それはナシでしょう 3
ティファは、お茶会を自分の中で「終了」させ、その場から1人で出ている。
屋敷に帰るつもりだった。
王宮内にある一角は、学びの領域とされている。
その内庭で、お茶会は行われていたのだ。
多くもない荷物をかかえ、ティファは1人。
お付きの者もなく、歩いている。
ほかの貴族令嬢は、どんなに近くても馬車を使う。
徒歩で通っているのは、ティファだけだった。
それは、リドレイ伯爵家の紋章入りの馬車が目立つからだ。
あまり良い意味ではなく。
高位の馬車が並ぶ中、下位とされる伯爵家の馬車があれば、人目を引く。
伯爵家が見栄を張って、などと噂されるのは目に見えていた。
あの場にいた人たちだけではなく、多くの貴族から、きっと「身の程知らず」と揶揄される。
「これだから、貴族らしい貴族は嫌いなんだよね。テリーもさ、マジ、がっかり。女性の顔を叩くなんてさ。あの優しさはなんだったんだっての」
ぶつくさ文句を言いながら、歩いた。
テレンスとは6年のつきあいだ。
それまで、優しくしてくれて、きついことを言われたことだってない。
街に誘われ、2人でカフェに行き、ケーキを奢ってもらったこともある。
「あれって、デートだったんじゃないの? まぁ、別にデートじゃなくてもいいんだけど。テリーが、私に気があるんじゃないかって、ちょっと心配してたしね」
ティファには、今のところ、婚姻に興味はなかった。
テレンスのことも、友達以上には感じていない。
なので、テレンスから恋心をいだかれても困る、なんて心配までしていたのに。
「あー、そっか。テリーは、メイヴェリンドと婚姻するんだ。それで、カッコつけちゃったんだな。それなら、分からなくもない……こともないな! だからって、叩く? カッコつけるにしても、もっとスマートにしろっていうの!」
まだ少し頬が痛かった。
文句を言っているうちに、気づいている。
実は、意外と傷ついているのだ。
テレンスに恋心なんてなかったし、婚姻も意識はしていない。
それでも、あの仕打ちはないだろう、と思っていた。
テレンスに対しての「がっかり感」が半端ないのだ。
優しくて話も合う「友達」だと思っていた彼からの突然の手のひら返し。
その反動や落胆に、ティファは傷ついている。
今まで、会話するのは2人でだったが、周りに人がいても、2人は対等な言葉で話していた。
だから、テレンスは爵位などにこだわっていないと思っていた。
「やっぱりテリーも、お貴族サマなんだね。それがわかっちゃうと、もう普通にはつきあえないよ、テリー」
ティファは、貴族らしい貴族が嫌いだ。
体裁や見栄、外見ばかりにこだわって、本質をないがしろにしている。
少なくとも、ティファには、そう感じられるのだ。
大事なものを見ようとせず、虚飾にまみれた存在。
それが、貴族らしい貴族、だと思っている。
爵位だけで判断される貴族社会に、反発心もあった。
通常の貴族教育、そして、さらに上の教育を受けていればわかる。
これじゃそうなるよな、と。
リドレイ伯爵家は、そういう意味で、貴族らしくはない。
屋敷の中では民言葉が飛び交い、勤め人たちも気さくに主と話す。
ティファは、そういうリドレイ伯爵家が好きだった。
「頬、腫れてないといいな。こんなの見つかったら、お父さまが大変だもん」
大きく溜め息をつく。
ティファは、大人しい性格ではなかったし、どちらかといえば暴れん坊。
正直、テレンス相手なら、蹴り1発で昏倒させる自信があった。
貴族の令嬢に、そんな自信が必要かはともかく。
やり返すのも、言い返すのも簡単ではあるのだ。
とはいえ、そう単純でもない。
ティファの父は、とにかく過保護で、ティファを溺愛している。
学校に行くのも、ものすごく反対された。
さりとて、溺愛しているがために、ティファの「お願い」にも弱い。
結果、なんとか許してもらえたのだ。
卒業間近だというのに、こんなことが知れたら、即刻、家に連れ戻される。
それ以上に、大変なことになる。
本当に。
「テリー、殺されちゃうよ、マジで」
アドルーリットは、かなり高位の貴族だ。
が、父には、まったく関係ない。
間違いなく、私戦を仕掛ける。
私戦とは、下位貴族も巻き込む、家同士の争いだ。
「そんなことになったら……」
ある意味、内乱。
死人が出るのは、避けられない。
大変どころでは、すまないだろう。
そして、遅かれ早かれ、テレンスに叩かれたことを、父は知るはずだ。
怒り狂う父の姿が、目に浮かぶ。
テレンスは、そうは言っても友人としてつきあってきた相手だった。
真の意味で、喪いたくはない。
「ソルに、なんとかしてもらお」
うん、と、うなずく。
ティファの、大好きで最も頼りにしている存在。
ソルがいれば、どんなことでもなんとかなる、と思えた。
父のことも、ソルが止めてくれるはずだ。
ソルの穏やかで優しい笑顔を思い出し、思わず、にっこりしてしまう。
足取りが、少しだけ軽くなった。
「今は、辺境地の見回りに出てるけど、頼めば、すぐ帰ってきてくれるよね」
ソルは、領地の見回りで、いつも、あちこちに出かけている。
ティファより十歳年上で、落ち着いており、とても大人びていた。
課された責任を、いつも果たそうとしている。
なのに、ティファが呼んで帰って来てくれなかったことは、1度もない。
「ま、卒業しちゃえば、あの2人と会うこともなくなるしさ! メイヴェリンドと婚姻すれば、テリーも、私に構っていられなくなるもんね」
疎遠になれば、今日のことも忘れられる。
ちょっぴり傷つきはしたが、その傷も、会わずにいれば思い出さずにいられる。
ティファは、さっきの出来事を、心の中で、そう解決づけた。
「あッ?! そこに入っ……っ……!」
後ろから、誰かの声が聞こえる。
なんだろう、と思った瞬間。
バーンッ!!
音とともに、体に大きな衝撃が走った。
ついで、浮き上がるような感覚がする。
すぐに眩暈が襲ってきた。
(あ、ヤバ……これって……点も……)
状況は理解したが、もう遅い。
対処するすべはなかった。
かなり、まずいことになる。
急速に意識を失いつつ、頭の隅で思ったけれど、それも途絶えた。
ティファの意識が、それ以上は、持たなかったのだ。