なにがどうしてどうなって 1
ティファは、うすぼんやりした意識の端で、ウロウロしている。
起きなければと思ってはいるが、起きたくない時のようだ。
なんとはなしに考え事をしつつ、体は眠ったまま、といったふう。
(あれって、点門だったよね……しかも、崩れかけ……失敗したんだなぁ)
などと、考えている。
ティファが歩いていたのは、まだ王宮の敷地内だった。
しかも、教育領域としてあてがわれている場所だ。
貴族だけではなく、近衛騎士や魔術師の教育の場としても使う。
ティファの育ったロズウェルド王国は、この大陸で、唯一、魔術師のいる国だ。
その存在が、ロズウェルドを大国ならしめ、かつ、平和を守っている。
魔術師のいない諸外国は、ロズウェルドに手が出せないからだ。
戦争をしかけられたのは、百年ほど前に、1度きり。
魔術1発で退けている。
以来、ロズウェルドに敵対する国はなくなった。
そして、ロズウェルドは、正直、あまり他国との外交に力を入れていない。
領土も広く、資源豊かで、人の数も多いのだ。
たいていの物は国内で賄えていたため、諸外国とつきあう利点がないと言っても過言ではなかった。
ゆえに、外交と言っても、閉鎖的ではないと示すためのものに過ぎない。
要は、国としての単なる建前なのだ。
外国からの人の流入を極端に制限しているのが、それを証している。
(けど、点門で良かった……そうじゃなかったら、死んでたかも……)
点門というのは、点と点を繋ぎ、移動を可能にする魔術だ。
移動に関する魔術も、様々だが、点門は、ほかのものと大きく異なる。
それは、対象者に魔力影響を与えないことだった。
ロズウェルドが、いかに魔術師のいる国でも、誰しもが魔術師なわけではない。
可能性を秘めていようが、魔力顕現しなければ「持たざる者」となる。
魔力が顕現して初めて、魔術師になれる可能性が出てくるのだ。
顕現した魔力により魔術を使えるようになった者が「魔術師」と呼ばれていた。
魔術師でない「持たざる者」は魔力を持たないからこそ、魔力の影響を受ける。
淡水で生きている魚を、海に放てば命を失うのと似ていた。
淡水魚は、水を飲むことができない。
海に放たれると、塩分の影響で体内から水が奪われ、死に至る。
同じく、強い魔力の影響を受けると「持たざる者」は、血液の循環や体温の調節などができなくなり、命を落とすこともあった。
点門は、そうした魔力影響を与えず、対象者を移動させることができる。
貴族の雇っている「おかかえ魔術師」も、点門を使える者とそうでない者とでは、給金に3倍以上の差がつくほどだ。
(まぁ……どこに飛ばされたのか、わかんないケド……)
点門は、その特性上、魔力消費が大きい。
そして、かなり難しい部類の魔術だった。
王宮魔術師でも、使える者は限られている。
練習するにも注意が必要な魔術でもあった。
失敗した点門に巻き込まれると、どこに飛ばされるかわからないからだ。
ティファは、自分が、その「失敗した点門」に巻き込まれた、と判断している。
朧気に見えた、崩れかけの2本の柱。
意識を失う前に見えた光景で、状況を理解していた。
「まだ目を覚まさぬが、死ぬることはなかろうな?」
「陛下、死なば死んでもかまわぬではござりませぬか」
ん?と、意識が、急速に、声のほうへと引っ張られる。
男性が2人、なにやら話しているようだ。
1人は、非常に物騒なことを言っている気がする。
「死なば、この女子に問えなかろう。いかようにして我が地に入り込んだか、その手を問わねば、正しき手立てが取れぬ」
ティファは、まだ起き上がらずに、その声を聞いていた。
本当は、かなり驚いているのだけれど、それはともかく。
「されど、なんという不器量な女子にござりまするか。陛下のご寝所に、相応しき女子とは思われませぬ」
「俺も、ひどい不器量な女子と思うてはおる。それゆえに、引き取り手がおらず、打ち捨てられたのやもしれぬと考えておるほどだ」
体を横にしたままではあるが、手が、ぷるぷると震えた。
2人は、びっくりするほど、失礼だ。
(ぶっ飛ばしてやりたい……不器量って、ブサイクってことだよね、確か!)
腹は立っていても、ティファは、2人をぶっ飛ばさずにいる。
今は、暴れん坊を発揮すべき時ではないという判断をしていた。
(この言葉……北方の国のものっぽいけど、ものすごい訛ってる……とすると……もしかして、ここ…………テスア……っ……?!)
テスアについては、文献でしか読んだことがない。
ただし、ティファは、独学で北方の言葉も学んでいる。
2人はスラスラ話しているが、ティファには訛っているようにしか聞こえない。
テスアでは、未だに古い言葉が使われているらしかった。
今現在、北方諸国でも、これほどに「訛」が酷い国はないのだ。
それでも、意味が理解できないほどではなかった。
もとより、古い文献や歴史書目当てで、王宮図書館に通っていたからだ。
ほかの貴族令嬢らは「外交に関係なし」と、北方の言葉は学ばずにいた。
彼女らは、自らが「正妃」に選ばれた際のため、より良い家に嫁いだ時のため、語学を学んでいたに過ぎない。
王族と婚姻しようが、重臣の子息と婚姻しようが、北方との「外交」など有り得ないのだ。
ロズウェルドは、近隣諸国としかつきっていないので。
テスアは、ほかの北方の国より、さらに疎遠。
商人の行き来すらない。
そんな国の言葉を誰が学ぼうとするだろうか。
ティファは「変わり者」なのだ。
だから、テスアの言葉も理解できる。
できてしまう。
(そりゃあ、自分が、美人だとか可愛らしいとか思ったことないけどさ。そこまで言われる筋合いないし!)
あげく「引き取り手がいないから打ち捨てられた」とは。
酷い言われようだ。
さりとて、そう言った当人は「陛下」らしい。
つまり、テスアの国王ということになる。
ここが、実際、テスアだったとしてだけれど、それはともかく。
最も「偉い人」であるのは確かだ。
権力者であり、ティファをどうにでもできる立場であることくらいは、わかる。
ひとまず、この世に未練はあるので、暴れん坊を発揮して死にたくはない。
「この不器量な女子を、いかがするおつもりにござりまする? もしや、このまま陛下のご寝所に留め置かれるなぞと……」
「むろん留め置く。外には出せぬと、そちにもわかっておろう」
「危うきことは、なさいますな、陛下。やはり捨ててまいりませぬか?」
「ルー……いかに、そちと言えど、そこまでの差し出口は無礼ぞ」
部下らしき男の声が聞こえなくなった。
さすがに、これ以上「陛下」に口ごたえすることはできなくなったのだろう。
(どうしよっかな。どうするのがいいんだろ。ロズウェルドとテスアは国交がないもんね。ていうか、テスアは孤立した国だから、どことも国交なんてないケド)
ティファは、完全に意識を取り戻している。
それでも、意識のないフリをした。
時間が稼げるうちに、記憶からテスア情報をできる限り引き出しておきたかったからだ。
対処を間違うと、殺されるかもしれない。
ロズウェルドがテスアに対して興味がなかったせいもあるが、内部情報などは、ほとんど記録がなかった。
友好国でも、敵国でもなく、テスアは、ひたすら「未知の国」なのだ。