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あれがこうしてこうなって 4

 ものすごく恥ずかしい。

 そして、気まずい。

 ティファは、湯殿の床に座っている。

 

 ほかの部屋とは違い、ここの床も板敷だが、少し柔らかめの材質だ。

 周囲の、暖かく湿気を伴った空気を含んでいるのか、素肌にふれても、冷たさを感じない。

 

「今宵は、俺も、お前の湯殿役をしてやるゆえ、楽にしておれ」

 

 後ろから声がする。

 セスがいるからだ。

 ティファは、少し前かがみで体を縮こまらせていた。

 見たことがあるし、目の保養にもならないと言われたけれども。

 

(かなり無理なんだケド! 裸に剥かれて楽にって……できるわけないじゃん!)

 

 が、意識したら負け、という気もする。

 セスは、まったく気にしていないのだ。

 湯殿は湯に浸かり体を清めるためにある、と言われれば、その通り。

 反論できない。

 すれば、自分が淫らな事を考えていると思われてしまうからだ。

 

 しょわしょわしょわ。

 

 意外と、髪を洗ってくれているセスの手が、心地良かった。

 髪が指に絡まないよう気を遣っているのも、わかる。

 

 屋敷にいた頃は、メイドがやってくれていた。

 とはいえ、テスアに来てからは、自分のことは自分でしている。

 最初は、ロズウェルドの湯殿と使いかた自体が違うことに戸惑ったけれど、半月も経つうちに、慣れた。

 セスの「湯殿役」をしていたせいで、というのもあるが、それはともかく。

 

「なにを呆としておる? ほかも俺に洗わせとうて、なにもせずにおるのか?」

「ち、ちが……っ……」

 

 笑いを含んだ声に、冗談だとは思うのだが、つい動揺してしまった。

 慌てて、体を洗う道具を手に取る。

 植物を乾かして作られたものだという。

 

 初めて使った時は、体がヒリヒリして痛かった。

 が、十日以上も経つと、肌をこする感覚があるのが気に入り始めている。

 ロズウェルドでは、体を洗うというより「拭く」という感覚だからだ。

 体を専用の液体で拭き、湯に浸かる。

 そのため、体を、こしこしとこする必要はなかった。

 

「怪我はしておらぬな?」

「しておりましょぬ」

「なれば、良い。湯をかけるゆえ、目を伏せよ」

 

 ぱちりと目を閉じる。

 髪に湯がかけられるのを感じた。

 とはいえ、顔に、ざばんとかかるほどではない。

 セスが額に手を添え、顔のほうに湯が落ちるのを防いでいる。

 

(こんな繊細なトコもあるんだ。理不尽男だから、もっと大雑把だと思ってたよ)

 

 次に、背中を洗い始めたが、ティファが自分でするより、やわらかい。

 ヒリヒリすることはなく「撫でる」と「こする」の中間くらいの感覚だ。

 唐突に、ティファは、ちょっぴりムっとする。

 

「こういうことにも慣れてんだろうなぁ……なんたって国王だしさ。寝所役がいたくらい、周りは女の人だらけなわけだし。あー、そういえば、テスアは男女の別が少ないんだっけ? だったら、男の人とも、こういうコトしてたのかもねー」

 

 ティファは、無自覚だった。

 ムっとしていたせいだ。

 うっかり不満を口に出している。

 

「そりゃあ、セスが、誰となにしてたかなんて、私には、どうでもいいことだよ? まぁ、今は、妾は私だけなわけだし? 過去は過去だし? でもさ、私なんてさ、男の人と湯に浸かったこともないのに。不公平じゃん?」

 

 体を、こしこしと洗ってはいるが、それも無意識だ。

 その体に湯がかけられても、気づいていない。

 

「そうそう、あのセスに叱られてた人も、すんごい美人だったっけ。襟ンとこからチラッと胸がはみ出してて……豊満? 妖艶? そんな感じだったよね。ああいう女の人を見慣れてたら、貧相な体って言われたって、しかたないけどさ。あんなに何回も言わなくても良くない? マジ、失礼な奴……」

 

 ぺち。

 

 軽く頭を叩かれ、ティファは、正気に戻る。

 とたん、サァっと血の気が引いた。

 うっかり心の声が、だだ洩れていたことに気づいたのだ。

 

「俺につく悪態は、それほどまでに尽きぬのか?」

「えーと……悪態というほどでは……」

「まぁ、よい。変われ」

 

 いつの間にか、ティファは、体を洗い終わっている。

 ササッと立ち上がり、セスと交代した。

 今度は、ティファが、セスの髪を洗い始める。

 これは、いつも通りだ。

 

 ティファ自身が全裸でなければ。

 

「俺と、共湯(ともゆ)をした者はおらぬぞ」

「へ?」

 

 なぜわかったのか。

 貴族言葉ならともかく、ティファは、ほとんど民言葉で話していた。

 セスに通じるわけはない。

 なのに、セスはティファの心のうちを見透かしているようだ。

 

「かようなことは、貴様が初めてだと言うておる」

「さ、さように、ごじゅりじ……」

 

 急に、心臓が、どきどきし始めて、語尾が、いつも以上におかしくなる。

 役目に集中しなければと、セスの背中を、こしこし。

 どういうわけか、ものすごくいたたまれないような気分になっていた。

 

「よう耐えた褒美と思え」

 

 セスの肩に置いていた、ティファの手が、とんとんと軽く叩かれる。

 言いかたも態度も、セスは変わっていない。

 なのに、その言葉が、ひどく優しく感じられた。

 と、思った矢先。

 

「いや、これだけでは、ちと足らぬか」

 

 言って、セスが立ち上がる。

 目のやりどころに困って、しゅばっと顔をそむけた。

 そのティファの体が浮く。

 あれこれ、あちこちを隠すどころではない。

 

「ちょちょちょちょちょちょ……っ……ッ?!」

 

 騒いでいるうちにも、ざぶん。

 抱きかかえられたまま、湯船に浸かっていた。

 濁り湯と呼ばれる、薬の入った白い湯なのが、せめてもの救いだ。

 湯に浸かっていれば、体は見えない。

 

「な、なに……?」

 

 なにも言わず、セスは、じいっとティファを見ている。

 また「不器量」だと思っているのだろうか。

 ムっとしかかったティファの髪を、セスが撫でてきた。

 

「恐ろしいと思うてはおらぬか?」

 

 あ…と思う。

 普通の貴族令嬢、もしくは、普通のテスアの女性ならば、あっさりと3人の首を切り落としたセスを、恐ろしいと思ったかもしれない。

 

 が、ある意味では、ティファには耐性がある。

 父は、容赦のない人だ。

 大事な者のためなら、なんでもする人だった。

 その中で、ティファは、知ったのだ。

 

(う、う~ん……そもそも、私だって、叩き斬ろうとしてたし……見慣れてるとは言わないけど……どうしても瓶詰めよりマシって思っちゃうんだよね……死ぬより苦しい罰があるって知ってるから……)

 

 ローエルハイドは、名だけでも、人から恐怖や畏怖をいだかれる。

 その存在を、人は「人ならざる者」とした。

 そのことで、ティファから恐れをいだかれるかもしれないと、父が不安に感じていたのを知っていた。

 ティファがまだ幼い頃、何度か、恐ろしい場面を見せてしまっていたからだ。

 

 ティファは、曖昧に笑ってみせる。

 初めて、自分から手を伸ばし、セスの頬にふれた。

 

「私は、一応、セスの妾にごじゃるましゆえ」


 ふっと、セスが笑い、額をピンっと弾かれる。

 

「一応は、よけいであろうが」


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