それはナシでしょう 4
「やはり……雪が弱まっているな……」
銀色の瞳に、白い雪が映っている。
白い景色の中でも、くっきりと浮かび上がるような銀色の髪は長く、後ろでひとくくりにされ、風になびいていた。
鷲のように鋭さのある目は細められ、周囲の様子を窺っている。
びゅうびゅうと音を立てている風。
風にまき散らされ、辺りに白い靄を立ち上がらせている雪。
だが、1年ほど前に比べると、風は弱まり、雪の量も減っていた。
足元を埋める雪は、いつ解け始めるか知れない。
唐突に、雪嵐が止む可能性もある。
その時のことを考えておく必要があった。
この雪嵐だけが、この国を守っている。
周りを見るのをやめ、体を返した。
いずれ来る日を待つしかできないことに、少し苛立っている。
それほど多くはないが、少なくもない、民の命がかかっているのだ。
セジュルシアン・カイネンソン。
北方諸国で、最も小さな国テスアの国王。
前国王の急逝により、25歳で即位してから3年が経つ。
本人は意識していないが、民からの人望の厚い人物だった。
前国王の悪政を瞬く間に正し、絶対的な立場を確立している。
そのために、厳しい措置をいくつも強硬しており、側に仕えている者たちからは恐れられてもいた。
それも、本人は気にしていない。
正しい国の在り様に戻しただけだと考えているからだ。
テスアは、小さな国だが、それなりに穏やかで平和の保たれた国だった。
けれど、その平穏は、ほぼ環境に依存している。
テスアの周囲は、高い山々に囲まれていた。
自然城塞とも呼べるほど、山脈越えは、他国からの侵略を阻んでいる。
そして、常に吹き荒れている、この雪嵐が、テスア最後の砦なのだ。
たとえ山脈越えが厳しいものでも、雪嵐がなければ、他国の視線から逃れられはしなかっただろう。
北方諸国は、どこも飢えている。
この大陸全体で見れば、貧しい国々の集まっている領域と言えた。
とてつもなく寒い冬、ほんのわずかな間の春とも呼べない季節、その2つを繰り返す、1年。
少しでも温暖な時期が短くなると、とたんに作物の収穫量が減る。
そのため、諸外国との交易に頼らざるを得なかった。
北方の動物の貴重な毛皮や、寒い地方にしか生息していない魚、高山に生育している植物の繊維で作られた織物などを、差し出している。
が、北方の状況を知っている国々は、どこも足元を見てくるのだ。
差し出す物より、手に入る物のほうが、いつも少ない。
結果、北方諸国の民は、いつも飢えている。
大国ロズウェルド王国のような贅沢な暮らしなど望むべくもなかった。
ただし、テスアは、ほかの北方諸国とは異なっている。
外国との取引をしていないのだ。
国内で手に入る物だけで、賄っている。
それを不思議に思っている国もあるはずだ。
なぜテスアは自国のみでやっていけるのか、と。
もちろん人の数が少ない、というのは理由になり得る。
とはいえ、それだけでは、理由として弱いのも現実だった。
その疑問を解消したがっている国もあるに違いない。
おそらく、この雪嵐が消えてしまったら、山脈を越え、攻め込んでくるだろう。
テスアは小さな国なのだ。
ほかの北方諸国、どの国に攻め込まれても応戦する力はない。
「なんだ……?」
不意に、辺りが明るくなる。
雪嵐が吹き荒れているため、昼間でも、周囲に太陽の輝きはなかった。
もちろん、夜を月明りが照らすことも、ない。
時刻的には、夕方にかかる頃だったが、1日中、テスア周辺は薄暗がりにある。
「……く…………」
彼は、腕で顔を覆った。
というより、眩しさに目が眩みそうになったのだ。
それを防いだ。
わずかな間のあと、辺りが、いつもの暗さを取り戻す。
腕をおろし、周囲を見回した。
彼の銀色の瞳が、驚きに見開かれる。
「どうなっている……」
誰かが倒れているのが見えた。
あの光のせいには違いない。
雪を蹴散らし、駆け寄る。
「……女……? なぜ、こんなところに……」
雪嵐の中、ほかの国から歩いてきたとは思えなかった。
しかも、さっきの光のことがある。
倒れている女は、意識を失っているのか動かない。
白い雪の中に、女の泥水のような色の髪が広がっている。
ザッと見た感じ、北方の国の者でないのは、すぐにわかった。
身につけているものが、北方の服ではなかったからだ。
地味ではあるものの、間違いなく「貴族服」だった。
それほど高位ではない貴族の娘らしい。
瞳を、スッと細め、女を抱き上げる。
放置していれば、死んでしまう。
死ねば、さっきの出来事について理由が問えない。
殺すのは、そのあとでもいいと、考えた。
テスアの国王として「危険人物」を尋問する必要がある。
この雪嵐の中、簡単に入り込んだ、その手段を問い質さなければならない。
長く、テスアは、国を鎖じてきたのだから。
深い雪の中でも、女をかかえ、すたすたと歩く。
そして「境」を抜けた。
とたん、夕暮れ時の陽射しが暖かく、体をつつむ。
雪は、ちらとも舞っていない。
これが、テスアの自給自足の所以。
あの「境」の内と外とでは、見える景色が、まったく異なる。
気候は、ロズウェルド王国と、ほぼ同じ。
その上、災害もなければ、飢饉もない。
豊かな自然に囲まれた、とても美しい国なのだ。
他国からの侵略になど、耐えられないほど、民は善良でもある。
なにしろ、この3百年近く「外敵」を知らずにいた。
国内での諍いがなくはないが、侵略という明らかな敵意に晒されたことはない。
「それにしても、なんとも不器量な女だな。これでは引き取り手もいないはずだ。それで、この地に捨てられた、ということはあるだろうか」
女の顔を見て、少し、そんなふうに思った。
思いつつ、国王のために造られた宮に帰る。
豪勢にするつもりはなかったのだが、民が勝手に造り上げてしまったのだ。
壊すわけにもいかないので、そのまま使っている。
「陛下! また境の外に、お出になられて! お1人では危険だと………」
駆け寄ってきた臣下が、言葉を途中で止め、目を丸くしていた。
異国の女であることは見ればわかる。
「外に落ちていたので、拾ってきた」
「陛下……そのような怪しげな女を、拾ってきてはなりません……直ちに、捨ててまいりましょう。境の外に放り出してしまえばすむことではございませんか……」
「そう、言うな、ルーファス。俺は、この女に聞かなければならないことがある」
臣下の制止も軽くいなし、王の間に入った。
女は、まだ目を覚まさない。