どうもこうもないでしょう 1
「筋としては、そのほうがいいと思うよ?」
「でも、トマス、セスはウチの王子じゃない」
「だけれどね、ティア、セスはテスアの国王なんだ。国を優先させなくてはね」
ティファは、叔父と叔母のやりとりを聞いている。
聞きつつ、隣に座っているセスを横目で窺っていた。
セスがロズウェルドに来て、半月が経とうとしている。
そろそろテスアに帰らなければならない時期だ。
何度か、セスには「大丈夫なのか」と訊いた。
が、そのたびに、まだ大丈夫だと言われ、結局、半月が過ぎた。
王宮で過ごしているセスの元に、ローエルハイドの屋敷から、点門でティファが通う、という毎日。
点門は、父かソルが出してくれている。
帰る時には、叔父の側近である魔術師長が出してくれていた。
王宮魔術師に任せないのは、2度と「失敗した点門」に、巻き込まれないための用心だと言われている。
セスは、なぜ同じ部屋ではいけないのかと訊いていたが、叔父から「ジークは、きみを敷物にしてしまうだろうね」と言われて、黙った。
同室を許してもらえても、自分が敷物になっては意味がない、と思ったそうだ。
ティファだって敷物のセスなど見たくはない。
今日は、国王のみが使用する中庭にあるガゼボで、4人は、お茶をしている。
白い柱が8本で床は八角形だが、よくある円錐型の屋根ではなく、曲線を描いた丸屋根だった。
完全な吹き抜けにはなっておらず、飾り彫刻の施された板がはめ込まれている。
外からは、手元くらいしか見えないため、中にいる人数も、明確にはわからないだろう。
そして、周囲には近衛騎士だけではなく、侍女や侍従もいない。
必要がないからだ。
ロズウェルドの国王は、公には魔術が使えないとされている。
が、実は使えることをティファは、知っていた。
叔父は、とても優秀な魔術師なのだ。
なおかつ、叔母が近くにいて、叔父に危害を加えられる者などいない。
「わかった。テスアで先に婚儀でいいわ。そちらでは、縁杯の儀よね、セス?」
「はい。こちらで言う、婚姻の儀と同様の意味を持ちます」
「あなたは、すでに即位しているから、即位の儀はなしで、そのまま祝宴になるのかしら?」
「そうなります。宮に、民たちを招き、祝宴の儀を行うことになるでしょう」
「民を招くとなると、期間はどのくらい? ひと月はかかるのではない?」
「仰る通りです。ひと月か、長ければ、ふた月ほどかかるかもしれません」
ティファは、叔母とセスの会話に、きょときょとしている。
もちろん婚姻の式について、2人が語っているのはわかっていた。
とはいえ、実際的なことを、ティファは、なにも知らないのだ。
テスアでの勉強範囲に「婚姻」は入っていなかったので。
「そ、そんなにかかるの……?」
「それはそうだ」
「そりゃあそうよ」
セスと叔母が、同時に返事をする。
そこで、あ…と、思った。
(そうだった。叔母さまは正妃だもんね。国王との婚姻が、どういうものか知ってるんだな)
叔父と叔母の婚姻は、ティファが産まれる前なので、目にしてはいない。
ただ「盛大」なものになるとは、聞いていた。
(でも、テスアは、ロズウェルドより小さな国だから……そこまで大変じゃ……)
「そのあと、民の祝意に感謝を述べに、2人で行幸に出ることになります。宮まで来られない民もおりますので」
「1度に、国を回るわけではないわよね? 公務もあるでしょうし」
「日程を調整し、1年をかけて、すべての土地を訪れます」
うわぁ、それは大変だ。
思ったが、口には出さずにいる。
顔が、ちょっぴり引き攣った。
つくづくと、セスは「国王」なのだと感じる。
「それで、我々も縁杯の儀には参列できるよね?」
「もちろんにございます、陛下」
セスが答えた時だ。
