これは一体なんですか? 3
ティファの返事を尊重したが、拒否するべきだったかもしれない。
セスは、たちまちのうちに後悔している。
茶屋を見た時のティファの反応が、良いものではなかったからだ。
グオーケが言ったように、茶屋の者と顔を合わせることは、ほぼなかった。
数年に1度あるかなしか。
目通りを申し出てくる者くらいとしか会わずにいる。
(同じ民だ。無碍にはできないが……茶屋は嫌いだ……)
茶屋とは、主に欲望を発散させるための場だ。
しかも、性的なものを目的とするものが、大半を占めている。
セスは「遊び女」と関係を持たない。
が、前国王も含め、歴代の国王の中には、淫蕩を好む者もいた。
茶屋にも通い、宮に茶屋から「遊び女」を呼ぶのも、めずらしくはないのだ。
そもそも「遊び女」たちは、茶屋を住居としている。
セスも理解はしていた。
ある意味、こうした役割も必要なのだということを。
(欲というのは、抑制が難しいものだ。無理に押し込めようとすれば、暴挙に出る者が増えるからな。俺には向かないが、大事な役目ではある)
その代わり、茶屋勤めは、けして無理強いをしてはならないとしている。
男女を問わず、相手が拒否した際は、潔く引かなければならないのだ。
そして、勤め自体も、本人が望んでいない場合や退がりたいと申し出た場合は、その願いを受け入れるよう定めている。
結果、基本的に、茶屋勤めは、それを望む者のみがする役目とされていた。
快楽を好むのは男だけではない。
すべての女が快楽に否定的だったり、貞淑さに固執したりするわけでもない。
テスアでは、あたり前にある認識だ。
そのため、茶屋勤めの者が嘲られたり、蔑まれたりすることはなかった。
むしろ、拒絶されても食い下がるような潔ぎの悪い宮仕えの者のほうが、よほど馬鹿にされる。
あまりに度が過ぎれば目通付で訴えられ、大恥をかくこともあるのだ。
茶屋勤めの「遊び女」たちは、あしらいも上手く、自尊心もある。
好まない相手からの誘いには、絶対に乗らない。
どんなに贔屓筋が多かろうが、好ましい相手ができれば、サッと身を引く。
そういう生きかたを、セスは肯定していた。
さりとて。
自らが茶屋に通うかと言えば、それは別の話となる。
いっときの欲に身を任せるというのは、性に合わないのだ。
だいたい、ティファが来るまで「寝所役」がいたため、体だけのことであれば、茶屋を必要とはしていなかった。
心身ともに相性の良い女を見つけることは、国王として重要な役目だ。
ただ、この「心身」の「心」の部分が、どうにも見つからずにいる。
セスの意識は、ティファへと向けられていた。
(心の相性は悪くはない……が、体の相性はわからない……試せていないのだからしかたがないが……)
セスは、そう悪くはないのではないか、と思っている。
とはいえ、ティファは、簡単に体を許しそうにもなかった。
共寝は嫌がらないが、それ以上となると、またぞろ「死ぬ」と言いかねない。
それに、今となっては、強引に組み敷くのも気が進まないのだ。
そもそも、この国で、セスを相手に拒否する者はいなかった。
寝所役に興味がない者に対し、強制したこともない。
そのため、我慢をしたり、待ったりした経験だってなかった。
なのに、死ぬ死なないは置いておいても、納得した上で、ティファ自ら体を委ねられたいと思っている。
(ままならないものだな。いいかげん、その気になっても良い頃だろうに。夜毎、俺の腕の中で、すかすか寝ているくせに。やはり、例の男に未練があるのか……)
気に食わない考えだ。
だが、そう考えると、ティファの態度にも説明がつく気がする。
なぜだか、ひどく苛々した。
隣にティファがいないのも、落ち着かない。
グオーケと2人にしたのは間違いだったろうか。
もちろん、いかにグオーケが淫蕩でも、国王の「妾」に手を出すとは思わない。
ティファに手を出そうとした3人の男が、首を刎ねられたことを知らないはずはないからだ。
だとしても、ここは茶屋であり、ティファの目にしたくない事も行われている。
自分もついて行くべきだったかもしれない。
そう思って、追いかけようとしたのだけれども。
「さぁさ、陛下! せっかくいらしてくださったのですから、茶屋遊びをいたしましょう! どうぞ、こちらに!」
派手な衣装をまとい、化粧をした女に手を引っ張られていた。
民の手を振りほどくわけにもいかず、渋々、部屋の真ん中に立つ。
この「茶屋遊び」が、セスは好きではないのだ。
ちっとも面白くないし、やるだけ無駄だし。
「ご準備くださいませ、陛下!」
周囲から期待のまなざしを向けられ、小さく息をつく。
袖から懐、襟元から腕を抜き、右肩を晒した。
セスの素肌に、周囲から歓声がわく。
息室ならともかく、公の場で、セスが肌を晒すことは、ほとんどないのだ。
「では、最初は私と!」
手を引いた女が、セスの前に立った。
周りを大勢の男女が取り巻いている。
互いに片手を前に出し、交互に相手の手を掴むだけの遊びだ。
出した手を掴まれたほうの負けとなる。
とはいえ、これには意味があった。
茶屋遊びに誘うのは、相手に気があるという合図。
誘われた側も、その気があれば、故意に負けたりする。
そして、茶屋にある床部屋で、事におよぶのだ。
正面切って誘いをかけ、拒絶されるよりは恥をかかずにすむ。
その慣習を知っているため、セスは負けたことがない。
淫蕩なだけの交わりになど興味がないからだ。
人の嗜好に口出しをする気もないが、その嗜好につきあう気はなかった。
(つまらない娯楽だ。ティファとした、じゃんけんのほうが、よほど面白い)
あの時の、ティファの悲壮な顔を思い出す。
絶対に負けたくないという気概に満ちていて、全身に力を入れていた。
それほど勝ちたいのなら、勝てる勝負を持ち出せば良かったのに。
(あの女には、よこしまなところがない。算盤を弾けない女だからな)
それが、心に気持ちいいのだ。
ティファが村の言葉で話しても、なんとなく言っていることがわかるのは、表情に出ているからだった。
およそ「隠す」ということができない女なのだ、ティファは。
テスアの女は、大人しく控え目、従順であり、素直。
だが「正直」ではない。
腹ではどう思っているのかわからない者もいる。
民はまだしも、宮仕えの者には、そういう「裏」のある女も少なくないのだ。
「陛下は、ちっとも負けてくださいませんね」
あたり前だ、と思った。
以前から、その気はなかったが、今はもっと、その気がない。
ティファは「大勢を相手にする男」を好まないのだ。
ほかの女を誘ったりすれば、どうなることか。
ひと月掛かりで、ようやく少しティファの頑なさが解けてきている。
この調子で、確実に、ティファの「心身」を自分のものにするつもりだった。
(それにしても、遅いな。奥庭まで行ってはいないだろうが……)
奥庭のほうには、床部屋が並んでいる。
声だけではなく、戸の隙間や窓から姿が見えることもあった。
ティファは、性的な事柄に慣れていない。
そんな光景を目にすれば、気分を害する可能性もある。
茶屋は、テスアの風習や文化のひとつに過ぎない。
誰しもが利用していると思われては困るのだ。
とくに、セス自身が好んでいると、勘違いされたくなかった。
適当に相手をかわしつつ、入り口のほうばかりを、セスは気にしている。
早く遊びを終わらせて、座につきたい。
ティファが戻ったら、すぐに膝役をさせるつもりでいた。
ティファの膝が、なにしろ恋しかったのだ。




