き落とされている。
さっきまで、笑っていて、この先の未来に想いを馳せていたはずなのに。
(セスが……死ぬ……死んじゃう……)
いろんな想いがよぎった。
いつも周りに心配させ、迷惑ばかりかけている自分。
自分を産んだせいで、母は死んだのだ。
この命が母に宿らなければ、母は、今でも生きている。
自分がセスに恋をしたせいで、セスは死にかけているのだ。
ロズウェルドに来なければ、こんなことにはなっていない。
愛する人の命を奪う存在。
それが、自分なのだ、と思った。
奪うことはできても、救うことはできない。
魔術は万能ではないのに、それすら使えない無力さ。
死んだ人を生き返らせることはできないのに。
目の前が、ぐらぐらと揺れている。
眩暈と頭痛に襲われていた。
(私は……人ならざる者の姿をしてる……だけど、なんの力もない……なんで……私は、人ならざる者の力を持ってないの……っ……?!)
どうして、という声が、頭の中に繰り返し響く。
姿は「人ならざる者」であるのに、治癒の魔術すら使えないのだ。
たった1人の愛する人。
自分に力がないせいで、その「たった1人」を失う。
救えるのなら、なにを、誰を犠牲にしてもかまわない。
それが、たとえ自分自身であっても。
「……セス……逝っちゃ、ヤだよ……一緒に、帰るって……言ったじゃん……」
セスの体を、強く抱き締める。
寒い北方の国テスアの人なのに、セスは暖かかった。
けれど、どんどん鼓動が小さくなっている。
『俺は、戦うご令嬢を好んでいるぞ?』
言葉が蘇った。
セスは、ティファの「たった1人」だ。
目の前で失われかけている命を繋ぎ留めるためなら、なんだって、できる。
なんだって、する。
(戦え、戦え……戦うんだ……絶対に、私がセスを……助ける……)
目の前が真っ暗になり、なにも見えなくなる。
ただ、涙がこぼれ落ちた。
「私は……人ならざる者……」
ティファの体から、ぶわっと真っ黒な靄が吹き出す。
それが、2人を、のみ込んだ。
火傷など比較にならないくらいの熱と痛みを感じる。
けれど、もう、ティファには、セスを助けるという意志しか残っていなかった。