叔父と叔母が、顔を見合わせた。
そして、微笑み合う。
非常に美しい光景だが、とても危うい光景でもあった。
「嫌だなぁ、セス。ボクは、きみの父じゃないか。お義父さまと呼んでおくれよ」
「そうよねぇ。私も、お義母さまと呼んでもらいたいわ」
2人は、にっこりしている。
セスは、固まっている。
ティファは、頭をかかえている。
「ボクらには、息子が1人いるけれど、未だに“反抗期”でね」
「12の時に家出をしたきり、未だに帰って来ないのよ」
「まだ婚姻もしちゃいないし、王位を継ぐのも嫌がっている、困った子なのさ」
「トマスが死にかけたら無理にでも連れ戻して婚姻させて、即位させることになるじゃない? だから、それまでは好きにさせているのよね」
2人は、突き放した言いかたをしているが、ティファの従兄弟の居場所は、常に知っているのだそうだ。
心配はしているのだろうけれども、王宮が、従兄弟にとって窮屈な場所だということも理解しているに違いない。
従兄弟とは、ティファが5歳の頃に会ったきりだが、自由奔放な人だった。
「というわけで、ボクらは、とても寂しいのだよ、セス」
「せっかく息子が、もう1人できたわけだし、親孝行してもらいたいわ」
「で、ですが……」
ティファは、本気で、びっくりしてしまう。
セスが、口ごもっているのだ。
なんという貴重な場面だろうか。
ちら。
横目で、セスを見る。
額に汗をかいているのは、暑いせいではない。
王宮内は、魔術師により、いつも適温が保たれている。
「さぁさぁ、セス、お義父さまと呼んでくれ」
「お義母さまよ、セス」
セスは、しばらくうつむいていた。
が、意を決したように顔を上げる。
「呼ぶことねーぞ、セス」
ひゅるりん。
黒い烏が、ガゼボに現れ、くるんっと、ひと回りして、父の姿になった。
相変わらず、民服を着ている。
父は、堅苦しい格好が嫌いなのだ。
「コイツらのことは、義父上、義母上くらいでいいんだよ」
「えー! なんでよ、お兄さま!」
「そうだよ、ジーク! ボクらの息子になったのに!」
「こいつは、お前らの息子ってだけじゃねーからサ」
冷や汗をかいていたはずのセスが、がたんっと立ち上がる。
背筋を、ぴんっと伸ばしていた。
「このたびは、ご尽力をいただき……」
「あー、そーいう堅苦しいのは、好きじゃねーんだ。座ってろ、セス」
父が、面倒そうに、手をパッパッと振る。
セスは、困った顔をしつつ、イスに腰を落とした。
正直、ティファも、どんな顔をしていいのか、わからずにいる。
父とセスが一緒にいるところに同席するのは、初めてなのだ。
(なんでだろ……めちゃくちゃ恥ずかしい……)
うつむき加減で、ちろっと視線だけを父に向けてみる。
とたん、父と目が合って、にやりとされた。
うわぁ…と、思う。
「セス、お前、オレに感謝してんだろーな?」
「むろん、言葉にはできぬほど……」
「いいや、言葉にしてもらう」
父が、親指で自分自身を指さした。
「今後、一生、オレを、お父さまと呼べ」
セスが、また固まっている。
ティファは、もうどうすればいいのやら、ひたすら狼狽えていた。
間を取り持ちたい気持ちはあるが、父は言い出したらきかない人でもあるのだ。
「まさかとは思うけど、その程度のこともできねーの? ティファより、てめえの体裁が大事か?」
ぴくっと、セスの眉が引き攣る。
これ以上、セスを追い込むのはやめてほしい、と言おうとした時だ。
セスが顔を上げ、強気なまなざしを父に向けた。
「お父様! 幾久しく、おつきあい賜りたく、願い申し上げる!」
「おうよ」
言葉遣いも雰囲気も、まるで違うのに、セスはどことなし、父に似ている。
互いに視線をそらさずにいる2人を見て、ティファは、そう思った。




